第155話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 20 似岩の魔符
一方の男湯。
シュレンは、上機嫌である。
この世の疲れを根こそぎ癒やすと名高い伝説の湯に、子供のように目を輝かせていた。
「素晴らしい! 素晴らしいですぞ、ユリオ殿! 噂には聞いておりましたが、これほどまでに泉質も湯温も多種多様な温泉郷だったとは!」
シュレンは巨大な肉体を揺らしながら、まるで宝探しをするかのように湯壺から湯壺へと飛び移っていた。
ルンルン気分で、巨躯も軽い。
対照的に。
ユリオは重い足取り。ブスっとしている。
「ユリオ殿、どうしました? そんなに難しい顔をせずとも。ここの湯に入れば、きっと心身ともに解き放たれますぞ! おおっ! これは!」
シュレンが立ち止まった。
『筋骨百倍の湯』と刻まれた石碑が立つ、白濁した湯壺の前だった。
泡がぶくぶくと立ち、源泉の奥から、ゴウゴウと豪快な音が上がってきている。
碑によると。
入るだけで筋肉が肥大し、鋼の肉体へと変貌を遂げるという、脳筋極まるありがたい湯……だそうだ。
「さあ、ここです! これに入れば、私のこの筋肉もさらに……! ユリオ殿もどうぞ!」
シュレンは、意気揚々と『筋骨百倍の湯』に飛び込む。
ジャポン!
派手に湯が飛び散る。やや呆れるユリオ。
これ以上、シュレンが筋肉の鎧を厚くしてどうするというのか。いや、それ以前に、ユリオにはそんな筋肉地獄など必要ない。
「……悪いな、シュレン。そこは一人で楽しんでくれ」
ユリオは引きつった笑みを浮かべ、シュレンの筋肉への飽くなき情熱を背中に受け流した。
「俺はもう少し、静かなところがいいんだ。別の湯を当たってくるよ」
「ぬぬ? そうおっしゃらずに……! ここは最高ですよ!」
湯の中からシュレンが呼び止める声を聞き流し、ユリオはあえて、一番奥深く、薄暗い岩陰が広がるエリアへと足を向けた。
◇
ちゃぽん、
やっと手ごろな湯壺を見つけ、身を沈めるユリオ。頭が湯に浸らないように、蝦蟇の首を必死に伸ばしてだが。
1人、湯の中でーー
ユリオの心にはどす黒い情念が渦巻いていた。いや、完全に燃え盛っていた。
湯面をなでる指先が、怒りで小さく震える。
その怒りとはーーもちろん、女子どもに対してである。
クローリディア。あの傲慢な笑み。
ルル。憐れむような視線。同情してやってる自分が偉いと言わんばかりの。
そしてエミナ。無邪気で残酷な好奇心。
――あの三人から向けられた「化け物を見る目」が、フラッシュバックのように脳裏に焼き付く。
「笑っていろ……今のうちに精一杯、嘲笑っておくがいい」
ユリオの口元が、歪に釣り上がった。
復讐の2文字。
脳内で毒のように甘美に溶け出す。
女子どもめ。
最初から態度が悪すぎるクローリディアだけでなく、ルルもエミナも。
口では綺麗事を言いながら、自分の異形の姿に生理的拒否反応を起こし、遠ざけている。
しかも。
(ププ、クスクスとかしやがって)
俺はルルの大恩人ーー本当は御主人様だが、ルルの立場からしても、大恩人のはずだーーそして、エミナにとって俺は当然、御主君なのだ。
あれが、恩人や主君に対する態度か。
いいだろう。
お前らは、このハーレム大魔王を笑いものにしたのだ。
たかが女子風情が。今も奴らは、俺の顔が見えないことを幸い、楽しく女子トークにふけっていることだろう。
クソッ、
自分たちが何をしたのか、思い知らせてやらねばならない。
貴様らに……
最大級の恥辱を与えてやる!
