第114話 【ルルとエミナの秘密の女子トーク】 蝦蟇を愛せますか?
大森林の夜。
ユリオとシュレンが少し離れた場所で、明日の方角を確認している。焚き火の傍らには、ルルとエミナの2人だけが残されていた。
パチパチと爆ぜる火の粉を見つめながら、どちらからともなく重い口が開かれた。
「……ルルさん。エミナ、どうしても自分に腹が立つのです」
「どうしたの、エミナ」
「ユリオ様は、エミナにとって一番大切で、この世の誰よりも尊敬する御主君なのです。ユリオ様がどんな姿になっても、その心が変わらないなら、エミナは一生ついていくと決めているのです。それなのに……」
「……それなのに?」
「ユリオ様がエミナに声をかけようとして、あの……あの耳まで裂けた大きな口が動くのを見るたび、背中がゾワッとしてしまうのです。ユリオ様が汚いわけじゃないのに、近くに来られると、反射的に一歩下がってしまうのです。エミナは、最低な家臣なのです……っ」
「……貴女だけじゃないわ、エミナ。私も、同じよ」
「ルルさんも……なのですか?」
「ええ。ユリオは私の恩人よ。彼がいなければ、私は今頃どうなっていたか分からない。彼は最も信頼できる仲間で、誰よりも真っ直ぐな心を持っている……それは、頭では痛いほど分かっているわ。でも……」
「でも……?」
「不意にあの飛び出した金色の目と視線が合うと、心臓が冷たくなるのを感じるわ。指先が、あのヌルリとした緑色の皮膚に触れることを拒んでしまう。魔術師として冷静でいようと努めてはいるけれど、……本能が……彼を『異形』として排除しようと叫んでいるの」
「そうなのです! まさにそれなのです! 嫌いになりたいわけじゃないのに、体が勝手に拒絶反応を起こすのです。ユリオ様、さっきエミナが焼いたお肉を渡そうとした時、わざと指が触れないように受け取ったのです……。きっと、エミナの怯えに気づいているのです。あんなに悲しいことはないのです……っ」
「ユリオは繊細な子だものね。私たちの僅かな表情の変化も、きっとあの広い視野で読み取っているわ。彼を支えたい、守りたいと思っている気持ちは本物なのに、私たちの『顔』が彼を傷つけている……。皮肉なものね」
「ルルさん、エミナはどうすればいいのですか? あのクローリディアという女公爵は、ユリオ様を『不潔』だの『豚』だの平気で言います。エミナはあんな女、今すぐ鍋で叩き伏せたいのです。でも、エミナ自身も、ユリオ様の顔を直視できない……これじゃ、あの女と同じなのです……」
「違うわ、エミナ。貴女が苦しんでいるのは、彼を愛しているからよ。どうでもいい相手なら、ただ気持ち悪いと思って終わるだけ。大切にしたい相手だからこそ、生理的な拒否感に抗えない自分が許せないのよね」
「……はい。ユリオ様が元の美少年だった時は、おそばにいるだけで幸せだったのです。でも今は、おそばに行かなきゃいけないと思うたび、勇気を振り絞らないといけないのです。エミナ、そんな自分が情けなくて、悔しいのです……なのですっ」
「……私もよ。もし彼が怪我をしたら、私は躊躇わずにその体に触れて治癒魔法をかけなければならない。でも、今のあの顔を……あのイボの浮き出た頬を、私の手で包み込めるかと問われたら……。私は、自分の器の小ささに絶望してしまうわ」
「ルルさんほどの方でもそうなのですか……。でも、ユリオ様は今、一番辛いはずなのです。自分をそんな目で見る人たちの間で、自分の顔を呪いながら旅をしているのです」
「ええ。だからこそ、私たちは『昏き銀の城』に辿り着かなければならない。あの聖石を手に入れて、彼の顔を元の……あの、謙虚で誠実で高潔な、眩しい少年の顔に戻してあげなきゃ」
「……ルルさん。もし、もしもですよ? 呪いが解けなかったら……ユリオ様が一生、あの蝦蟇の顔のままだったら、ルルさんはどうしますか?」
「…………」
「エミナ、考えたくないのです。でも、もしそうなったら、エミナはいつか、あの顔に慣れることができるのでしょうか。いつか、あの大きな口を見て、心から笑いかけることができるのでしょうか……」
「……分からないわ。でも、これだけは言える。たとえ姿がどう変わっても、私はユリオを見捨てない。彼は最高の恩人で、正義の人。私は彼のために魔力を尽くす。……生理的な嫌悪感は、たぶん、すぐには消えないわ。それは仕方のないこと。でも、私たちはそれを抱えたまま、彼を愛することを諦めちゃいけないんだと思うの」
「嫌悪感を抱えたまま……愛する……」
「そう。綺麗事だけじゃ、この旅は乗り越えられない。自分の汚い部分も、彼への申し訳なさも、全部背負ったまま、それでも彼の手を握ろうと足掻くこと。それが今の私たちにできる、せめてもの誠実さじゃないかしら」
「……ルルさんは、強いのです。エミナ、少しだけ心が軽くなったのです。拒絶してしまう自分を責めるんじゃなくて、それでもお側にいようとする自分を、信じてみるのです」
「そうね。……あ、戻ってきたわ。シュレンさんと一緒に」
「……っ。ルルさん、深呼吸なのです。エミナ、笑うのです。ユリオ様に、美味しいスープを飲んでもらうのです!」
「ええ。……おかえりなさい、ユリオ。明日の方角はわかったかしら?」
振り返ったルルの微笑みはどこまでも優美だったが、その指先は、膝の上で微かに震えていた。
エミナもまた、満面の笑みで鍋をかき混ぜながら、ユリオと視線がぶつかりそうになる瞬間、一瞬だけ瞳の奥に「恐怖」を押し込めた。
少女たちの誠実な愛と、拭いきれない拒絶。その狭間で、夜は深く更けていく。




