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第138話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 3 秘湯の里




 「――ユリオ、クローリディア、戻ったわよ」


 草木を分ける音と共に、ルルの鈴を転がすような声が響いた。


 村の様子を見に行っていた3人が戻ってきたのだ。しかし、先頭を歩いていたルルは、開けた場所に広がる光景を目にした瞬間、狩衣の裾を揺らしたままピキリと動きを止めた。


 「……あら?」


 ルルの後に続いたエミナも、背負った小鍋をカタカタと鳴らして丸い目をさらに丸くする。


 「ユ、ユリオ様!? これは一体どういう状況なのですーっ!?」


 三人の目の前では、頭だけが蝦蟇(ガマ)のユリオと、深紅のドレスを纏ったクローリディア、そして見知らぬ12歳ほどの少女――クリーサが、驚くほど和気藹々とした雰囲気で、茂みに実った野生の果実を摘んでいた。持参の果物をみんなで分けあった後、クリーサが、ここにも食べられるのがあるよと教えていたのだ。


 クリーサは「カエルのお兄ちゃん、こっちにも大きいのがあるよ!」とユリオの逞しい少年の腕を引っ張り、ユリオも金色の眼球を細めてデレデレと笑っている。さらに驚くべきことに、あの高慢ちきなクローリディアまでもが、白磁の指先で小振りの実をつまみ、「ふん、まあ、私の肌の潤いを保つためのビタミン補給として、大貴族の私が直々に収穫してあげてもよくてよ」


 などと宣いながら、せっせと小さな赤い果実をドレスの裾に集めていた。


 「おう、ルル、エミナ! お帰り」


 ユリオは、耳まで裂けた蝦蟇(ガマ)の大口から調子外れな声を上げた。


 「見てくれよ。留守番中に村の女の子とすっかり仲良くなっちまってさ。クリーサって言うんだ。俺の顔を見ても全然怖がらないで、果物を分けてくれたんだぜ!」


 ユリオの誇らしげな(しかし顔は蝦蟇(ガマ)の)言葉を聞いて、ルルは少しだけ呆れたような、それでいて得心のいったような表情を浮かべた。


 「あ、そっか……。大森林の奥地には変わった生き物も多いしね。小さな子供から見れば、今のあなたは『ちょっとリアルなカエルの着ぐるみ』か何かに見えるのかもね。ふふ、よかったじゃない」


 「き、着ぐるみって……。ルル、俺は呪いの被害者なんだぞ!?」


 ユリオが不満げに喉を「ケロリ」と鳴らすと、ルルは「冗談よ、なんだかんだ無事でほっとしたわ」と優等生らしい微笑みを返す。


 「それで、村の様子はどうだったんだ?」


 ユリオが話を戻すと、ルルは真面目な顔になって頷き、報告を始めた。


 「ええ。シュレンが上手く旅の行商人として取り入ってくれたおかげで、歓迎してもらえそうよ。この先にある集落は『ヴォシュの村』。大森林の奥地にある隠れ里としては、かなり規模が大きいわ。そしてね――ここは巨大な鍾乳洞洞窟に湧き出た温泉が名物だそうよ。秘湯の里、あるいは湯治の里として、このあたりでは知られた場所なんですって」


 「温泉!?」


 ユリオの蝦蟇(ガマ)の目が輝く。大森林の過酷な徒歩の旅で、身体は泥と汗に塗れている。何より、頭が蝦蟇(ガマ)になってからというもの、皮膚が妙に突っ張るような不快感があり、温かい湯に浸かれるというのは最高の朗報だった。


 「うんうん!」


 ルルの説明を聞いていたクリーサが、栗色の二つ結びの髪を揺らしながら、大得意な様子で勢いよく頷いた。


 「ヴォシュのお湯はすっごくあったかくて、お肌がツルツルになるんだよ! カエルのお兄ちゃんもお姉ちゃんたちも、みんなで入るといいよ!」


 「温泉、ね……」


 クローリディアは、アメジストの瞳をキランと輝かせ、溢れそうになる笑みを扇子で慌てて隠した。


 「ふ、ふん。我が公国の離宮にあった大理石の湯殿に比べれば、どうせ野蛮で粗末な岩風呂でしょうけれど……。まあ、長旅で私の完璧な美貌と白磁の肌に労いを与えてあげるために、特別にその温泉とやらを試してあげてもよくてよ! これも当主としての『現地の視察』だわ!」


