第11話 買った奴隷が学校一の美少女同級生だったらどうしますか?
ドッヒ〜ン!!
グッヒョ〜ン!!
え? 何が起きた?
このときのユリオの感情を表現する言葉を、どんな辞書も知らなかった。
「な、なんだって!?」
忌木信太朗。
目の前のルルーシア、奴隷少女は、確かにそう言った。
「聞き間違い? 空耳か? 俺もアツくなっちゃってるからな。幻聴の1つ2つ聞こえたって……いや、そうじゃない。間違いない。間違いなく言った。言ったぞ。確かに聞いた。俺の前世の名前。忌木信太朗……」
紛れもなくその名がルルーシアの口から零れた。
ドスンと。何か大きなものが落ちてきた。いや、どこかに突き落とされたような。
ユリオは飛びかかるところではなかった。欲望のことも頭から吹っ飛んだ。硬直、いや、凍結してしまった。脳がグルングルンと何回転もする。口を大きく開け、というより顎をダランと下げたまま、フガーっと。〝停止〟状態である。
なんで? なんで? なんで?
忌木信太朗。前世の名。異世界にきてから誰かに、「俺は前世で忌木信太朗だったんだ」などと話したことは、1度もない。初対面のこの奴隷少女がユリオの前世の名を知ることなど、絶対にある筈がない。
何が……いったい何が起きてるの?
説明して欲しかった。誰かに。あまりにも理不尽すぎて…… 異世界で目覚めた時以来の、いや、それ以上の衝撃だ。
これは、夢? あ。ひょっとしたら。ずっと長い夢を観てたのか? 俺は? いったいどこからが夢だったんだろう? 前世…… 21世紀の日本で高校生をしていた。引き篭りを始めて確か3ヶ月目で、トラックに轢かれて死んだ……それは間違いない。夢であるはずがない。その後の事は? もしかすると。轢かれて死んでから、ずっと長い夢を見ていた? これ、夢なの? そうだ。異世界に転生して大貴族になって……なんて現実にあるはずないよな……前世、いや生前の夢が死後ずっとぐるぐる回って、いろんな光景を見せてくれていた。ハハ、そういうことか。なんだ。話がうますぎると思った。俺はつまり死んでいた。いや、一旦死んでそのまま。それっきりだったんだ。生まれ変わるなんてあるはずもなく……
ルルーシアは、くすっと笑った。
「どうしたの? 忌木君。そんな顔をして。気づいたんでしょ? 私が琴見咲良だってこと。あ、私が気づいてないと思った? あなたのことを忘れたと思っていた? ううん、ちゃんと覚えてるよ。忌木信太朗君」
改めて、にっこりとする。
最高の笑顔だ。まばゆく光輝く女神の笑顔。完璧無比。
誰もが見惚れる……いや、ユリオはそれどころではなかった!
琴見咲良!
その名が、脳天を直撃した。雷に打たれた、というべきか。思い出したのだ。一瞬で。前世のこと。目の前の少女は。
◇
知っている。知っているぞ!
記憶が蘇るユリオ。
琴見咲良!
前世で高校2年生の時、同じクラスだった子、同級生だ!
そうだ! ルルーシアを最初見たとき、どこかで見た顔だと思った。この顔を知っている、そう思った。知っていたんだ。よく知っている顔だったんだ。本当に。でも、異世界で15年過ごしている。琴見咲良を最後に見てから、15年が過ぎていたのだ。だから、気づかなかった。思い出せなかったのだ。今は。琴見咲良の名前。蘇る記憶。名前と顔。間違いなく、目の前にいるのは琴見咲良。15年前の高校2年生の時の姿と全く同じだ。ユリオは記憶をたぐる。
で、これ、どういうこと?
さらに混乱する。
前世の同級生、琴見咲良がここにいる。異世界ヴァルドに。これはつまり、咲良さんもユリオと同じく、異世界に転生してルルーシアとなった? いや、しかし。何かおかしい。忌木信太朗は、転生して全く別の人間としてやり直した。ユリオと忌木信太朗では、顔も全然違う。ルルーシアが確かに琴見咲良で忌木信太朗のことをはっきり覚えていたにしても、ユリオが忌木信太朗だと気づくのは、絶対に不可能だ。見た目は全く同じでない。それとも俺の顔に、「前世は忌木信太朗というものでした」とでも書いてあるのか? まさか!
