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第147話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 12 村の朝 場違いな姫



 ヴォシュの村に、静かな朝が訪れた。


 朝霧がまだ温泉の湯煙と混ざり合って白く立ち込める早朝。


 村の境界を抜け、大森林の方角へと足早に駆け抜けていく一人の少年の姿があった。


 背に見事な剛弓を負うマルスである。


 村の大人たちは彼をなだめ、捜索は日が高くなってからだと引き止めたが、マルスは一刻も早く、自分の目でダルトンの小屋の状況を確かめたかった。


 優しかった英雄(ヒーロー)の死を、その現場を見て、犯人の手がかりを掴むまでは一歩も退かない――その決意が、少年の若い瞳を鋭く尖らせていた。



 一方。


 ユリオたちはといえば。


 ここ数日、大森林での過酷な野営(キャンプ)が続いていた反動もあり、久しぶりの立派な宿の寝床で、すっかり惰眠をむさぼっていた。


 「ふわぁ……。よく寝たのです……」


 お昼近くになってようやく這い出してきた五人は、一階の活気ある食堂で合流し、遅めの朝食を兼ねてお茶をすすることにした。


 ユリオは横にせり出した金色の眼球をせわしなく動かしながら、宿の主人や、朝湯帰りの湯治客、談笑している村人たちの会話にそれとなく耳を傾け、さりげなく村の様子をうかがった。


 一晩が経ち、昨夜の広場を支配していたあの異様な狂気と殺気は、だいぶ落ち着きを取り戻しているようだった。


 なんだかんだと言っても、ここは温泉村であり、観光の村である。生計を立てるためには、いつまでも塞ぎ込んでいるわけにはいかない。今日も遠方からの客を迎えるため、いつも通り温泉村の営業は続けていこう、という話にまとまったらしい。


 肝心のダルトン殺害の犯人については、村の自警団や、先ほど飛び出していったマルスを中心とした若者たちが、大森林の周辺を捜索することになったのだという。


 (ふむ……。やはり、俺たちは一ミリも疑われていないな)


 ユリオは耳まで裂けた蝦蟇(ガマ)の大口を緩め、ホッと胸を撫で下ろした。


 捜索なら、気の済むまでいくらでもしてくれればいい。あの小屋は黒猫の爆破魔法で文字通り木っ端微塵にしたのだ。自分たちが犯人だなどと、絶対にバレるはずがなかった。


 張り詰めていた緊張が完全に解け、5人の間には心地よい安堵の空気が広がっていく。窓の外を見上げれば、すっかり日の上った村には、のんびりとした長閑のどかな空気が戻ってきていた。


 「さて、それじゃあ今日一日の予定を決めましょうか」


 ルルがハーブティーのカップを置きながら、伸びをして言った。


 話し合いの結果。


 まずは村の中で各自するべきことを済ませ、その後に満を持してみんなで名物の鍾乳洞温泉へ行こう、ということになった。


 「では、私とシュレンさんは、明日からの旅路に必要な食材の買い出しに行ってくるのです。この村の薬草園や果樹園、それに牧場を見て回りたくて」


 エミナが嬉しそうに言うと、シュレンも黙って頷き、大荷物を背負うための頑丈な背負子しょいこを傍らに引き寄せた。


 「よし、行ってらっしゃい。俺は……そうだな。この宿、なかなか立派な寝台(ベッド)だし、おまけにシュレンの熊の外套(コート)を敷かせてもらって……こんな贅沢、森じゃできないからな。もう一眠りさせてもらうよ。蝦蟇(ガマ)の皮膚ってのは、乾燥に弱いからね。名物の温泉に備えて、体力を温存しておくさ」


 ユリオがそう言って笑うと、一同も口々に笑い声を上げた。自分たちは絶対安全なのだという確信が、みなの心をどこまでも楽天的にさせていた。


 エミナとシュレンが賑やかに食堂を出ていき、ユリオが再び部屋の寝台(ベッド)へと潜り込んだ後。


 ルルだけは、女子部屋の窓辺に一人腰掛け、静かに物思いにふけっていた。


 昨夜の村人たちの涙、そしてマルスの叫び。自分たちが下した「正義」が、この村にとっては「悪」だったのではないかという割り切れない思いが、ほんの少しだけ、ルルの心に小さなとげのように残っていた。だが、それも温かい温泉に浸かれば洗い流せるだろうと、小さく首を振って、窓の向こうの湯煙を眺めるのだった。