ユリオは、薄暗い湯壺の中で、頑張って首を伸ばしながら、ケロロ、と不気味な笑みを浮かべる。
◇
生意気で態度の悪すぎる女子ども。ハーレム大魔王として懲らしめる。正義の制裁、いや、悪の制裁だ。
当然せねばならない。
もう徹底蹂躙だ。それしかない。
その手段。
ユリオにはあった。
それは。
『覗き』である。
女子風呂を覗く。『覗き』が果たしてハーレム大魔王にふさわしい悪の制裁といえるかどうか、甚だ疑問だが、今、他にできる事は無いのだ。まずは第一歩から。
『覗き』。
それは実に甘美な響きである。
『覗き』ほど、痛快なものはない。あの完璧に整えられた3人の女子たちの御尊体を、完全に無防備な姿で、屈辱的なまでに隅々まで見てやろうというのだ。
(これだ、これ)
湯壺で真っ赤になりながら、ユリオは独りごつ。
(最近どうもおかしい。いやずっと前からおかしいんだ。ハーレム大魔王であるはずのこの俺が、【財布担当】から【鍋担ぎ】、さらには【蝦蟇の騎士】……あのゴミみたいな女公爵の騎士なのだ……こんなツラをぶら下げて……これは間違っている。どう考えても、絶対に間違っているのだ)
『覗き』。それはもはや、ユリオにとって、自分を取り戻すための戦いであった。
それにしても、ここは男湯と女湯にきっちり分かれている。どうやって女湯を覗くのか?
ユリオには、切り札があった。
周囲に誰もいないことを確認すると、湯布の中に隠し持ってきた小さな革袋を取り出す。
革袋の中にはあったのは、魔符。アスティオにもらった貴重な魔符の1枚である。
それは――『似岩の魔符』。
似岩という土魔法の一種を発動する。
魔符を使えば、発動した魔法により自身の身体は岩石と同化し、鍾乳洞の岩盤を泥の中のように自由自在にすり抜けることができる。岩そのものとなることもできる。
無論、本来ならば死地を脱するための最終兵器だ。戦闘において敵の追撃をかわし、あるいは一撃必殺の奇襲を仕掛けるための切り札だ。
この貴重すぎる魔符を、こともあろうにユリオは、己の歪みきった性欲と私怨を満たすための『覗き』に使おうというのだ。
(……あぁ、これさえあれば、厚い岩盤などあってないようなものだ)
ユリオの鼓動が、早鐘のように高鳴る。
鍾乳洞の岩に同化し、岩にすり抜けて絶対聖域である女湯へと侵入!
気付かれる心配は全くない。
思う存分、女子どもの全裸を堪能蹂躙しまくり!
想像しただけで、下腹部が熱くたぎる。ヨダレは、垂れ流しっぱなし。
(鍾乳洞温泉……すばらしい。どこもかしこも岩だ。どこにでも入り込める。女子どのの湯壺そのものに同化して、すぐ間近から、じっくり見てやろう。上から下から……全部……もう何も俺の目から隠せない)
15年間、いや、前世も入れると、32年間、一度として2次元ではない生の女子の全裸など見たことがない。ルーリャの時も、はっきりとは見れなかった。王都蜂蜜館での『覗き』も、貴重な『水遁の魔符』を犠牲にしたにもかかわらず、失敗した。
今回は。どう考えても失敗する余地は無い。
ルルーシア=琴見咲良の、あの規格外の超爆乳。
クローリディアの誇り高い双丘。
そして最近急激に蕾を膨らませ始めたエミナの瑞々しい身体。
完全に無防備で、ユリオの前に全面開放されるのだ。
「……ザマーミロ。今まで俺を化け物扱いしてきた報いだ。心ゆくまで見せてもらうぞ。俺の本気を、見せてやろうじゃないか」
湯壺から這い上がるユリオ。『覗き』のプランに興奮しすぎて、これ以上湯に浸かっていると、どうにかなりそうだ。
『似岩の魔符』。
それは今、手の中ににある。
アスティオの全力の好意の貴重な1枚。本来の目的から外れた、あまりに破廉恥な使い方。
だが。
完全に頭に血が上り、理性が焼き切れた今のユリオには、そんなことはどうでもよかった。
迷宮のように入り組んだ鍾乳洞の岩盤を指先でそっとなぞる。
この向こうは、女湯。ルル、エミナ、クローリディアの3人の女子が、全裸で待っている。
「……いざ、復讐の宴だ……いよいよ魔王ユリオ、ハーレム大魔王の覚醒だ」
ユリオは、震える手で『似岩の魔符』を掲げる。岩壁に触れた魔符が、青白い光を帯びて燃え始めた。
ユリオの身体がじわりと岩石へと変容し始める。岩と岩の境界が消し去る。
勝負が始まったのだ。誰も知らない禁断の境界線へと足を踏み入れる。