それにだいたい、ルルーシアはユリオの記憶の15年前の高校2年生の時と同じだ。そのままだ。もちろん、肉体はこんなに見えなかった。高校同級生の紐ビキニ姿とか見れるわけないし。セーラー服姿か体操服姿しか見たことない。でも、その顔。クラス一、いや学校一の美貌。究極の女神と呼ばれていた。忘れるはずがない。ルルーシアは、記憶の中の琴見咲良と全く同じ。これ、どういうこと? ユリオは転生してまるで別人になったのに、琴見咲良は変わらない……なんで? なんで? なんで?
到底理解不可能な謎だ。もう理解とかいう次元じゃない。異世界か。確かに、ぶっ飛んでるなあ。とんでもないことが起きやがる。
ユリオは、思考することをやめた。
さっき座ってた椅子に、ドカっとまた座る。
ハアーッ、と息を吐く。
心臓が停止しないのが不思議だ。本当に今日は、どういう日なんだろう? ん? そうだ。えーっと、今どういう状況だったんだっけ? そうだ。大事な俺の初めての体験の日。男として立つための。ルルーシアが俺を受け入れようとして……え? それってつまり……咲良さんが、学校一の美少女の琴見咲良が……この俺、ユリオ……忌木信太朗を受け入れようとした……そういうことになるの? な、なにこの状況!?
完全なる脳崩壊。
目の前のルルーシア=琴見咲良は、黒い瞳を輝かせている。今はベッドの上で、膝を抱えて体育座り。
◇
「そっか、忌木信太朗君、びっくりしたよね。私に前世が視えてるって、忌木君にはわからないもんね。ごめん。本当に驚かせちゃった。ちゃんと説明するから」
優しく微笑むルルーシア。
前世が視える。だって? どういう能力? わけわからんユリオに少女は、
「私、魔法使いなの。奴隷商に聴いたでしょ? で、特殊な魔法が使えるの。転生してきた人を見ると、その前世の姿が視えるの。今の姿の影となってね。そういうこと。市場であなたの前に連れてこられて、びっくりしちゃった。目を疑った。間違いなく、あなたの前世は忌木信太朗君。そうでしょ? あなたは私を知っている。私はあなたを知っている。あんなところで昔の同級生に出会えるなんて。とんでもない偶然よね。興奮した。震えた。でも、奴隷商人に妙に勘ぐられるのが嫌だから、黙ってたの。あなたもびっくりした?」
びっくりした。すごく。とりあえず、謎が少しはわかった。しかしーー
「あ、あの、ちょっとーー」
ユリオは、やっと声を出せた。かすれて、震える声、まだ、グダっと椅子に凭れている。唖然としながらルルーシアを見つめて、
「そ、その、ルルーシア……いや、琴見咲良さん……なんだよね……特殊な魔法を使って僕の前世を視た? だ、だけど……グドルクは……あの奴隷商人は、君の魔力は封印してある、魔法は使えない、そう言ってたけど」
ルルーシア=琴見咲良は、またくすっと笑って自分に嵌められた首輪に手をやり、
「これのこと? そう、これは確かに魔力封印の道具。これのせいで、魔法はほとんど使えない。その通りよ。でも、魔力をほとんど必要としない魔法もあるの。この封印は、魔力を完全に封じるものではない。ちょっとなら、使える魔法もあるの。前世を視る魔法もその一つ。そういうことなの。この魔法が役に立つ時が来るなんて、思いもしなかったわ」
「そうなんだ、でもーー」
ユリオは、やっと頭を動かすことができるようになってきた。おや、ルルーシアと会話してるぞ。しかし可愛い声してるなあ。
「ええと、僕も王国でこれまで散々魔法使いや魔術師魔導士に会ってきた。僕の通ってる学院じゃ、魔法の講義もあるからね。かなり高位の魔法使いにも会ったことがある。でも、誰も僕の前世のことなんて言わなかった。どうしてだろう? そんなに簡単な魔法なら、みんな使えるんじゃないの?」
相手が琴見咲良とわかり、つい昔の同級生モードで「僕」と言ってしまうユリオ。ルルーシアは、うんうんと頷いて、
「この魔法は、魔力を少ししか使わなくて済むっていうだけで、魔法使いなら簡単に誰でも使えるってわけじゃないの。私の魔法団に古くから伝承されてきた特殊魔法。ヴァルレシア王国の魔法協会には、使える人はいないんじゃないかな。本当に珍しい魔法よ。だからきっと、これまで忌木君の前世を視た人はいないと思う」