 ◇

 


 クローリディアは一人、のんびりと優雅に村の広場を散策していた。


 食材の買い出し――そのような泥臭い仕事は、エミナやシュレンといった従者どもの役目だ。いくら暇を持て余しているとはいえ、自ら進んで同行するつもりなど毛頭ない。かといって、部屋で暗い顔をして物思いに沈んでいるルルと一緒にいるのも、酷く気詰まりであった。


 やはり、自分のような高貴な存在には、こうして優雅に街並みを見下ろす時間がふさわしい。


 柔らかい陽の光が降り注ぐ中、クローリディアはいつもの最高級の絹のドレスの裾を軽やかに揺らし、手に持った扇子をパタパタと動かしながら、ゆったりとした足取りで歩を進める。その姿は、大森林の隠れ里という、鄙びた背景の中で、滑稽なほどに浮き上がっていた。


 広場を行き交う村人や、遠方からやってきた温泉客たちは、突如現れたクローリディアの姿にやや驚き、一様に足を止めて遠巻きに見つめていた。


 だが、誰一人として近づいて話しかけようとする者はいない。


 それもそのはず。周囲の人々はみな、この辺鄙な温泉村に場違いすぎる過剰に豪奢なドレスを着て歩くクローリディアを見て、内心で(なんだあの、無駄に見栄を張った勘違いした子は……)(関わると面倒くさそうだから、あえて近寄らないでおこう)と冷ややかな視線を送っているだけなのである。


 しかし、これがクローリディアの脳内変換にかかると。


 「おーほっほっほ! 見なさい、この下民どもの怯えようを! 私のあまりの威光、まばゆいほどの高貴さに、恐れおののいて声をかけることすらできないのね! 無理もありませんわ、美の本質を知らない者たちにとっては、私という存在自体が神々しすぎるのですから! 私こそ、辺境に光をもたらす者!」


 扇子で口元を隠しながら、得意満面で高笑いをあげるクローリディア。


 周囲の冷笑を「畏敬の念」と完全に勘違いし、その自己満足は最高潮に達していた。


 まさにその時。


 村の広場に、これまた一際目を引く派手な衣装を纏った男がふらりと入ってきた。


 金髪を雑に結わえ、真っ赤なベストに高級な絹のシャツを着こなした男――ラズである。


 ダルトンの小屋から足跡を追い、山道を軽快に走破して、ようやくこのヴォシュの村へと辿り着いたのだった。


 「いや〜、いい湯煙だねえ。さてさて、どっから調べたもんかね……っと?」


 口笛を止め、ラズの鋭い目が広場の中心を捉えた。嫌でも人目を惹く、極彩色のドレスを着た場違い少女がそこにいたからだ。田舎の隠れ里に響き渡る、いっそ清々しいほどの高笑い。


 ラズは、数多の修羅場で培った観察眼で一瞬にしてクローリディアの「本質」を見抜いた。


 (へえ……こいつは驚いた。こんな山奥に、なかなかの美少女が転がってるじゃないの。……だけど、ありゃあ筋金入りだねえ。完全な、無意味に自尊心(プライド)の高い、見えっ張りのカンチガイ女だ。自分の世界に入り込んじゃって、周りの冷たい視線が全く見えてないや)


 ラズの唇が、いつもの軽薄な薄笑いへと形を変える。


 ラズは今、ワレンシュルド公爵の重大な機密文書を追う、極めて重要な任務の最中であった。


 だが。

 

 それとこれとは話が別。仕事の最中であっても、目の前に極上の女の子がいれば絶対に手を出す――それこそが、殺し屋ラズの譲れない流儀であった。


 (公爵様の仕事も大事だけどさ、こんな退屈な村で、あんな可愛い玩具(おもちゃ)を素通りしちゃ男がすたるよねえ。さてさて、あの高慢ちきな自尊心(プライド)をどうやってひん剥いて、俺の腕の中に転がし込んでやろうかねぇ?)


 ラズは両腰の『双短剣(ツイン・ダガー)』の柄に軽く触れ、獲物を定めるような、しかしどこまでも楽しげな目を爛々と輝かせながら、得意満面で歩くクローリディアの背後へと、音もなく歩み寄るのだった。



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