 相変わらず我が儘で欲張りな理屈を昂然と言い放つ女公爵だったが、お湯に入れるのが相当嬉しいのか、胸元の豊満な双丘(バスト)をウキウキと弾ませている。


 「それと、もう一つ良い報告があるわ」


 ルルは、話を続ける。


 「ヴォシュの村には、結構立派な湯治宿があるの。大森林の隠れ里だし、どうせ野宿の延長線上だと思っていたけれど、これならちゃんとした部屋で眠れるわ」


 「マジかよ! 隠れ里なのに宿屋なんてあるのか!」


 ユリオが耳まで裂けた口をあんぐりと開けると、ルルは「ええ、だって――」と、髪を軽くかき上げた。


 「このあたりは大森林にしては珍しく、石灰岩の土壌が広がっているの。地下に巨大な鍾乳洞が形成されているのもそのおかげ。そこに地熱で温められた豊富な温泉が湧き出ているのよ。だから、王国の統制を逃れてきた開拓民だけの村じゃなくて、この秘湯を目指してやってくる湯治客も多いんですって。森林の奥地にしては、賑わっているみたい」


 ルルがそう言うと、クリーサが「そうなの!」と元気よく飛び跳ねた。


 「ヴォシュの鍾乳洞の中はね、ピカピカ光る石がいっぱいで、お湯からぽかぽか白い湯気が出ていて、とっても綺麗なんだよ!」


 「へえ、石灰岩……鍾乳洞温泉か……。そりゃ面白そうだ。だけどさ、ルル」


 ユリオはふと我に返り、自分の緑色に粘つく蝦蟇の頬に触れた。


 「俺のこの顔で、宿屋なんて入れてくれるのか? 他のお客が腰を抜かして逃げ出すんじゃねえか?」


 「ああ、そのことなら心配ないわ。交渉はすべて私が済ませておいたんだから」


 ルルはふっと不敵な、どこか冷徹な計算を感じさせる優等生の微笑みを浮かべた。


 「宿の主人に『頭だけが蝦蟇(ガマ)に変わった連れがいる』って正直に話したら、最初はね、顔を真っ青にして『魔物はお断りだ! 他の客に呪いが伝染る!』って、ものすごい勢いで宿泊を拒否されたわ」


 「う……やっぱりそうだよな……」


 ユリオがまたギャフンと肩を落としかけると、ルルは人差し指をチッチッと横に振った。


 「でもね、主人の目の前に金貨2枚をそっと差し出したの。そうしたら、うってかわって手のひらを返したように『いらっしゃいませ、どのようなお客様でも我が宿にとっては大切な神様でございます!』って、揉み手をして部屋を案内してくれたわ。だから大丈夫よ、ユリオ」


 「金、金貨2枚……。地獄の沙汰も金次第ってか……」


 金貨(かね)で解決できる事は金貨(かね)で解決。が、ユリオの信条である。ルルが支払った金貨も、ユリオが持たせたものだ。


 ユリオはありがたい反面、自分の存在の扱いになんだかひどく複雑な心境になった。しかし、あの潔癖症のルルが自分のためにそこまで強引な交渉をしてくれたのだ。それに、泥にまみれた過酷な徒歩の旅から解放され、ちゃんとした宿の布団で眠れるなら、それに越したことはない。


 「わーい! カエルのお兄ちゃんたち、クリーサの村にお泊まりするんだね! すっごく嬉しい!」


 ユリオが泊まると聞いて、クリーサは両手を叩いて大喜びした。


 「こっちだよ! クリーサが一番いい近道を教えてあげる! みんな、ついてきてー!」


 栗色の二つ結びをぴょこぴょこと跳ねさせながら、はしゃぎまくって先頭を走り出すクリーサ。


 「ちょっとおチビちゃん、大貴族の私を置いて勝手に走るんじゃないわよ! シュレン、遅れないように私のドレスの裾をしっかり持ちなさい!」


 昂然と文句を言いながらも、クローリディアの足取りはどこか弾んでいた。


 「はいはい、お嬢様。足元が崩れやすい石灰岩ですから、お気をつけて」


 大刀と大小の荷物を背負ったシュレンがニコニコとその後ろを追いかける。


 「ユリオ様、エミナが宿についたら、お顔に効くような冷たいお水を用意しますからね!」


 エミナが気遣わしげに声をかけてくれるが、やはり歩く距離はきっちり一歩分空いている。ヌルヌル粘液を気にしているのだ。


 (……よし。何はともあれ、まずは温泉でこのヌルヌルをさっぱり洗い流してやるぜ)


 ユリオは、横に飛び出た蝦蟇(ガマ)の目でルルの美しい横顔を視界の端に捉えながら、複雑な希望を胸に、賑やかになった一行と共にヴォシュの村へと進んでいった。



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