表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/136

第117話 老鉱夫 上



 「おい、見ろよ。建物があるぞ」


 ユリオが指差した先、巨木の根元に埋もれるようにして、無骨な丸太小屋が姿を現した。


 「あら、久々にマシな寝床にありつけそうね。シュレン、あそこで休むわよ。ずっと野宿なんて、公女である私の肌への冒涜ですもの」


 自分の都合で大森林に逃げ込んでおいて、相変わらず身勝手なクローリディア。だが、従者の大男は、どこまでも忠実。


 「わかりました、お嬢様。……ルルさん、どう思われます?」


 シュレンの問いに、ルルが目を細めた。


 「怪しい気配はしないわね。……行きましょう。今夜は屋根の下で眠れるなら、それに越したことはないわ」


 一行は期待を胸に丸太小屋へと向かった。エミナは「ふかふかの藁があるかもなのです!」と、背中の小鍋を鳴らして小躍りしている。ユリオも、今夜こそはヌルヌルする自分の肌を気にせず、乾いた床の上で眠れるのだと、少しだけ期待に胸を膨らませた。


 「おい、頼もう! 旅の者だが、一晩泊めてくれないか!」


 ユリオが元気よく扉を叩いた。


 ギィィ……と重い音を立てて扉が開くと、そこには岩のように頑強な老人が立っていた。その肌は深く日焼けし、筋骨隆々の腕には無数の傷跡がある。


 木樵(きこり)かな? と、ユリオ。でも、こんな奥地で木を伐ってどうするんだ?


 老人は鋭い眼光で一行を順に眺めた。


 「……旅人か。まあ、若い娘さんもおる。泊めるくらいは構わんが――」


 老人の視線が、ユリオの顔で止まった。その瞬間、太い眉が不快げに跳ね上がる。


 「――おい。その『化け物』だけはダメだ。外で繋いでおけ。わしの家に蝦蟇(ガマ)は入れん」


 「はあ?」


 ユリオは衝撃で固まった。


 「待てよ、じいさん。化け物ってのは俺のことか?」


 「当たり前だ。誰がその醜い蝦蟇(ガマ)野郎を家に入れるか。神聖なわしの住処がヌルヌルになっちまう。喋る蝦蟇(ガマ)など余計に気味が悪いわ!」


 扉を閉めようとする老人に、かつてなくギャフンとするユリオ。ルーベイ大公爵ユリオともあろうものが。蝦蟇(ガマ)顔のせいで門前払い。


 「見た目」だけで拒絶される。


 これほどまでに惨めだとは思わなかった。


 「オーホッホッホ! 傑作ね! さすがの頑固親父も、あんたの顔には耐えられなかったみたいよ、蝦蟇(ガマ)坊や! いさぎよく外の泥沼で一晩過ごしたらどうかしら?」


 クローリディアがここぞとばかりに高笑いする。


 「クッ……笑い事じゃねえだろ!」


 「ユリオ様、ひどすぎるのです! ユリオ様は立派な方なのです! 入れてあげるのです!」


 エミナが食い下がるが、老人は、


 「立派な蝦蟇(ガマ)など知らん」


 と、鼻で笑って動かない。


 だが、その時。


 「おじ様、お待ちください」


 ルルが一歩前に出た。ルルはいつもの落ち着いた笑顔のまま、老人を真っ直ぐに見つめた。


 「彼は魔物ではありません。呪いを受けて一時的にこのような姿になっていますが、中身は私たちと同じ、ちゃんとした人間です。どうか、彼を拒まないであげてください」


 「呪いだか何だか知らんが、わしには蝦蟇(ガマ)に見える。見た目が蝦蟇(ガマ)なら、それはもう蝦蟇(ガマ)だろうが」


 老人は依然として首を振らない。ルルは静かにため息をつくと、懐からチャリンと重厚な音を立てて、一枚のデュエル金貨を取り出した。それを老人の無骨な手のひらに、そっと握らせる。


 「これは『お掃除代』です。もし彼が家を汚してしまったら、これで新しい敷物でも買ってください。……ね? お願いします」


 老人は金貨の重みを確かめ、まじまじと見た。そして、チラリとユリオの顔を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 「……チッ。金を持ってる蝦蟇(ガマ)とは珍しいな。……入れ。だが、少しでもヌルヌルさせてみろ、即座に叩き出すからな。わしは金に釣られたわけではないぞ、その娘さんの熱意に免じてだ」


 「……あ、ありがとうございます、じいさん」


 ユリオは会釈したが、内心の憤懣。金貨(かね)で解決できる事は金貨(かね)で、がユリオの信条だが、金貨(かね)を受け取るなら、最初からサービスよくしやがれと思う。


 「フン、感謝しなさいよね。ルルの慈悲がなければ、あんたは今頃(ふくろう)の餌だったんだから」


 クローリディアが嫌味を言いながら、真っ先に小屋へ入り込む。



 ◇



 小屋の中は、見た目以上に広かった。


 だが、ユリオはすぐに異変に気づいた。左右に広がる特異な視野が、壁際に並べられた道具の細部を捉える。


 (……なんだこれ。木樵(きこり)の道具じゃないな)


 そこには、硬い岩盤を穿つための巨大なツルハシ、鉱石を砕くための槌、そして土砂をふるいにかけるための網が、手入れの行き届いた状態でずらりと並んでいた。


 (このじいさん……木樵(きこり)じゃない。鉱夫だ)


 それも、こんな人里離れた大森林の奥で、一人で何かを掘り続けている――。


 この辺に、何かの鉱脈あったっけ?


