第12話 正義派クラス委員長にえっちな衣装は似合いますか?
「あれ?」
衣装戸棚を開けて中を覗く琴見咲良。戸惑っている。少し頬を染めて。
慌てるユリオ。
「あ! あー、それね。この館の前の人の物なんだ。僕も新しくいろいろ買うの面倒だったから、この館を買った時、一切合切置いていってもらったんだ。この館買ったばかりで、まだ僕も全部チェックしてないんだけど……どう? 気に入ったのあるかな?」
とりあえず、ちゃんと服を着てしっかり話をしたい、と言う咲良の当然の主張に、居間の衣装戸棚に案内して見てもらったんだけどーー
そうだ。うっかりしてた。
ここにある女物の服はーー激えっちな服ばかり。もちろん全部ユリオが買い込んだのである。美少女奴隷とのプレイ用に、ありとあらゆる激しくえっちな服を集めたのだ。服というか、女の子の肉体を更に扇情的に魅せるための装飾というべきか。スケスケだったり、ヒラヒラがついてたり、胸の先端部が丸出しだったり、ぴっちりのハイレグだったり、これで着衣プレイをしたらどんなにいいだろうとユリオがヨダレを垂らして妄想欲望をしながら買い込んだものばかりである。紐ビキニだけで何種類もあった。
欲望男子の最高のコレクション。ユリオはさあらぬ体で、言い繕う。
「女の子用の服もあったっけ? あはは。僕には必要なかったんだけど。一応、全部置いていってもらったんだ。何かの役に立つかもしれないと思ってね。早速役に立って、よかったよ」
言いながら、このえっちコレクションの中から咲良がどんな服を選ぶかにグヘヘ、と期待で胸を高鳴らせていた。胸というか下の方を……えっちじゃない服なんて置いてないはずである。
「そうなんだ。この館の前の持ち主の人……すごい趣味だね……びっくり……」
咲良は男子の妄想欲望をぎゅうぎゅうに詰め込んだ衣装戸棚の中から、苦労して服を選ぶ。とにかく今の限界露出紐ビキニよりも、ましなものを。
選んだのは、過激な衣装の中で1番まとも、というかおとなしく見える青のワンピースだった。
「じゃ、これ借りるね」
頭から被る。白い膚の肉体が丸出しの姿も、一旦見納めだ。こっちを振り向く咲良。青のワンピース。ユリオの欲望剥き出しの衣装コレクションの中では、確かに1番まともで、おとなしい。といっても、ノースリーブで、裾は膝丈である。肌露出は、まだ楽しめる。それに胸。巨きな膨らみは、しっかり確認できる。咲良が動くたびに、揺れる。この世界では、前世のようなワイヤーや何やらで固定するタイプのブラジャーは、存在しないのだ。
ワンピースを着る咲良。ユリオは気づく。女の子の着替え。目の前での生着替えだ! クラス委員長の生着替えを俺は見たんだ! いや、ずっと紐ビキニ姿もじっくり鑑賞したし! ワンピースを着ても、まだまだ肌露出が多く、十二分に扇情的だ。
何をしているのか、何をしなければいけないのか、わからなくなっている。突然の衝撃が続きすぎたのだ。ユリオは、ひとまず落ち着こうとする。
「咲良さん、じゃあ、ソファーに座ってて。いろいろ大変だったでしょ。今、薬湯淹れるから、ちょっと待ってね」
「ありがとう。私、やろうか?」
「大丈夫。僕できるから」
咲良は素直にソファーに座る。髪を直している。腰まで届く艶やかな漆黒の髪。どんな姿勢も仕草も絵になる。気になって仕方のないユリオは、チラチラ見ながら、湯を沸かす。
異世界ヴァルドでは、電気ガスは無い。が、水道網は整備されていて、蜂蜜館にも流れている。当然、各部屋に蛇口がついているわけではない。上水道から、水甕に汲んでおかねばならない。身の回りの雑事。普段は使用人がするが、ユリオも一通りすることができた。
「大貴族であっても何事も自分でできるようでなければ、一人前ではない。下の者の仕事も、よく知っておかなければならない」
との父や祖母のけっこうな教育方針のおかげである。これは確かに役に立った。たった1人で館を買って何から何まで手配することができたのである。
いつも残してある種火で、すぐに湯は沸いた。
ユリオは慣れた手つきで薬湯を淹れる。そして食べ物。用意してあった揚げ菓子に焼き菓子、乾果、乾酪に燻製肉などをお盆に持って、咲良のところに。
「わあ、すごい」
咲良は、顔を輝かせる。
「遠慮なく食べてね」
ユリオは薬湯と食べ物を載せた盆をテーブルに置くと、咲良と向かい合ってソファーに座る。
薬湯を飲み、揚げ菓子を口に放り込む。ほっとした。なんだか頭に血が上りすぎていたようだ。王都に来て、すぐ奴隷市場にすっ飛んでいって、即決でルルーシアを買って館に連れ込んでコトに及ぼうとーー
