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第145話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 10 孤児と英雄



 広場に集まった村人たちの動揺は、瞬く間に激しい怒りへと変貌し、白熱した議論の渦となって沸き返っていった。


 「小屋が木っ端微塵に吹き飛んでいたなんて、事故のはずがない! ダルトン様は、誰か卑劣な何者かに殺されたんだ!」


 「あんなお優しい、村の救世主を殺すなんて……! とんでもない大悪党がいたものだ!」


 「そうだ! ダルトン様を殺した悪党を見つけ出して、何としても、我らの手で裁かねばならん!」


 村人たちは一様に拳を突き上げ、犯人への怒りの声を荒げていた。口々に言い合われる「悪党への裁き」という言葉。


 村人たちの間では、早くも、ダルトンの莫大な資産に目をつけた者がダルトンを殺して財産を奪ったのだろう、ということになった。


 それを群衆の端で聞きながら。


 ユリオたちは、ただただ神妙な顔をして、固唾をのむばかり。


 (俺たちが……とんでもない悪党……)


 ユリオは耳まで裂けた蝦蟇(ガマ)の口を固く結び、横にせり出した金色の眼球を泳がせた。自分たちが執行したはずの「正義」が、この村においては「最悪の凶行」として扱われている。その圧倒的な矛盾に、胸が押し潰されそうだった。


 やがて、怒号が飛び交う村人たちの集会の中心で、一人の少年が力強く立ち上がった。


 ユリオと同じ、十五歳の少年――名を、マルスといった。


 少年は十五歳という若さでありながら、過酷な大森林で鍛え上げられた屈強な体躯と、強い意志を宿した黒い瞳をしていた。


 マルスは猟師の息子だった。しかし数年前、両親を森の不慮の事故で同時に亡くしていた。身寄りをなくしたマルスは、幼い妹とともに村の厄介者としてよその家に預けられ、肩身の狭い、辛い日々を送っていた。そんな絶望のどん底にいた兄妹の前に現れたのが、ダルトンだった。


 ダルトンはマルスたちの境遇を深く憐れみ、その莫大な私財から、二人が不自由なく暮らせるよう手厚い援助を施した。そのおかげでマルスは、歪むことなく立派に成長することができたのだ。


 十五歳に成長したマルスは、猟師として完全に独り立ちしていた。大人でも引くのに苦労する、大森林の強靭な木々で作られた剛弓を、マルスは容易く引き絞ることができた。


 マルスはよくダルトンの小屋へと遊びに行き、老人の穏やかな昔話を聞くのが何よりも好きだった。マルスにとって、ダルトンは、優しく、花の手入れの好きな慈善家の老人であった。マルスはいつしか老人の背中に憧れ、「俺は絶対に、ダルトン様のような優しくて強い、本物の英雄になるんだ。勇者になるんだ!」と誓っていた。かつて大盗賊として世界を震撼させたダルトンは、その少年の純粋な誓いを、ただ静かに、寂しそうな笑みを浮かべて黙って聞いていた。


 ダルトンーー孤児(みなしご)の少年の恩人が、何者かによって無残に殺された。


 マルスは村の集会の中心で、怒りに震える手で自らの剛弓を天高く突き出し、裂かんばかりの声で宣言した。


 「みんな、聞いてくれ! ダルトン様を殺した犯人を、俺が必ず、この手で見つけ出してみせる! そして、この剛弓で、ダルトン様の無念を晴らす裁きを下す! ダルトン様は俺たちの英雄だった! 次は俺が、ダルトン様のような英雄になって、この村を、妹を護るんだ!」


