第15話 ルルって呼んでね 〜奴隷少女と〝恋愛〟は可能ですか?
蜂蜜館の居間。
燦々と陽光が差し込む明るい気持ちのいい部屋で。
穏やかな時間が流れていた。
久々に再会を果たした同級生の2人。
寛いでいた。
「それでね、秋の体育祭のことなんだけどーー」
咲良は、嬉しそうに話していた。
ユリオ=忌木信太朗が不登校引きこもりになってからの、学校の話である。ユリオの知らない学校のことを説明するのが、クラス委員長である自分の義務であるかのように思っているらしい。
ユリオにとって全く嬉しい話ではなかった。学校のことなんて、琴見咲良のことを除けば、思い出したくもないのだ。そもそも学校に戻るなんて、ありえないし。
前世の忌木信太朗のことは、完全に過去に捨てた、いや、あの自分には決してならない、戻らない。その強い思いで今の自分があるのだ。
「ほんと、忌木君がこんなに立派になったって、みんなに教えてあげたいよ。みんなびっくりするよ。それで、自分たちのクラスメートが誰よりも活躍してるって知って、喜ぶ、誇りに思うよ。クラスメート。仲間だもん」
活躍、か。ユリオは話を聞きながら。
別に活躍なんてまだ俺はしていないぞ。するつもりもないし。大体なんなんだ活躍って? まさか〝名誉の戦死〟〝領民救済〟例のアレか。冗談じゃない! そうか。咲良さんを〝奴隷解放〟したっけ。いや、してないけど。咲良さんの中ではそうなっているんだ。確かにこれは、咲良さんにとっちゃ大活躍だよね。間違いなく。
それにしても、クラスメート。仲間か。俺が生まれ変わって大貴族になったのを知ったら、みんな喜ぶ? 誇りに思う? ふふ、まさか。そんなことを思うのは咲良さん、あなただけだよ。本当に純粋だね。人を信じているんだね。俺みたいな底辺が単なる幸運で大逆転したのをみんなが知ったらーー
ユリオは想像してみる。
きっと、嫉妬、嘲り、否定の嵐だろうな。あいつがうまくやった? 嘘だろ? ただ運がよかっただけだ。そうそう。あいつに実力で何かできるわけないからな、あんなクズに。ただ、運がよかっただけの成り上がり。それでふんぞりかえってやがるんだ。嫌だねー。みっともない。どうせそのうち地面に叩き落とされるさ……
そんなところだろう。俺だってそう思うからな。底辺クズが突如成り上がっていい気になってたら。それに、俺が咲良さんを奴隷にしたけど、何もしないで解放した。そんな話をみんなが聞いたら。
「あいつは結局、何もできない腰抜けなんだ。男じゃねえ」
「忌木君じゃ、女の子が怖くて怖くて指1本触れないよね。プププ」
思いっきりバカにされるだろうな。男子にも女子にも。それが世の中だ。それがクラスメートと言うものだ。
咲良さんにも。いずれきっちり〝わからせ〟なきゃな。
誰よりも正義感が強く、純粋無垢、自分を、人を信じる。そんなの、いつまでも通用しないさ。今までそれを学習していないのが、おかしいんだ。
立派になった、か。立派な人間だって、陰で何やってるかわかったもんじゃないしな。
でも。
咲良に立派になったと言われて、悪い気はしなかった。いや、これほど高揚したことはなかったのである。前世の高校じゃ、咲良にこんな目で見られたことはなかった。
もちろんいずれは咲良を奴隷として這いつくばらせるつもりであったが、憧れの委員長に褒められて、ユリオは単純に嬉しかった。
「そうだ、咲良さんに俺は、どう見えてるんだろう」
ふと、気になった。
転生して変わったのは身分だけじゃない。容姿も変わったのだ。金髪碧眼の美少年に。いや、どう客観的に見ても、俺はイケメン美少年だぞ。まだ15歳だけど、上背だってある。前世の冴えない忌木信太朗とは、まるで別人だ。下の〝モノ〟だって、前世の何倍も立派に。これもそのうち、咲良さんに見せつけてやるぞ……咲良は魔法で、前世の姿が視えるんだ。でも、今の姿も、しっかり見えてるよね。一応訊いてみよう。
「咲良さん、今も前世の僕の姿、視てるの?」
咲良は、屈託なく、
「ううん。視てないよ。視ようと思えば、いつでも見れるけど。目の前の人が、いつも二重の姿だったら、ちょっと大変じゃない?」
よかった、視てないんだ。もう忌木信太朗の姿なんて視ないで欲しいな、とユリオ。
「そうなんだ。そうだよね。僕、転生して異世界で顔から何から全部変わっちゃったけど、どう? 変じゃないかな」
「変? 全然。とっても素敵よ。いかにも大貴族。王子様って感じ」
グッヒョーン!
またまた、カアアアアアーッとアツくなる。前世で女の子に「とっても素敵」なんて容姿を褒められたことなんてなかった。異世界じゃ褒められまくってるけど、それは立場があるからで。
「咲良さんは、お世辞なんて言う人じゃないし……本当に認めてるんだ。俺はイケメン。そうだよね。ハハハ。幸運だろうがチートだろうが、もう俺は完全に勝ち組なんだ。クラスの連中ども、ザマーミロ。俺は委員長に認められてるんだ。何とでも言え。人の運命っていうのは不公平なんだ。そういうことだ。悪かったな。運命は俺を勝ち組に選んだ。それだけのことだ」
ウキウキするユリオ。内心の笑いというか、デレデレが止まらない。
そうだ、このシチュエーション。
突如、閃く。
「奴隷とかじゃなくても、普通に咲良さんが俺のモノになるんじゃない?」
◇
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そうだ!