前世の姿。忌木信太朗。学校に馴染めず、いつもオドオドとしていたクラスの除け者。あまり見られたい姿ではない。見られてないなら、それはそれでよかった。こっそり前世を視られていて、陰で「あの大公爵の坊ちゃんは、実はーー」なんて言われていたら、嫌だ。
それにしても。魔法封印されながら、特殊魔法を使えるルルーシア。なんだかすごいな。
「忌木君は、こっちの世界に転生してきたのね? 聞いたわ。事故で亡くなったの。私、お葬式にも行ったのよ」
新たな驚き。琴見咲良が俺の葬式に? なんだかすごく……嬉しい。
「私、クラス委員長だから。しばらく忌木君は学校に来てなかったけど、やっぱりちゃんと誰かが顔を出さなきゃいけないと思って。それで担任の先生と一緒にお葬式に行ってきたの」
なるほど。クラス委員長としての〝立場〟で葬式に来てくれたんだ。当たり前である。忌木信太朗は琴見咲良と単に同級生だっただけで、別に仲良しでも何でもない。咲良の口ぶりでは、そもそもわざわざ忌木信太朗の葬式に行こうというクラスメートはいなかったらしい。これも当たり前だ。人が苦手で、人と馴染めず、人の視線が怖くなって学校を休むようになり、その挙句死んだんだから。琴見咲良は責任感の強いクラス委員長だった。その立場で来てくれただけでも、大感謝である。
「ありがとう。君が僕の葬式に来てくれたなんて……あ、そう、僕は事故で死んで、それでこっちの世界に転生したんだ。0歳から生まれ変わったんだよ。でも、前世の17歳の時の記憶、死んだときの記憶は、最初からしっかりと持っていた。妙な感覚だったよ。赤ん坊の時から、17歳の記憶がしっかりあるんだからね。それからこっちで15年。今は15歳だ。」
こんな話をするのは初めてだ。ユリオが転生者。初めてそれを知るものが現れたのだ。そういえば、自分の葬式に来てくれてありがとう、なんていうのもなんだか変な感覚だ。
今度はルルーシア=琴見咲良が、目を丸くする。
「忌木君は、こっちに転生して、0歳児から始めて今15歳? こっちで15年も過ごしたの?」
「うん……咲良さんはどうなの?」
クラスの男子は、みな琴見のことを「咲良さん」と、呼んでいた。昔の癖である。
「私は、転生じゃないの」
「……?」
「転移……それとも召喚っていうのかな。どっちかわからないけど。高校2年生のまま、こっちに飛ばされてきたの。ちょうど、あなたのお葬式の日よ。お葬式に参列して、帰り道、1人きりになった時、突然白い光に包まれたの。何が起きたのかわからなかったわ。気づいたら、この世界にいたの。飛ばされてきたのね。誰がなぜ私を呼んだのか、飛ばしたのかそれは全くわからない。でも、間違いなく異世界に時空転移した。それは認めざるを得なかった。私だって最初は絶対受け入れられなかったけどね。異世界へ時空転移なんて、ファンタジーの世界だけの話だと思ってたんだもん。それで私のほうは、異世界に来て今が3ヶ月目」
「は!?」
驚きっぱなしのユリオは、また素頓狂な声を上げる。
「3ヶ月?」
「うん。そう。忌木君とは、時空のねじれの仕方が違ったみたい。忌木君は、こっちで15年も過ごしているのよね。でも、私はまだ3ヶ月。この世界の新入りよ」
ユリオは、頭の中で整理してみた。自分は前世の世界で死んだ。前世の記憶を持ったままこっちに生まれ変わった。転生である。そして15年経った。咲良さんの方は。死んだわけではない。高校2年生、忌木信太朗の葬式の日に、異世界に飛ばされた。転移である。それが3ヶ月前。つまり、今も17歳そのまま。なるほど。要するに、ユリオからすれば15年前に見た琴見咲良と全く同じ、そのままというわけだ。昔の記憶と同じはずだ。ユリオからすれば15年ぶりだが、咲良さんの方は、忌木信太朗と半年ぶりの再会なのだ。
やっと事情が整理できた。
ベッドの上の紐ビキニ姿の少女は。
琴見咲良。17歳。
ユリオの元同級生のクラス委員長。学校一の美少女。
ルルーシアは、急に何かに気づいたように、少し目を伏せる。
「あの……忌木君……もっとちゃんとあなたと話がしたい……その前に、服を着たいの。貸してくれない? これじゃ、やっぱり恥ずかしくって」
「あ」
限界露出の紐ビキニ姿だ。胸は今にも零れんばかりの。
「すごいシチュエーションだ! これは!」
ユリオも今更気づく。
紐ビキニ姿の同級生美少女と、寝室で2人っきり!
何が起きてるんだ!




