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第158話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 23 全裸の魔法使い少女



 己の豪拳一発で、轟音と共に穿たれた風穴から、漆黒の耐魔革鎧を纏った『影の執行官』レルドンが、女湯へと足を踏み入れていく。


 その歩みには一分の迷いもない。まるで戦場を行進する重戦車のようであった。


 「――標的(ターゲット)を確認するまで、前進を維持する」


 地獄の底から響くような地声でそう呟きながら、レルドンはズンズンと湯気立ち込める鍾乳洞の中を進んでいく。


 たちまち、静かだった女湯に鋭い悲鳴が響き渡る。空間は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。湯着や湯布一枚の女たちが、濡れた床に足をもつれさせながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。口々に「変態!」「覗き魔!」「誰か衛兵を呼んで!」との叫び声が鍾乳洞の壁に反響する。


 中には、突如現れた漆黒の巨漢が放つ圧倒的な殺しの(オーラ)に恐れをなし、湯着も湯布も身につけぬ素裸のままその場にへたり込み、ブルブルと無防備に震える若い娘もいた。並の男であれば、その白磁のような肢体に役得眼福と目を奪われるところ。


 しかしレルドンは、一瞥だにくれない。


 「……肉の塊。興味なし。目的は『文書』の奪還、および標的(ターゲット)の排除のみ」


 レルドンにとって、相手が裸の女であろうが、絶世の美少女であろうが、そんなことは任務の遂行において何ら関係のない、雑音(ノイズ)に過ぎない。


 この漆黒の『影の執政官』が今考えているのは、この鍾乳洞温泉迷宮が、その身を隠す場所のない完全な袋小路であるということだけ。すなわち、獲物(ターゲット)を確実に狩るための最適な舞台である、それだけであった。


 レルドンの狩り。ラズとは正反対の、極めて変則的な獲物(ターゲット)の追い詰め方を展開していた。


 隠密潜行が得意のラズは。迷宮温泉を身を隠しながら素早く効率的に回り、相手に気取られることなく獲物(ターゲット)を発見し、先手を打って襲撃する。これは、闇の殺し屋としての当然の正攻法といえた。


 これに対しレルドンは。常識に反する、その逆を行った。あえて自分の存在を堂々誇示し、大音量で恐怖を撒き散らしながら進んでいくのだ。当然、獲物(ターゲット)に接近を気づかれる。


 だが、それが狙いだった。


 レルドンには究極に研ぎ澄まされた独自の感覚があった。レルドンの脳内には、温泉迷宮の空気の振動、熱気の対流、そして人間の発する気配のすべてが、手に取るように立体化して伝わっていた。


 (逃げ惑う一般の湯治客どもは、ただ無秩序に外へ、奥へと逃げ場を探し向かう。……だが、私の獲物(ターゲット)は一流手練の魔術師。必ず他の温泉客とは違った動きをする筈だ)


 不意の強力な闖入者がやってきたとき、ダルトンを葬ったほどの魔術師ならどう動くか。恐怖で理性を失う一般客とは違い、身を守るための死角を探すか、あるいは迎撃のための魔力を練り上げるはずだ。


 その、周囲の混乱(パニック)とは明らかに異質な「微かな強者の動き」を、レルドンの研ぎ澄まされた感覚は、寸分の狂いもなく捉えることができるのだ。


 あえて己という脅威を派手に演出し、獲物(ターゲット)に迫る。そして、狼狽した相手がわずかに身じろぎしたその瞬間を、冷静な計算能力によって捕捉する。己への絶対的な自信がなければ不可能な、恐るべき猟法であった。


 「――そこか」


 ついにレルドンの冷徹な双眸が、湯煙の奥、一つの巨大な鍾乳石の影を捉えた。


 洞窟の中、湯煙でいっぱい。視界はぼやけている。


 だが、()えなくても。レルドンの感覚は捉えていた。


 この奥に。突然の爆音と悲鳴に警戒を高め、瞳を鋭く光らせる一流の魔術師美少女ルルの凛とした顔立ちがある。その意志の強い瞳は、迫り来る黒鉄の巨躯を、分厚い白い湯煙を挟んで真っ向から見据えている。


 「ルル、か。貴様がダルトンを殺しレスキュラ伯爵の機密文書を持つ首謀者だな。……神妙に、お命を頂戴する」


 堂々たる重戦車が、ついに本命の獲物(ターゲット)へとその牙を剥き、確実な足取りで肉薄していく。何も知らないルルにとっては、まさに秘湯の平穏を覆す、最悪にして絶対的な危機が目の前に迫っていた。



 ◇



 分厚く白い湯煙が、まるで生き物のように鍾乳洞の奥底にトグロを巻いている。


 視界は数メートル先すらおぼつかないほど白一色に染まり、立ち込める熱気と激しい硫黄の臭いが、中にいる者の視覚を完全に奪い去っていた。


 巨大な鍾乳石を挟んで対峙するルルとレルドン。


 まだ2人の間にはかなりの距離がある。ただ不気味な気配と足音だけが、視界の効かない霧の向こうから伝わってくる。


 湯壺で。先ほどまで少女たちの平和な語らいの場であった聖域は、一瞬にして臨戦態勢へと切り替わっていた。


 「――信じられない。温泉を覗くだけでも言語道断、破廉恥極まりない大罪なのに、こともあろうに壁を力ずくでぶち破って侵入してくるなんて……! そんなの、絶対にありえないんだからっ!」


