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第141話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 6 ヴォシュ村の名物料理




 2階の客室にそれぞれ荷物を下ろした一行。


 長旅の疲れを癒す温泉へと向かう前に、まずは飢えた腹を満たそうと、1階の食堂へ降りていった。


 昼時を少し過ぎた食堂は閑散としており、ユリオたちは大森林の瑞々しい緑がよく見渡せる、村の広場に面した窓際の大きな(テーブル)へと陣取った。


 「いやあ、やっぱり屋根のある建物の中で座る椅子は最高だな」


 ユリオは、横にせり出した金色の眼球で窓の外を眺めながら、耳まで裂けた蝦蟇(ガマ)の口からしみじみとした声を漏らした。


 人里のちゃんとした食堂。大森林に入ってから初めてだ。旅と言えば、本来、その土地の名物料理である。思う存分楽しみたい。


 しかし。


 首から下はいつも通りの逞しい少年の肉体だが、やはり頭部が巨大な蝦蟇(ガマ)という異形であるため、椅子に腰掛けるだけでもどこか奇妙なアンバランスさが漂う。


 帳場にいた宿の主人がすっ飛んできた。その顔には、ルルから受け取った金貨2枚の輝きがまだ残っているのだろう、揉み手をしながらこれ以上ないほどの丁重な営業スマイルが張り付いている。


 「いらっしゃいませ、お大尽様方! 温泉の前に、まずは我が宿が誇る自慢の料理の数々で、お腹を満たしていってくださいまし!」


 主人はそう言って、窓の外の景色を指差しながら得意げに胸を叩いた。


 「先ほどもお話しした通り、このヴォシュの村は、ルヴォニア大森林の中でも大変珍しい、石灰岩質の土壌に囲まれた土地でございます。この大地の恵みのおかげで、他の地域ではお目にかかれないような、ここだけの珍しい産物が山ほど取れるのでございますよ。大森林の秘境が育んだヴォシュ村だけの至高の珍味、ぜひとも存分にご賞味あれ!」


 「へえ、ヴォシュ(ここ)だけの珍味ね……」


 ユリオは、(テーブル)に置かれたメニューを眺めながら、主人に問いかけた。


 「ヴォシュ(ここ)の名物料理ってなんだ? やっぱり、珍しいキノコとか山菜とか?」


 「はいっ! 我が宿の一押しといたしましては、石灰岩の清流が育んだ、それはそれは丸々と太った『特上のカエル』などはいかがでしょう! 滋養強壮効果抜群でございます! 特にカエルの丸ごと揚げは、外はサクサク、中はジューシー。湯治に見えるお客様方に絶大な人気の、この村一番の自慢料理(スペシャリテ)でございま――あ」


 威勢よく捲し立てていた主人の動きが、文字通りピキりと凍りついた。


 主人の泳いだ視線が、自分の目の前に座っているユリオの頭部――ぬらぬらとした緑色の皮膚、イボだらけの輪郭、そして突き出た金色の眼球――へと突き刺さる。


 (あ、こいつ、今、思いっきりやらかしたって顔したな……)


 ユリオは、自身の広い視野の端で、主人の顔からみるみる血の気が引いていくのを冷ややかに見つめていた。カエル顔の客の目の前で、満面の笑みで「カエルの丸揚げはいかが」と勧めてしまった宿の主人。(テーブル)の空気が、一瞬にしてピリつく。


 「――オーホッホッホ! これは傑作だわ! 茹でカエルじゃなくて、今度は『揚げカエル』ですって!?」


 静まり返った食堂に、クローリディアの鈴を転がすような高笑いが響き渡った。深紅のドレスの胸元の豊満な双丘(バスト)をウキウキと弾ませながら、これ見よがしに扇子を広げてユリオを指差す。


 「ねえ、そこの帳場。その『特上の蛙の丸ごと揚げ物』とやらは、外はサクサクで中はジューシーなのでしょう? ちょうどここに、素材としてはこれ以上ないほど脂の乗った土蛙が一匹転がっているのだから、今すぐ厨房へ連れていって丸揚げにしてもらったらどうかしら! 実に面白そうな名物料理になりそうだわ! オーホッホッホ!」


