第151話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 16 待望の秘湯へレッツゴー!
ヴォシュの村にのんびりとした昼下がりの光が満ちる頃。
ユリオたちが宿をとった『湯煙の宿・木漏れ日亭』の重い木扉が賑やかに開いた。
「ただいま戻ったのです! ユリオ様、ルル様! この村の牧場と薬草園は本当に素晴らしかったのです。明日からの旅路が豊かになること間違いなしの、とびきりな食材をたくさん買い込めました!」
大きな背負子に山盛りの干し野菜に乾燥ハーブ、燻製肉に燻製鰻を詰め込んだシュレンを従え、エミナが弾んだ声で食堂へと入ってきた。
エミナが特に上機嫌だったのは、乾酪が手に入ったことだった。ルヴォンで買い込んだ乾酪はもう無くなっていたので、ここで、日持ちのする硬く作った乾酪をたっぷりと買い込んだのだ。
ウキウキのエミナとシュレンが宿の厨房に食材を預け、男子部屋へと向かおうとした時、象牙の扇子をパタパタと動かしているクローリディアの姿が目に留まった。一階の帳場前の長椅子に優雅に腰掛けている。
「おや、クローリディア様。部屋にいらっしゃるものとばかり思っていましたが、外へ出られていたのですか?」
シュレンが少しだけ心配そうに眉をひそめ、大荷物を下ろしながら尋ねた。
クローリディアはリュクセム公国から追われる身であり、おまけに強烈な『呪い』の件もある。あまり不用意に大勢の前に出るのは危険ではないか、というのが実直な従者としての懸念だった。
「何か、外で不都合なことでもありませんでしたか?」というシュレンの問いに対し、クローリディアはふっと尊大に顎を上げ、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「不都合? ふふん、まさか! むしろその逆ですわ、シュレン。ここの下民どもは、このような世界の果ての辺境の住人にしては、身の程というものを随分と弁えているようです。私が広場へ降り立って差し上げたら、みな一様に我が身の尊貴さと威光に打たれ、恐れおののき、直視することすらできずに平伏しておりましたの。やはり、たまにはこうして下民どもに拝謁の機会を与え、至高の美に触れさせてあげるのも統治者の慈悲として良いものですわね」
「はあ……。平伏、ですか」
シュレンがなんとも言えない微妙な表情を浮かべる。
クローリディアはさらに気前よく扇子を広げると、声を一段と弾ませて続けた。
「ええ! 中には、私のあまりの神々しさに魂を狂わされ、理性を失って獣のような目で熱烈に跪いてくる、少し血迷った不届きな男も現れましたけれどね。まぁ、それもすべては我が身から溢れ出る絶対的な高貴さのゆえ。哀れな下民の分際を弁えた引き際を見せましたから、リュクセム女公爵としての寛大さをもって、直々に頭を叩いて褒美をとらせて差し上げましたわ! おーほっほっほっほ!!」
帳場前に響き渡る高笑いを聞きつけ、2階から降りてきたユリオと、部屋で物思いに耽っていたルルも合流してくる。
エミナ、シュレン、ユリオ、そしてルルの四人は、一斉に顔を見合わせた。
誰も口には出さなかったが……その脳裏に浮かんだ感想は完全に一致していた。
(……ああ、うん。どうせまた、ものすごい規模のカンチガイをやらかしたんだろうな)
(村の人たち、場違いすぎるドレスを見て引いてただけじゃないかしら……)
とはいえ、クローリディアが機嫌良く、何より無傷で戻ってきたのならそれでいい。ユリオたちはあえてその幻想をぶち壊すような野暮な真似はせず、「それは重畳でしたね」とビミョーな苦笑いで受け流すことにした。これ以上、騒がれても困るからだ。
「よし、全員揃ったな。買い出しも終わったことだし、もう昼過ぎだ。お待ちかねの温泉へ行こうじゃないか!」
ユリオが蝦蟇の大きな手でポンと手を叩くと、一同の顔にパッと明るい笑みが戻った。
宿の外へ出ると。
ヴォシュの村はすっかりいつもの活気ある観光営業モードに切り替わっていた。昨夜、広場で涙を流し、世界の終わりのような絶望を浮かべていた宿の主人も、今や帳場の後ろで「はーい、いってらっしゃいませ! 当村自慢の秘湯、存分に癒されてきてくだされ!」とニコニコとした営業スマイルで見送ってくれる。
なんだかんだ、人間、その日生きていくことが大事。商売が大事。
村人の切り替えの早さに押し出されるようにして、ユリオたちの胸中にあった後ろめたさは綺麗に霧散していった。自分たちが村の英雄であるダルトンを暗殺し、その小屋を木っ端微塵に吹き飛ばした張本人であることなど、彼らの頭からはもうすっかり抜け落ちていた。
「大丈夫。私たちは絶対安全ね」
ルルが小さく声を弾ませ、エミナと腕を組んで歩く。
久々の娯楽、それも名物の秘湯を前にして、一行の心は完全に浮き立っていた。へばりつく泥とまとわりつく小虫の大森林の難路は、遠くへ消えていた。
◇
目指す秘湯。
村人たちが口を揃えて絶賛し勧める、この観光村、湯治の里の命綱である『鍾乳洞洞窟温泉』。
村のすぐ近くにあった。
緑深い森の中に、突如として巨人の牙のように突き出た灰白色の岩塊が現れる。この村を特徴づける、石灰岩塊だ。その岩肌にぽっかりと大きく口を開けた、神秘的な洞窟の入り口――そこが温泉への入場口であった。
さすがは遠国まで知られる隠れた名所。
薄暗い洞窟の入り口付近には、観光地らしく色鮮やかな天幕の売店や、湯上がりの客が涼むための案内所が建ち並び、多くの湯治客や、威勢よく商売する村人たちで賑わっていた。
洞窟の奥からは、ひんやりとした地下の空気と共に、硫黄の香りを孕んだ温かい湯煙が、白く、豊かに立ち上って旅人たちを誘っている。
「わあ……凄いのです! 本当に洞窟の中が温泉になっているのですね!」
「よし、それじゃあ旅の疲れを根こそぎ洗い流すとしようか!」
湯治の里。癒しの里。
大森林の中の楽園。
5人はのんびりゆっくり楽しく疲れを落とせる。……はずだったのだが。
浮かれ気分を切り裂く刃は、すぐそこまで迫っていたのだった。




