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第149話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 14 本物の姫



 あまりにも斜め上を行くクローリディアの態度。


 ラズの脳内では、けたたましい警報音が鳴り響いていた。


 (おいおい、待て待て待て。このお嬢ちゃん、本格的にヤバいぞ。ただの『お高くとまった見栄っ張り』なんかじゃない。手を出していいラインを完全に踏み越えてる、本物の狂人ヤバいやつじゃないのか……?)


 さすがのラズも、背筋に冷たいものを感じ始めていた。しかし、見ず知らずの少女にいきなり頭を扇子で引っぱたかれ、このまま、はいそうですかとすごすご引き下がる? 


 (それは、ダメだ)


 女の子を前にして、尻尾を巻いて逃げるなど、百戦錬磨の色男、女たらしとしての矜持(プライド)が絶対に許さなかった。

 

 ここで、これまでの輝かしい実績(女戦歴)に土をつけることはできない。


 (ようし、分かった。こうなったら一切の手加減はなしだ。俺の持てるすべての手練手管を全開にしてやる! わけのわからん女だが……その無敵のカンチガイの殻を木っ端微塵に叩き割ってやる! 絶対にだ!)


 ラズはすっと立ち上がると、衣服に付いた埃を払うふりをする。


 己の「最高の色男のファッション」をこれみよがしにアピールするのだ。


 派手な刺繍の入った真っ赤なベストの裾を整え、高級(シルク)のシャツの襟元を片手で軽く弄りながら、獲物を蕩けさせるような甘い吐息と共に、究極の殺し文句を繰り出す。


 「いやあ、手厳しいねえ。でもね、お嬢さん。実はこの服、王都で今一番流行っている仕立屋で、今日、君のような美しい人に巡り合うためだけに特別にあつらえてきた、最高級の東方(シルク)のシャツなんだ。君のその神々しい輝きに少しでも近づきたくて、俺も必死に背伸びをしちゃったわけさ。どうだい、これでもまだ、俺の情熱は届かないかい?」


 至近距離から放たれる、財力と洗練されたセンスの波状攻撃。都会の普通の女子であれば、男の並々ならぬ熱意と高級感に気圧され、真っ赤になって視線を彷徨わせるところであった。


 しかし。


 クローリディアである。リュクセム女公爵である。真の王侯貴族しか足を踏み入れることを許されない、至高の洗練の世界で育った「本物」なのだ。その世界は、ラズの想像を絶していた。


 クローリディアは、ラズが自信満々に誇示するシャツとベストを、冷ややかなアメジストの瞳で一瞥すると、ふっと憐れむように鼻で笑い飛ばした。


 「フン。安物の絹ね。刺繍のセンスも田舎の成金レベルだわ。そんな雑巾のような布切れを誇らしげに纏って、よくもまあ私の前に立てたものね。身の程を知りなさい、下民」


 「……へ?」


 「でも、仕方がありませんわね! 貴方のような卑しい身分では、それが精一杯の背伸びなのでしょう。その涙ぐましい努力をしてまで、我が尊貴なる目に少しでも見栄え良く映ろうとしたその健気な姿勢……うむ、殊勝であると褒めて遣わしますわ!」


 クローリディアは扇子をピシャリと閉じると、哀れな子を諭すように言葉を続けた。


 「東方の(シルク)ですって? 笑わせないで頂戴。本物の東方(シルク)というものは、織り上がった布が自ら淡い真珠色の燐光を放つものですわ。貴方の着ているそれは、ただの量産された安価な家蚕の糸を、質の悪い染料で誤魔化しただけの代物。まるで雑巾。そんなものを『最高級』などと呼ぶなんて、貴方の目は節穴ですわね。それにそのベストの刺繍! 左右の対称性が狂っていますわ。未熟な技術を誤魔化すために、無駄に派手な糸を使って目を引こうとする、実に下俗で野暮ったい下民の装束ですこと! でもよいのです、何も言わずとも分かっておりますわ! 私の放つ高貴な(オーラ)()され、少しでも上質にみえる衣服で取り繕って私に近づこうとしたのでしょう? 貴方なりに我が威光に相応しい礼節を保とうとするその執念、私の尊貴さはそこまで人を駆り立てるのね。改めて感じ入りましたわ! おーほっほっほっほ!!」


 ラズが、女の子を口説くための必殺の台詞(セリフ)


 それはことごとく、クローリディアの無敵のカンチガイ脳内変換によって、


 「自分の威光、尊貴さに圧倒され、必死に身の程を弁えようと取り繕っている下民の哀れな行動」


 として完璧に処理されてしまった。


 あまりにも容赦のない本物(ガチ)のダメ出しの嵐と、どこまでも天井知らずの高笑いを前に、ラズの自負(プライド)は粉々に粉砕され、その表情は完全に引き攣るしかなかった。



 ◇



 言葉を失って立ち尽くすラズ。


 このシャツとベスト。主君であるワレンシュルド公爵から任務の報奨金として下賜された、ラズにとってもお気に入りの一着だった。それを「雑巾」「下俗」とまで酷評された。


 全否定である。それも、妙に専門的なダメ出しだった。クローリディアがいい加減に言っているのでないことはわかった。


 ラズの男としての、そして裏社会の手練(エリート)としての矜持(プライド)が、地味に、しかし確実にメリメリと音を立てて引き裂かれていった。


 (な、何なんだこの女……! 口を開けば、王都の仕立屋の親方でも言わないような辛辣な批評を弾丸みたいに飛ばしてきやがる……! 勘違い女だと思ってたけど、この知識の量と、言葉のキレは何だ!? まるで本物の、腐るほど金を持った大貴族のクソババアと喋ってるみたいだぞ……!)


 ラズの額から、じわりと本物の冷や汗が滲み出た。


 百戦錬磨の恋愛手管(テクニック)が、すべて不発に終わるどころか、逆に精神的な致命傷を負わされている。ラズの薄笑いは完全に引き攣り、目の奥の冷徹な光が、困惑の色に塗り替えられようとしていた。



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