 「ひっ、い、いえ、滅相もないことでございます……!」


 主人は真っ青になり、ガタガタと震えながら何度も首を横に振った。


 しかし、クローリディアの容赦ない追撃によって、(テーブル)の空気はさらに混沌としていく。


 「……プッ、クフフ……!」


 ルルが、胸を必死に押さえながら、下を向いて口元を両手で塞いだ。理性を総動員して笑いを抑えようとしているが、肩が小刻みに震えている。


 「ユ、ユリオ、ごめんなさい、あ、あなたのこと笑ってるんじゃなくて……ここの……ご主人の顔があんまりにも……クスクス……」


 「うぅ、ユリオ様……! エミナは心からユリオ様を尊敬しているのです! 決して、ユリオ様がサクサクジューシーに揚げられる姿なんて想像していないのです! 本当なのです! プ、プフッ……!」


 エミナも長袖の狩衣の袖に顔を埋め、必死の弁明を試みるが、思わず吹き出すのを抑え切れない。


 2人の少女の「悪気はないけれど堪えきれない本音の笑い」が、またまたユリオの心に突き刺さる。


 「いやはや、主人の自慢料理のセンスには脱帽ですね……はは……」


 いつもは何が起きても抜群のフォローを見せるシュレンさえも、今回ばかりは額に大粒の冷や汗を浮かべ、大きな体を縮こまらせながら引き攣った笑顔を浮かべるのが精一杯だった。


 「…………」


 全員の反応を、ユリオは横に飛び出た金色の眼球で、ただただ暗い顔で見つめていた。


 「……カエルはいらない。それ以外の、ここの名物料理をありったけ持ってきてくれ」


 ユリオはボソッと漏らす。深く深く項垂れながら。


 「は、はいぃっ! ただいま、ただいま、ヴォシュ(ここ)自慢の絶品料理の数々をお持ちいたします!! ええと、カエルは抜きで」


 主人は何度も頭を下げ、脱兎のごとく厨房へと逃げ去っていった。



 ◇



 やがて、厨房から芳しき香りが漂い、ヴォシュの村の名物料理が次々と(テーブル)へ運ばれてきた。


 「お待たせいたしました! カエル……ゲホン、カエル以外の、我が里が誇る極上の品々でございます!」


 「いちいちカエルとか言わんでいい」


 主人の口上はともあれ。


 並べられた料理の数々を目にした瞬間、ユリオ一行の目が一斉に輝いた。


 さすがは主人が大見得を切っただけのことはある。どれも鬱蒼とした大森林の強行軍では、逆立ちしてもお目にかかれない贅沢なものばかりだった。


 これまでの道中における一行の食事。シュレンとエミナの2人が担っていた。2人は狩猟採集の達人であり、名料理人である。しかし、そもそも一行は狩猟採集を目的に森へ来たわけではない。目的地に向かってひたすら歩きながら、道中で偶然飛び出してきた鳥獣を狩り、たまたま見つけたキノコや山菜、木の実に果実、そして最低限の薬草(ハーブ)を採集するのである。


 食材が決まりきってしまうのは仕方がない。シュレンとエミナがどれほど腕を振るおうとも、どうしても味のバリエーションが偏ってしまうのは避けられなかった。


 だが、目の前にあるのは。


 久々の「人里の料理」。それも、特殊な石灰岩質の土壌という恩恵を受け、他所にはないものばかりである。


 運ばれてきた品々は、決して宮廷料理のような手の込んだものではなく、どれもシンプルな調理法だった。しかし、それゆえに食材そのものの繊細な持ち味がこれでもかと活かされている。


 石灰岩質の清流が育んだ身の引き締まった川魚の塩焼きに、たっぷりと脂の乗った大鰻の蒲焼き。大ぶりのザリガニや、透き通った川海老の素揚げ、濃厚な旨味を蓄えた川貝の蒸し物。さらには、丁寧に手入れされた畑で栽培された瑞々しい野菜や、見事な大粒の果物、ふっくらとしたキノコ。そして極めつけは、村で飼育されているという仔羊の香草焼きだった。


 (肉だ……! 狩りの獲物じゃなくて、ちゃんと人が育てた肉だ!)