咲良さんが、俺のモノになる! 俺の胸に飛び込んでくる!
なんてこった。それもあり。というか、そうなって当然だ。
なんてったって、俺は大貴族のイケメン王子。国王より金持ち。それは咲良さんも知っている。女子の憧れ。喰いついてくる女の子なんていくらでもいる。今まで喰えなかったのは、祖母と家臣団の異常な方針で鉄のパンツを穿かされてたっていうだけのことで……咲良さんだって女の子だ。潔癖症だけど、別に男が嫌いってわけじゃないだろう。いくら清楚な子だって……もう17歳だ。イイ男が目の前にいれば、転ぶ。そうじゃないのか?
どう考えても、この世界で咲良さんにふさわしいのは俺だ。よく考えてみれば、もう咲良さんは仰ぎ見る、手の届かない存在ではない。大逆転してるんだ。今じゃ、向こうが俺を追いかける立場なんだ。
高揚興奮しまくりなユリオ。心は17歳の高校2年生男子に戻っている
俺が咲良さんに喰いつかなくても、咲良さんの方で俺に喰いついてくる。そうでなければならない。なんだか咲良さんは、俺の人格も評価してくれているみたいだし。カンチガイだけど……
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琴見咲良と恋愛。
成立するのか!
前世のユリオは、当然ながら女の子にまるで相手にされず、恋愛成立などしたことなかった。すると思ったこともなかった。
異世界では。
祖母ギオラの方針通りだったとしても、いずれは結婚する。しかし、そこに恋愛は無い。王国では、家柄が大事だ。大貴族の結婚とは、まず家柄。しかし、ユリオに選択権がないわけではない。立場を利用して、家柄が釣り合い、なるべく好みの令嬢と結婚する、そう思っていた。あとは女といえば金で囲うか、買うか、である。
前世の高校生のような恋愛は、ここではできないのだ。その筈であった。
でも。
咲良さんと、〝恋愛〟モードに!
なんだか凄いことになってきた!
震える。
身分家柄の問題があるから咲良と正式に結婚して正妻にすることはできない。でも、この隠れ家で、2人で愛を交わすことはできる。
前世で不可能だったガチ恋愛を異世界でーー
のぼせるユリオ。
うっひょー! やっぱし俺スゲエエエエーっ!
まだ恋愛成就もしてないのに、すっかりその気になっていた。
「もちろん、奴隷として這いつくばらせる。これは絶対やってやるぞ。俺の御主人様としての権利だ。そこは譲れない……でも、その前に……あらゆるプレイを試す。そう思ってたけど……ガチ恋愛! そんなこともできちゃったりするんだ。清楚で、純粋無垢な咲良さんを、そのまんま頂いちゃう。うう、このまばゆい純粋さ、真っ直ぐさをそのままガブリと……こんなの味わえるの俺だけだ。他の誰にもできない。ウッヘッヘ……そう、俺は魔王。他の人ができないことをやる。他の奴が手に入らないものを手に入れる。誰もが羨ましがるものを。そうだ。高校のクラスの連中、せいぜい嫉妬でも何でもしろ。悪態ついてろ。そんなの痛くも痒くもねーぜ。琴見咲良の全てが俺のものなんだ……で、咲良さんは、もう俺に惚れたりしてるのかな」
慎重に、咲良の様子を窺うユリオ。
咲良。ユリオを幸せそうに見つめているけど、
「うーん。咲良さんは、隠し事なんてできない。なんでも顔に出ちゃうからな。この様子だと、まだ惚れてる、までは行ってないか。それもそうだ。さっき会ったばかりなんだし。俺が大貴族だと知って、奴隷解放されてヨカッタヨカッタ嬉しい嬉しいモード。当然だよな。咲良さんは、真面目な人だ。恋愛だってきちんと取り組むだろう。恋が芽生えるとしたら、これからだ。この愛の巣で2人で過ごしていれば、自然とそういうことになる」
ここは鬼畜するための悪徳の巣のはずだったが。琴見咲良は俺の彼女! と勝手にルンルンラブラブな妄想に浸るユリオ。
そうだ、1つ言っておかなきゃ、と、
「咲良さん、お願いがあるんだけど」
「なに? 何でも言って」
「僕のこと、ユリオって呼んで。あの、僕さ、前世での忌木信太朗とはきっちり区切りをつけて、こっちでやり直しているんだ。咲良さんもそれをわかってほしい。だから異世界で忌木って呼んで欲しくないんだ。あ、そうだ。僕、異世界じゃ、自分のこと『俺』って言ってるんだ。2人きりの時も、『俺』でいいかな」
咲良は、真剣にうなずいて、
「わかった。もちろんいいよ。そうだよね、2度目の新しい人生だもんね。異世界ではユリオ。そう呼ぶよ。あ、私のことは、ルルって呼んで」
「え?」
くすっと笑う咲良。
「私は向こうの世界から急に異世界の世界に放り込まれてきた。でも、帰り方がわからない。絶対帰ろうと思ってるけど。とにかく、この世界で生きていかなきゃ。だから、こっちで生きていくために、こっちの名前で呼んで欲しいの。ルルーシアって養親がつけてくれた名前なの。私を拾ってくれた女魔法使いよ。私、この名前気に入っているの。ルルって呼んで。養親からも、魔法団のみんなからも、ルルって呼ばれてたの。ユリオ、あなたもルルって呼んでくれる?」
「うん……もちろんいいよ。ルルーシア……ルル。素敵な名前だね」
ルル。俺のルル。魔王の恋人。
ただ、ただ、陶然となる。