ルルーシア=琴見咲良は、うれしそうにお菓子を頬張っている。
「美味しい! やっと、人並みになれた。忌木君、ほんとに感謝だからね!」
よかった、と思う。感謝される。ユリオこそ大感激だ。美貌のクラス委員長から感謝されるだなんて! グドルクの奴め。ちゃんと咲良さんに、食べさせてやっていたのだろうか。所詮奴隷である。病気になったりあんまり痩せすぎたりしない程度の粗末な食料を与えられていただけに違いない。
15年前を思い出す。高校の教室。クラスの隅でいつも逃げ出したがっていた信太朗。それに対し、中央で光り輝いていた琴見咲良。咲良は勉強もスポーツも抜群にできる優等生で陽キャ全開、いつも友人たちに囲まれていた。ぼっちの信太朗とは真逆だった。確か、かなりな金持ちのお嬢様だったはずだ。完全なる勝ち組。当然のようにクラス委員長になった。スクールカースト頂点である。スクールカースト頂点であるが、咲良は正義感が強く、誰に対しても優しかった。信太朗のような底辺弱者にも普通に接してくれた。そして、「イジメなんで絶対許さないんだから!」との強いリーダーシップで、クラスを守っていた。忌木信太朗のような人間が酷いイジメに遭わなかったのも、クラス委員長琴見咲良の威光のおかげである。
憂鬱で逃げ出すことばかり考えていた高校時代。琴見咲良の姿だけが、救いだった。もちろん、まともに会話したことなどない。ただ目線がちょっとあっただけで、その日一日、いや、一週間は幸福でいられた。
ソファーに向かい合って、2人で薬湯とお菓子。もう今日のこれまでで、高校時代の会話を全部あわせたよりもいっぱい話した。
慄くユリオ。
もし、高校時代に咲良と2人で喫茶店でこうすることができたとしたら。こんな奇跡が起きていたとしたら。この思い出を噛み締めるだけで、一年、いや、十年は幸福な引き篭もり生活が送れただろう。
「咲良さんに感謝されている。この俺が。2人でお茶をしている。目の前で咲良さんが俺に向けて微笑んでいる。奇跡だ。ここは異世界だ。奇跡が起きるんだ。そういうことなんだ。転生だって奇跡だ。それで終わりじゃないんだ。もっととんでもない奇跡が起きる世界……」
◇
「私ね、異世界に飛ばされた時、通学鞄1つしか持ってなかったの。学校のセーラー服姿で。いきなり知らない世界にきたから、びっくりしたわ。そこを〝白月王の樹魔法団〟の人が保護してくれたの。異端の魔法団よ。異端のことは知ってるでしょ?」
琴見咲良は話す。ユリオは、ポワンというか、フワンというか、オヨ〜ンというか、なんとも形容しがたい状態で話を聴いていた。ただただ、咲良に見惚れていた。見惚れるしかなかったのだ。前世じゃ咲良をじっと見つめるなんて、とてもできなかったけど。露出多い青のワンピースの咲良。ユリオの買った服だ! のぼせちゃうなあ。ええと、咲良さんは何て言ったんだっけ? 異端魔法、か。それは知ってるが、〝白月王の樹魔法団〟なんて聞いたことがない。ユリオの知識では、異端魔法団とは王国の公式の魔法協会に所属しない魔法使いたちのグループで、太古から受け継がれたいくつもの流派の魔法団が存在している、という程度だ。
「〝白月王の樹魔法団〟に拾われた私は、魔法適性検査をされた。占いみたいなことをするのね。そうしたら、適性あり、と出たの」
それはすごい、とユリオ。この世界の常識。魔法は適性がないと使えない。まず素質で決まるのだ。魔法適性がある者は、千人に1人、いや1万人に1人と言われている。ユリオも王国の魔法適性検査を受けたが、適性無しと判定された。それが普通である。なまじ適正ありと判定されると魔法学院に放り込まれて厳しい修行をさせられるから、不合格でほっとしたものである。
「私、魔法の修行をした。〝白月王の樹魔法団〟の伝承する古代魔法をね。覚えが早いって、褒められたわ。やっているうちに、魔法も面白くなってきた。だいぶ高度な魔法を使えるようになったのよ」
さすが咲良さん。どこへ行っても優等生なんだ。勉強にスポーツだけでなく、魔法でも。異端魔法団でも、陽キャ勝ち組オーラ全開だったんだ。しかし、いきなり飛ばされた世界で異端魔法団なんかに拾われて、よく前向きになれたものだ。俺なんて大貴族の坊ちゃまに生まれてみんなにかしづかれ手取り足取り指導教育されで、やっと何とかサマになってるけど。ユリオは、我が身を省みる。
こっちへ来て、3ヶ月。つまり魔法の修行をして3ヶ月か。それでもう高度な魔法を……
あれ?
気づいた。何かおかしいのでは?
