表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

137/141

第137話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 2 村の少女



 大森林の中で見つけた、前方の村の様子を見るために。


 ルル、エミナ、シュレンの三人が木々の向こうへ消え去り、森は再び静寂に包まれた。


 ユリオは、地面から露出した岩にどっかりと腰を下ろし、深くため息をついた。頭部だけが巨大な蝦蟇(ガマ)に変わったせいで、ため息さえも「フシュー」と湿った湿地のような音になって漏れる。


 「あーあ。せっかくの村なのに、中にも入れねえなんてな……」


 「フン、見苦しいわよ、蝦蟇(ガマ)坊や。さっきから愚痴ばかり(こぼ)して、こちらの高貴な耳が腐ってしまいそうだわ」


 少し離れた切り株に、深紅のドレスの裾が汚れないよう優雅に腰掛けていたクローリディアが、冷ややかに扇子を動かす。抉られた深い胸元から覗く豊満な双丘(バスト)が、その呼吸に合わせてしなやかに揺れる。その佇まいはどこまでも昂然としており、こんな場所でも、大貴族としての威厳を一切崩そうとはしない。


 この女は。このまま王宮に移しても、通用しそうだな、とユリオ。


 が。


 その態度には、相変わらず我慢ができないーー


 「お前なぁ、少しは申し訳なさそうにしろよ。そもそも俺がこんな(ツラ)になったのは、お前の呪いのせい――」


 言い返すユリオの、横にせり出した金色の眼球が、背後の茂みの微かな揺らぎを捉えた。広い視野が、直感的に危険を察知する。


 (……っ! 誰か来る!)


 ユリオは瞬時に地を蹴り、腰の剣の柄に手をかけた。クローリディアの前へ進み出ると、耳まで裂けた巨大な口から低い声を出す。


 「誰だ、そこにいるのは!」


 カサ、とシダの葉を分けて姿を現したのは――魔物でも猛獣でも、リュクセム公国の追手でもなかった。


 「あ……」


 それは、一人の小さな女の子だった。


 年齢は12歳くらいだろうか。大森林の開拓民らしく、汚れの目立たない質素な亜麻布の服を着ている。栗色の髪を二つに結わえ、大きな丸い瞳を輝かせながら、じっとユリオを見つめていた。


 ユリオは硬直した。しまった、と思った。


 ルルやエミナの言った通りだ。こんな子供の前に、頭が丸ごとドロドロの緑色でイボだらけの蝦蟇(ガマ)男が現れたのだ。泣き叫んで村へ逃げ帰り、猟師たちを連れてくるに違いない。


 「お、おい、お嬢ちゃん、違うんだ! 俺は……俺は怪しい魔物じゃなくて、ただの――」


 ユリオが慌てて言い訳をしようとした、その時だった。


 「わぁ……! おっきいカエルさん!」


 少女の口から飛び出したのは、悲鳴ではなく、純粋な歓喜の声だった。


 少女は怯えるどころか、トコトコと軽い足取りでユリオに近づいてくると、その顔を物珍しそうに覗き込んでくる。


 「すごーい! お洋服を着て、剣を持ってる! ねえねえ、お兄ちゃん、カエルの妖精さんなの?」


 「へ……? え?」


 あまりの想定外な反応に、ユリオは飛び出た眼球をパチクリとさせて素頓郭な声を上げた。


 「私、クリーサ! ねえ、カエルのお兄ちゃん、どこから来たの? お名前はなんていうの?」


 クリーサと名乗った少女は、無邪気な笑顔を弾けさせ、なんとユリオの狩衣の裾をきゅっと掴んだ。


 仲間であるルルやエミナも今のユリオの異形の姿には、一歩引くと言うのに。


 この少女は、偏見も恐怖も一切ないようだった。


 「お、俺はユリオ。……お嬢ちゃん、俺のこの顔、怖くないのか?」


 「ううん、全然! だって、お目目がキラキラしてて、とっても優しいお兄ちゃんの声だもん。村の裏の池にいるトノサマガエルさんより、ずっとカッコいいよ!」


 「カッコいい……っ!?」


 その言葉が、絶望の底にいたユリオの心に深く染み渡る。蝦蟇(ガマ)の顔に変わって以来のことだ。


 女の子に「カエルとして」褒められるのはビミョーだが。それでも、直視すらされなかった我が身を真っ直ぐに受け入れ、なついてくれることが、涙が出るほど嬉しかった。


 「な、何かしらその不気味な生き物は。子供のくせに、美的感覚が完全に狂っているわね」


 背後から、クローリディアが心底呆れたような声を上げた。クローリディアは立ち上がり、白い山羊革のブーツを鳴らして近づいてくると、高慢にクリーサを見下ろす。


 「いい、おチビちゃん。よおくその曇った眼をこすって見なさい。そこにいるのは、ただの醜悪なドブ蛙よ。そして、その背後に立つこの私こそが、世界で最も美しく高貴な――」


 「わぁ……! きれいなお姉ちゃん!」


 クリーサはクローリディアの言葉を遮り、今度はその深紅のドレスに目を輝かせた。


 「お人形さんみたい! お胸もすっごくおっきくて、おとぎ話のお姫様みたいにピカピカしてる!」


 「な……っ!?」


 直球すぎる子供の称賛に、クローリディアは言葉を詰まらせ、頬をわずかに赤く染めた。大貴族たるもの、下の者の言葉にうろたえてはならないが、まさかこんな「治外の地」の子供に、これほど無防備に褒めちぎられるとは思っていなかったのだ。


 しかし、すぐに扇子で顔を隠し、ツンと顎を尖らせる。


 「ふ、ふん。当然よ。私はリュクセム公国の現当主だもの。あなたのような下民の子に、私の美しさと大貴族の権威が理解できたことだけは、褒めて遣わさなくもないわ。オーホッホッホ!」


 「お姉ちゃん、お口は悪いけど、やっぱりすっごく可愛い!」


 クリーサは無邪気に笑い、まったくクローリディアの高圧的な態度に怯む様子がない。それどころか、再びユリオの元へ駆け寄ると、その逞しい少年の腕に抱きついた。


 「ねえねえ、カエルのお兄ちゃん、お腹空いてない? クリーサ、村の果物(くだもの)を持ってるの。お姉ちゃんと一緒に食べる?」


 「果物? も、貰えるならありがたいけど……」


 ユリオは腕に伝わる少女の温もりに、デレデレと蝦蟇(ガマ)の口を緩ませた。体は少年のままだが、頭が蛙なせいで、どんなに喜んでも醜い表情にしかならないのが悲しい。しかしクリーサはそれさえも「あ、笑った!」と喜んでいる。


 その様子を横目で見ていたクローリディアは、フイと顔を背けながらも、そのアメジストの瞳を小さく揺らしていた。


 「……果物? ふん、どうせ野生の酸っぱい木の実でしょう。私は最高級の果実水しか認めないわ。……でも、その、もしどうしてもと言うなら、毒見くらいはしてあげてもよくてよ……?」


 相変わらず我が儘で欲張りな女公爵の態度に、ユリオは呆れつつも、この小さな少女の出現によって、張り詰めていた留守番の空気が一気に和んでいくのを感じていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