 その力強い叫びに応えるように、群衆の後方から「お兄ちゃん!」と小さな声が上がった。


 ユリオたちが村の入り口で出会った、あの少女――クリーサが、涙をボロボロとこぼしながらマルスの元へと駆け寄ってきた。


 マルスは突き出していた剛弓を降ろすと、優しく、しかし引き締まった腕で小さなクリーサを強く抱きしめた。


 マルスが命に代えても護ると誓った最愛の妹とは、あのクリーサのことだったのだ。


 「……っ」


 ルルが短い悲鳴のような息を漏らす。その胸が激しい動揺で上下する。


 エミナはあまりのショックに狩衣の袖で完全に顔を覆ってしまい、シュレンも大きな身体を強張らせて目を伏せた。


 クローリディアさえも、いつもの高慢な笑みを消し、アメジストの瞳に言葉のない動揺を滲ませている。


 自分たちが殺したのは、ただの大悪党ではなかった。


 あの優しくて健気なクリーサから、唯一の父親代わりであり、恩人であった存在を奪い去ったのだ。マルスという若者の未来の光を、引き裂いたのだ。


 「戻ろう……」


 ユリオは濁った声を絞り出した。


 これ以上、この広場に留まって彼らの涙と怒りを見届けることは、今のユリオたちには耐え難い拷問でしかなかった。


 復讐に燃える十五歳の猟師、マルスの鋭い眼光から逃れるように、ユリオ一行は誰の目にも留まらないよう、そそくさと宿の2階の客室へと戻っていった。


 部屋の重い木扉が閉まった後も、広場から響く村人たちの慟哭と、マルスが立てた復讐の誓いが、いつまでも不気味に木霊こだまし続けていた。



 ◇



 頑丈な木扉で閉ざされた宿の一室。


 そこへ集まったユリオたちは、誰からともなく机を囲み、沈痛な面持ちで声を潜めて話し合いを始めた。


 「……どうなってるの、一体。ダルトンがこの村の救世主だなんて、そんなこと、バージェスさんは一言も言っていなかったわ」


 ルルは何度も深く息を吐きながら、青ざめた顔で呟いた。


 広場での村人たちの様子を見る限り、彼らはダルトンの血塗られた過去を本当に何一つ知らないようだった。


 商売で築いた財産で村を豊かにし、孤児を救った優しい善人。


 それこそが、彼らにとってのダルトンという男のすべてであり、完璧な救世主(ヒーロー)だったのだ。


 そんな、村のすべてとも言える絶対的な英雄(ヒーロー)が、ある日突然、何の前触れもなく無残に殺された。犯人を見つけ出して、この手で裁きを下す――。あの十五歳の猟師、マルスが剛弓を掲げて叫んだ誓いは、人間として、そして残された家族として、あまりにも当然すぎる考えだった。


 「なぁ、どうするんだ? 俺たちが、あいつの過去を村の連中にぶちまけるか?」


 ユリオは、横にせり出した金色の眼球をシュレンやルルへと向け、耳まで裂けた蝦蟇(ガマ)の大口から、濁った声を絞り出した。


 だが、その問いに対する答えは、重苦しい沈黙の後にすぐに出された。話し合いを重ねるうちに、五人の結論は一つの冷徹な現実に収束していった。


 「……いや。今さら村人に、実はダルトンがとんでもない大悪党だった、だから私たちが正義のために裁いた、ダルトンを消し飛ばしたのは、当然のことをしたまでだ、と説明したところで、誰が信じるでしょう?」


 シュレンが、大きな身体を心持ち丸めるようにして、静かに首を横に振った。


 「信じるはずがないわ」


 クローリディアが、アメジストの瞳に冷ややかな光を宿し、折りたたんだ扇子で机を叩いた。


 「あの下民どもにとって、あの男は飢えから救ってくれた神も同然の存在よ。そこへ見ず知らずの旅人が現れて『あれは殺人鬼だ』などと言えば、真実がどうあれ、彼らは逆上して私たちを狂人か悪魔として吊し上げるに決まっているわ。無駄な労力ね」


 「だったら……何も言う必要はない、ってことか」


 ユリオの言葉に、ルルが小さく頷いた。


 村人たちには、ダルトンが優しい救世主ヒーローだったと、そのまま信じさせておけば良いのだ。それが彼らにとっての真実であり、今さらその夢を壊したところで、村に流れる涙が増えるだけで、誰も救われはしない。


 「大丈夫なのです、ユリオ様……。私たちがダルトンを殺した事は、絶対にバレないはずなのです」


 エミナが、不安を打ち消すように狩衣の袖をぎゅっと握りしめ、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


 「そうだ。俺たちが殺した証拠は、一切残していないはずだ」


 ユリオはこれまでの行動を必死に思い返してみた。


 前日、大森林の縁にある小屋でダルトンを仕留めた際、痕跡は一切残さなかったはずだ。何しろ、強力な魔法爆発で小屋ごと跡形もなく木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。遺留品も、魔法の残滓も、大森林の中に溶けて消えているだろう。


 5人はそれぞれ、当時の自分たちの足取りや持ち物を細かく、慎重に思い返してみたが、自分たちとダルトンを結びつける手がかりや証拠は、絶対に残っていないという確信を得た。


 「普通に振る舞っていればいいのよ。私たちはただ、大森林を旅している途中で、この温泉村に立ち寄っただけの、何も知らない旅人。そう言っておけば、それで済む話だわ」


 ルルがそう締めくくると、一同は小さく息を漏らして肩の力を抜いた。


 ダルトンのことは、もう終わったことなのだ。彼が過去に犯した罪の報いは、バージェスの依頼という形で支払われた。


 村人たちの悲しみには胸が痛むが、これ以上自分たちが気にするのはやめよう――。そうやって、五人は心の中に無理やり区切りをつけた。


 「……さすがに、今日はもう、温泉って気分じゃないな」


 ユリオがぼそりと言うと、全員が同意するように頷いた。


 せっかくの秘湯の里、鍾乳洞温泉を楽しみにしていたが、広場があれほど殺気立っていては、のんびり湯に浸かる気など到底起きない。食堂で鱈腹たらふく名物料理を食べたことだし、今日のところはこのまま部屋で静かに休むのが最善だった。


 「明日の朝、村の様子を見てみましょう。村人たちの興奮が少し落ち着いて、特に問題がなさそうであれば、一日ゆっくり秘湯温泉を楽しんで、それから出発することにしましょう。普通の湯治客として振る舞っていれば、問題は無いはずです」


 シュレンの提案に異論を唱える者はいなかった。


 温泉の効能でユリオの蝦蟇(ガマ)の皮膚が少しでも和らぐかもしれないという希望は、まだ捨てていない。


 ダルトンが整備し、宣伝して発展させた温泉地ではあるけど。


 とりあえず。


 今夜は、このまま、この宿で眠ることにした。


 窓の外からは、まだ時折、遠くの広場からの村人たちの話し声や、クリーサを慰めるマルスの低い声が風に乗ってかすかに聞こえてくる。ユリオは、横にせり出した金色の眼球をそっと閉じ、耳まで裂けた大口から小さく息を漏らしながら、重苦しい沈黙に包まれたベッドへと、その身を横たえるのだった。



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