 ルルは怒りに身体(からだ)を震わせ、その美しい漆黒の瞳を、湯煙の向こうの闇へと鋭く向けた。


 元来、曲がったことが大嫌いで、規律と秩序を重んじる生真面目なクラス委員長の少女である。「覗き」という、不潔で恥知らずな不埒者の暴挙。それが今、自分たちの目の前で行われようとしている。その事実だけで、ルルの潔癖症な正義感は沸点に達していた。


 「女の敵は、絶対に、絶対に私がこの手で成敗しなきゃいけないんだから……!」


 「ル、ルルさん! 落ち着くのです!」


 エミナが、胸元まで湯布を必死に手繰り寄せながら、潤んだ目でルルの腕を掴む。


 「悲鳴を上げてる人たちの話だと、相手はものすごい巨漢で、しかも全身を鉄の鎧で固めた完全武装の暴漢だっていうのです! 私たち、武器も何も持ってないのです! ここは一度、出口に行くか、奥に隠れるか、ユリオ様たちのいる男湯側へ逃げた方が絶対に安全なのです!」


 「エミナの言う通りですわ、ルル」


 クローリディアも、濡れた大判のタオルを器用に身体に巻きつけ、傲慢ながらもどこか不快そうに顔をそむけた。


 「女湯に突入するなどと言う不調法で品性の欠片もない暴漢の相手など、リュクセム女公爵であるこの私が、直々に相手をしてやる義理はありませんわ。汚らわしい男の相手は、村の衛兵か、せいぜい蝦蟇(ガマ)小僧でも押し付けておけばよろしいのです。さあ、行きますわよ。下劣極まるものと関わるなんて、とんでもない」


 2人の至極まっとうな制止の声。しかし、頭に血の上ったルルには、それらの言葉は一切耳に届かなかった。魔法使い少女の頬は、湯と怒りのため、薔薇色に染まっている。


 ルルは白く濃い湯煙の中に、一切の迷いなくすっくと立ち上がった。


 バサリ、とそれまで身体を隠していた湯着が床に落ちる。


 湯気の中に露わになったのは、手入れされた美しい黒髪と、華奢な肩、そして隠しようのないほどに豊満に、圧倒的な質量をもって主張する超爆乳の双丘(バスト)だった。豊かな果実のように瑞々しい全裸の肢体。しかし、その立ち姿には、気恥ずかしさなど微塵もなかった。あるのは、ただ「悪を討つんだから! 女の敵を必ず懲らしめるんだから!」という正義派クラス委員長な闘志だけだ。


 「大丈夫よ、二人とも。私を誰だと思っているの? 宿命に選ばれし魔法使いよ。武器なんてなくたって、私の内なる魔力があれば、変態覗き魔くらい一瞬で黒焦げに成敗できるんだから!」


 ルルは全裸のまま、胸を堂々と張り、湯煙の向こうを見据える。


 「ここは私が食い止める。私が戦わなきゃ、この温泉にいる純潔な女の子たちがみんな大変なことになっちゃうもの! エミナ、クローリディア、貴方たちは下がって身の安全を確保しなさい!」


 「ル、ルルさん……! お気持ちは分かるのですけど、せめて、せめて、その、湯着だけでも着てくださいなのです! 全裸で変態を迎え撃つなんて、それじゃあどっちが変態か分からないのですー!」


 ルルの全裸の決意気迫に、うおっとなったエミナ。涙目で床の布を拾い上げようとするが、ルルは一瞥もくれず、バシッと手を振って拒絶した。


 「それどころじゃないわ、エミナ! 敵はもうすぐそこまで来ているのよ! 一刻を争う戦闘が、すぐにも始まる。お色直しなんてしている場合じゃないんだから!」


 ありえない状況の中、完全に「変態征伐」の使命感に取り憑かれたルル。


 理性の閾値(リミッター)がビミョーに明後日の方向へ吹き飛んでいた。ルルは全裸のまま、堂々と相手を待ち受ける構えをとった。


 その一糸まとわぬ戦闘態勢の姿。実に神々しかった。まさに、湯煙の中の女神、女性たちの守護神である。


 そして。


 ルルたちの耳に。


 鍾乳洞の床を激しく踏み鳴らす、重厚で規則正しい足音が、ハッキリと届き始めた。



 ズン。ズン。ズン。


 一歩進むごとに、熱い湯気が不気味に割れていく。


 まだ、姿は見えない。だが、そこから放たれる圧倒的な質量と、一切の躊躇もない冷徹な殺気だけが、分厚い白い湯煙を伝って、ルルの剥き出しの柔肌をピリピリと刺した。


 (とうとう来たのね……女の敵……!)


 ルルは全裸の指先を鋭く突き出し、体内の魔力を限界まで練り上げ始めた。


 (標的の魔力の高まりを確認。……これより、排除行動へと移行する)


 湯煙の向こう側、レルドンもまた、その漆黒の革手袋の中で、冷徹に拳を握り込んでいた。


 巨大な鍾乳石を挟み、お互いの姿がまだ視認できない白濁の迷宮の中で、重戦車と全裸の魔法使いが、一触即発の臨界点を迎えようとしていた。



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