 ユリオは、部屋の隅の小さな椅子に身を縮めて座りながら、じいさんの不機嫌そうな背中と、並べられた無骨な道具をじっと見つめていた。



 ◇



 暖炉の中で薪がパチパチと爆ぜ、丸太小屋の中をオレンジ色の柔らかな光が満たしていた。

 

 老人が差し出した夕食は、森の根菜と干し肉をじっくり煮込んだ素朴なスープと、香ばしく焼かれた黒パンだった。見た目は地味だが、長年この過酷な森で生き抜いてきた者ならではの、滋養に富んだ深い味わいがある。


 「……ほう、本当に普通に飯を食うのだな」


 老人は、ユリオが耳まで裂けた巨大な口で器用にスプーンを運び、黒パンを咀嚼する姿を、物珍しそうに、そしてどこか感心したように見つめていた。金貨1枚の威力が絶大だったのか、あるいはルルの説明で「呪われた人間」だと納得したのか、その眼差しからは先ほどまでの刺々しさが消えていた。


 「ケロッ……だから言っただろ、中身は人間なんだ。……それにしても、じいさん。こんな森の奥で一人、一体何をしてるんだ? 道具を見る限り、木樵(きこり)じゃなさそうだけど」


 ユリオが尋ねると、老人はスープの湯気の向こうでニヤリと意味深な笑みを浮かべた。


 「わしはこの森で長く暮らしているがな……何をしているかは秘密だ。もったいぶるわけではないが、男には人に言えぬ野心というものがあるんでな」


 老人はそう言って、食後の茶を淹れるために立ち上がった。上機嫌な様子で小屋の自慢話を始めた老人は、棚から茶葉を取り出そうとして、うっかり隣に置いてあった布包みに肘を当ててしまった。



――ガシャン!



 重々しい音と共に、床に転がり落ちたのは、人の頭ほどもある巨大な石の塊だった。


 だが、それはただの石ではなかった。暖炉の火に照らされたその表面には、不純物の混じった岩肌を突き破るようにして、眩いばかりの「黄金」が脈打つように露出していた。


 「……なっ!?」


 ユリオの左右にせり出した眼球が、その光を捉えて釘付けになる。ルルやエミナ、そして優雅に茶を待っていたクローリディアまでもが、息を呑んでその輝きを見つめた。


 「し、しまった……!」


 老人は狼狽した表情で慌てて石を拾い上げようとしたが、もう遅かった。隠しきれないと悟ったのか、彼は深くため息をつくと、観念したようにユリオたちを順に見た。


 「……見られたからには仕方ない。お前たち、これは金鉱の原石だ。わしはこの森で長年、独りで金脈を探し続けてきた。そしてとうとう、……有望な鉱脈を掘り当てたのだ!」


 老人の目が、先ほどまでの穏やかさとは違う、熱を帯びた輝きを放ち始める。老人は声を潜め、ユリオたちに身を乗り出した。


 「だがな……見ての通りわしの体はもうボロボロだ。せっかく見つけた宝の山も、今のわしには掘り出す力がない。……そこでお前たち、相談だ。金貨10枚をわしに預けろ。そうすれば、その鉱脈の場所を教えてやる。わしに代わって金を掘り出し、その利益は山分けにしようじゃないか。どうだ、悪い話ではなかろう?」


 老人は自信満々に、人生を賭けた大勝負を提案した。一生遊んで暮らせるだけの金脈の話。天からの贈り物に見えるはずだ。


 だが。


 「……オーホッホッホ! 冗談も休み休み仰い。金鉱掘り? この私が、泥に塗れて地面を這いずり回るとでも思っているのかしら!」


 クローリディアが真っ先に、心底馬鹿にしたような笑い声を上げた。この自分の国から脱走してきた女公爵にとって、金貨(かね)というのは「当然のようにそこにあるもの」でしかなかった。リュクセム公国から脱出する際、クローリディアがシュレンに担がせた財宝の山は、小さな金鉱など霞んでしまうほど莫大なのだ。


 「エミナも興味ないのです。重いツルハシより、料理用の小鍋の方が大事なのです!」


 「私も遠慮しておくわ。私たちは少し、急ぐ旅の途中なの」


 ルルも柔和な微笑みを浮かべつつ、一切の迷いなく断った。老人の期待に満ちた視線が、最後にユリオへと向けられる。


 「お、おい、蝦蟇(ガマ)の坊主! お前はどうだ? こんな姿でまともな仕事もできんだろう、金さえあれば――」


 「悪いな、じいさん。俺も金には全く困ってないんだ」


 ユリオは腰を軽く叩いて見せた。実際、金貨(かね)はタップリあるのだ。そもそも、金鉱堀りする暇があるなら、一刻も早くこの不快な蝦蟇(ガマ)顔を治したいところである。


 「そ、そんな馬鹿な……。金鉱だぞ!? 黄金だぞ!?」


 必死に食い下がる老人の前で、一行は揃って首を横に振った。


 「俺たちは金鉱掘りはしない。明日にはこの小屋を発って、目的地へ向かうよ。……飯は美味かったぜ、じいさん」


 ユリオの言葉に、老人は力なく肩を落とし、人の頭ほどもある金の原石を抱えたまま、立ち尽くす。そして、宝の原石を、戸棚に戻す。


 妙な雰囲気になった。


 いきなり金鉱山分けの話なんかが出たんだ。当然である。


 薪が弾ける音だけが、気まずい沈黙の中に虚しく響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