 ユリオは、膝を思わず震わせた。森に入ってからというもの、野生の獣肉――いわゆる狩猟肉(ジビエ)――ばかりを食べてきた。もちろんそれらも野性味があって美味いのだが、やはりたまには、きめ細かく柔らかい飼養肉が恋しくなるのが人間の(さが)というものだ。


 (まち)にいる時は、狩猟肉(ジビエ)こそ贅沢と思い、森林の旅では飼養肉が恋しくなる。人間とは、真に勝手なものである。


 付け合わせのハーブや山菜も。確かにこれまでに食べたものとはどこか違っていた。ヴォシュ独自のミネラルを豊富に含んだ大地のおかげだろうか、噛み締めるたびに、他所にはない深みのある味わいと、鼻に抜ける爽やかな香りが口いっぱいに広がっていく。


 「美味しい……! 大森林にこんな素晴らしい味覚が隠されていたなんて!」


 ルルは、休むことなく上品にフォークを動かしていた。料理に夢中にならざるを得ない。ユリオとの、ぎこちなくビミョーな距離感も、今は美味しい食事の至福感の中に溶けている。


 「うわぁあ! ユリオ様、このお野菜、信じられないくらい甘いのです! 大森林の野生の物とは全然違うのですーっ!」


 エミナも長袖の狩衣の袖をパタパタと揺らしながら、子羊の肉と野菜を幸せそうに頬張っている。


 ユリオもまた、運ばれてくる美味の数々を蝦蟇(ガマ)の大口で次々と平らげていった。


 (美味い……! マジで美味すぎる!)


 どんよりとした最悪な気分は、極上の料理を噛みしめる快感によって綺麗さっぱりと吹き飛んでいた。胃袋が満たされるにつれ、蝦蟇(ガマ)の顔の奥にある少年の心に、じわじわと大満足の幸福感が満ちていく。


 「シュレンさん、このハーブの乾燥のさせ方、独特ですね。それにこのお肉の塩漬けの技法も……」


 「ええ、エミナ殿。非常に興味深い。シンプルだけど、意外と手が込んでますね。ヴォシュ(ここ)の産物、なるべく味わないと。持ち運びできるものは、できる限り買い込んでいきましょう。これからの旅の料理に使うのが、今から楽しみで仕方ありませんね」


 2人の名料理人は、皿の上の食材と調理法に激しくプロの刺激を受けたらしく、目を輝かせて相談を始めていた。村の市場で、果物や薬草の乾燥品、あるいは肉の加工品が売られていないか、後で偵察に行こうと息巻いている。


 「ふん、まあ、辺境庶民の野蛮な泥臭い料理にしては、及第点を与えてあげてもよくてよ」


 相変わらず昂然とした態度を崩さないクローリディアだが。村特産の山桃の果実酒(ワイン)を口に含み、白磁の頬をぽっと薔薇色に染めていた。鮮やかな琥珀色のその芳醇な甘みと酸味には、さしものリュクセム女公爵も抗えなかったようだ。豊満な双丘(バスト)をウキウキと揺らしながら、クローリディアは隣の従者に扇子を突きつけた。


 「シュレン! 私、この山桃の果実酒ワインがいたく気に入ったわ! これからの旅の寝酒にします。今すぐこの村で二樽ほど買い求め、貴方の背中に括り付けて歩きなさい! 命令よ!」


 毎度の無茶振りだ。


 (おいおい、2樽って……。ただでさえ重い大刀と荷物ーークローリディアの無駄な贅沢品奢侈品がほとんどーーを背負ってるシュレンに、さらにそんな無茶苦茶な重量を背負わせるのかよ!)


 ユリオが呆れる中、お嬢様の扱いを完全に心得ているシュレンは、困ったように眉を下げつつも、穏やかな笑顔のまま綺麗にいなしてみせた。


 「お嬢様、お気持ちは分かりますが、樽のまま大森林の悪路を運べば、せっかくの極上の果実酒ワインが振動で濁って酸っぱくなってしまいます。ここは、山桃の精油エッセンスを瓶で買い求めていきましょう。それを夜、旅の水に一滴垂らせば、いつでもこのヴォシュ村の芳しき山桃の風味が再現できますよ」


 「……あら。……そう? シュレンがそこまで言うなら、私の繊細な味覚を損なわないためにも、その精油(エッセンス)とやらで妥協してあげなくもないわ。褒めて遣わすから、忘れずに調達しておきなさい」


 欲張りな自尊心(プライド)を満たされた女公爵は、満足げに鼻を鳴らして再び(グラス)を傾ける。


 ルルは、自身の料理を味わいながら、そんな仲間たちの賑やかで幸せそうな様子をそっと見渡していた。


 頭が蝦蟇(ガマ)に変わったユリオの悲哀、クローリディアの理不尽な我が儘、そして終わりの見えない大森林の過酷な旅。多くの問題を抱えた一行ではあったが、こうして一つの(テーブル)を囲み、素晴らしい食事を通して笑顔を取り戻している。その事実に、ルルは豊満さを隠し切れない胸をそっと撫でおろし、心からほっとするのだった。



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