ユリオは訊く。
「商人の説明だと、咲良さんは魔法団の新入りで、強力な魔法は使えない、それで危険なしと判定されて処刑されずに奴隷として売却されることになった、そういう話だけど」
ふっと微笑む咲良。
「そうよ。その通り。でもちょっと仕掛けがあるの。魔法団が王国の魔術師部隊に急襲捕縛された時、これで魔法団も終わりと悟った私の養親の魔法使いが、私に魔法をかけたの。魔力を隠す魔法を。それで、捕縛されても新入りなのでまだ魔法は全然覚えていません、そう言いなさいって最後に言ってくれたの。その通りにしたわ。私、魔力を隠すことができた。魔力検査を受けたけど、私たちの受け継いだ古代魔法の方が上だったのね。たいした魔力無し、魔法はまともに使えない、と判定されたの。王国は襲撃捕縛の前に、密偵を使って魔法団の内情をよく調べていた。私の魔法は、私の養親が、2人だけの時に教えてくれたの。だから、団の他のメンバーも知らない。それで何もできない新入りで通すことができたの。養親のおかげよ。養親をはじめ、捕まったみんなは処刑されたけど、私は命を助けられて、王国の資産として奴隷として売却されることになった」
いきなりの襲撃捕縛処刑、奴隷として売却。なんとも生々しく凄惨な話だ。異世界へきて3ヶ月、魔法団に落ち着いたところで、物凄い目に遭ったものだ。
「異端魔法団は、なんで弾圧されたんだろう。その理由、僕も知らないんだ。王国が異端魔法団を急に敵視するようになった理由は、知ってるの?」
「理由? そんなのあるわけないじゃない!」
ユリオの当然の疑問に、咲良は声を荒らげた。びっくりするユリオ。
「私たちは、何も悪い事してない。太古の昔からずっと継承してきたことを、ただ、してただけよ。王国だって、これまで私たちには不干渉だった。〝白月王の樹魔法団〟が王国のために働いたことだって、いっぱいある。それなのに、急に敵宣告よ! 話し合いも何もなく。問題があるなら、ちゃんと言えばいいじゃない。私たちは悪企みなんてしていない。本当に何もしてないのよ。誰にも迷惑なんてかけてない。異端への取り締まりが始まる、そういう噂が流れた。魔法団では、まさかってみんな言ってたわ。ところがある日、急に襲撃され捕縛されたの。そして処刑。私の養親も……こっちの世界で、私をすごく大事にして、可愛がってくれたの。いい人だった。そんな養親まで、処刑よ。考えられない。こんなの絶対許せない!」
美少女の瞳は燃えている。クラス委員長琴見咲良の正義感は、燃え熾っている。当然だ。話を聞く限り、王国のやり方は無茶苦茶だ。誰でも怒るだろう、こりゃ。ユリオは筆頭貴族として、王国の事にはいささか責任のある立場であるが、異端迫害の件は、本当に何も知らない。関係していない。これについては上級貴族の間でもわけが分からずみんなで、なんでだろうね、と囁き合っていたのだ。王国の秘密の決定であり作戦であった。
捕まった異端魔法使いたち。地下牢で、ひっそりと処刑されたと言う。この世界では、前世の日本の戦国江戸や中世ヨーロッパのように、処刑は公開で行うのが普通だ。地下牢での急いでの処刑。異端魔法使いたちをどうあっても殺さねばならない理由があった、そういうかのようである。なぜだがはユリオにはさっぱりわからない。
琴見咲良が異世界へ転移してからの3ヶ月の経緯。一応わかった。もっともこれまでユリオの聞いてきた話と、だいたい同じだ。咲良が実は強力な魔法使いであり、うまく魔力を隠すのに成功して生き延びた、それが新しい情報だった。
「本当に大変だったね。とにかく咲良さんが無事でよかったよ」
あまりにも凄惨すぎる話。かける言葉もないが、ともかく気安めを言う。咲良はユリオをしっかりと見つめて、
「ありがとう。あなたのおかげで、助かった。それで忌木君、あなたのほうは異世界で0歳からやり直して今は商人のエスト=デュレイなのね?」
「は?」
あ、そうだった、とユリオ。売買取引の時、咲良さんも、当然話を聞いていた。ユリオをピエの商人エスト=デュレイだと思い込んでいる。当然だ。
どうしよう。本当の名前。話したらまずい? いや、そんなことはない。むしろきちんと身分を明かしておいた方がいい。
ユリオは、背筋を伸ばし、威儀を正した。
「咲良さん、実は僕は、エスト=デュレイじゃない。商人の身分証を買っんだ。つまり、仮の名前でね。その……お忍びで悪徳……いや、身分を忘れてのんびり羽根を伸ばしたいときに使おうと思ったんだ。僕の本当の名前は、ユリオ=アルゲネス=パロ=ルーベイ。知っているかな。ルーベイ大公爵の当主だ」
「えええっ!」
今度は咲良が驚く番だった。




