第109話 この生意気令嬢を蹂躙していいですか? 3 蝦蟇顔の騎士
「それで、大森林に逃げ込んだってわけか」
相変わらず蝦蟇の顔のユリオは、話に聞き入っている。
顔は美しいが心の醜い女公爵と、顔は醜いが心の正しい王子。
大変お似合い結構な話に見えるが。
ま、誰もがめでたし、めでたし、の展開をひっくり返すから、悪徳令嬢と言うのだろう。
クローリディアは、自分の身の上話を聞きながら、ずっとツンとしている。
シュレンは、さらに、話を継ぐ。
「このルヴォニアの大森林に私たちが逃げてきたのは、公国の追手をかわすだけではありません。ちゃんとした目的があるのです。私たちが目指すのは『昏き銀の城』なのですーー」
リュクセム公国の建国者である英雄アイリスは、公国から遠く離れたこの大森林に、いざと言うときの隠れ城を築いた。公国創設当初は、政情も不安定で、公国が存続できるかどうかわからなかった。いざという時の避難所である。ちなみに、まだこのルヴォニア大森林が、ヴァルレシア王国の直轄領となる前の、大昔の話である。
英雄アイリスは、自ら築いた『昏き銀の城』に、「至高のアイリス」という名の聖石を隠した。神秘の力がある聖石である。その聖石は、英雄アイリスの子孫であるリュクセム公国の後継者が、本当に困った時、力を貸してくれると伝えられている。だから、その聖石「至高のアイリス」の力があればクローリディアの呪いも解けるのではないか。
「そこで、私とクローリディア様は、『昏き銀の城』を目指し、大森林を旅をしているのです。クローリディア様の呪いが解ければ、ユリオ様も元に戻れるのではないでしょうか? いかがでしょう、ユリオ様たちも、私たちと一緒に昏き銀の城を目指しませんか?」
にこやかに誘うシュレン。一方、クローリディアは、
「……ロスタルド。たとえ王子であっても、あんな醜悪な男と結婚させられるくらいなら、国なんて捨ててやるわ! 私に相応しいのは、世界で一番美しくて高貴な殿方だけなの! オーホッホッホ!」
相変わらず手前勝手なことを言って、リュクセム公国の方角を憎憎しげに睨みつけている。逃亡中の身でありながら、どこまでも自分勝手な理屈を述べる女公爵。顔だけ見れば、まだ16歳の可憐な乙女なのだが。
◇
ユリオ、ルル、エミナの3人。クローリディアから少し離れた巨木の陰に集まり、声を潜めて話し合っていた。
少し先では、クローリディアがシュレンに大きな葉で扇がせながら、「空気が悪いわ、早くして頂戴。小僧の顔を見ていたら、こちらの肌まで荒れてしまいそうだわ」と、聞くに堪えない毒を吐いている。
「……ふざけるな。何が『豚に相応しい末路』だ。あいつ、わざとやってるだろ!」
ユリオは、ぶよぶよとした自分の頬を震わせながら怒りを露わにした。耳元まで裂けた口のせいで、声が奇妙に濁って漏れるのが、余計に情けなかった。
「そうなのです! ユリオ様の清らかな……ええと、とにかく大事な唇を奪った挙句、こんな姿に変えるなんて、人の心がないのです! あの女、絶対に鍋の底で一回叩いておくべきなのです!」
エミナは拳を握りしめ、背負った小鍋をガタガタと鳴らして憤慨した。彼女にとって、尊敬するユリオが辱めを受けることは、自分が傷つくことよりも許しがたい事態だった。
「ユリオ、エミナ、落ち着いて。気持ちはわかるけれど、感情的になっても呪いは解けないわ」
ルルだけが、いつも通り冷静だった。彼女は魔法使いらしい鋭い視線で、遠くのクローリディアと、その傍らに立つ巨漢のシュレンを観察している。
「ルル、だってさ……! 俺、このまま一生蝦蟇顔なんて御免だ。それなら死んだほうがマシだよ」
「……バカなこと言わないで」
ルルは少しだけ呆れたように、けれど優しくユリオの肩に手を置いた。
「確かにクローリディアの態度は問題があるわね。公国の主だったという自尊心が、ああいう形でしか出せないのでしょう。でも、あのシュレンという男が言ったことは嘘じゃないと思うわ。彼の立ち振る舞いには嘘がない」
「ああ、リュクセム公は男の筈だったけど、2週間前に急に死んで、あの女が即位した。なら、俺が知らなかったわけだ。で、あの聖石とやらの話…… 『至高のアイリス』だっけ……」
「ええ。リュクセム公国の伝承にある聖石なら、強力な解呪の力を持っていても不思議じゃないわ。『昏き銀の城』に行くしかないわね」
エミナが不服そうに口を尖らせた。
「でもルルさん、あの高慢ちきな女を護衛するなんて、エミナの自尊心が許さないのです! 料理を作ってあげても、『庶民の餌ね』とか言われそうなのです!」
シュレンからは、リュクセム公国からクローリディアを連れ戻す追手が来るだろうから、その時は、護衛として一緒に戦ってほしいと言われていた。わざわざユリオたちを一緒の旅に誘ったのは、そういうことだったのである。
頷くルル。
「エミナ、それは私も同意見よ。でも、今はユリオを元に戻すことが最優先。……『昏き銀の城』に行き、『至高のアイリス』の力を借りる。それしかないわね。クローリディアが追われているなら、放っておけない。クローリディアが追手に捕まったら、聖石への道は閉ざされて、ユリオの顔は一生そのままよ」
「……っ、それは絶対に嫌なのです! ユリオ様の美貌が台無しなのは世界の損失なのです!」
エミナが鼻息荒く叫ぶ。ユリオは「美貌」という言葉に少し気をよくしたが、今の顔ではどうやっても醜い蝦蟇の表情にしかならなかった。
「……分かったよ。アイツの顔を見るのはムカつくけど、ルルの言う通りだ。背に腹は代えられない。……あいつの護衛なんて論外だけど、俺が助かるにはそれをするしかない。クソッ、なんだか嵌められたみたいだぜ。あいつが『昏き銀の城』に着いて、呪いが解けるまでは、我慢してやる」
ユリオは決意を固め、腰の剣の柄を強く握った。
「決まりね。条件は向こうにも飲ませましょう。護衛をしてあげる代わりに、聖石の力を使わせてもらう。……いいわね?」
ルルが立ち上がり、2人に頷く。その背中は、頼もしくもあり、どこか冷徹な計算も感じさせた。
現在、ユリオ一行は、ルヴォンから大森林に入り、ひたすら西へ西へと、奥へ奥へ進んでいる。
しかし、クローリディアによると、目指す『昏き銀の城』は、この大森林の奥地を、ここから、ずっと南に下ったところにある。つまり、ルルの宿命の旅は、大幅な寄り道をすることになるのだ。
全く以て不本意極まりないが。ユリオが、ずっと蝦蟇の顔のままでいるわけにもいかない。行くしかないのだ。
「オーホッホッホ! やっと話がまとまったかしら? 待ちくたびれて、私の美しい瞳が乾いてしまったわ!」
クローリディアがこちらを見下しながら、またあの高笑いを上げた。
ルルが、『昏き銀』の城まで同行する、護衛も務める、と申し出る。
「決まりね。小僧、私の足元を汚さないように歩きなさい。シュレン、出発よ!」
嘲笑うように顎を上げると、豪華なドレスを翻し、森を優雅に……そして高慢に歩き出すクローリディア。
その後ろ姿を見ながら、ユリオは誓った。
いつか必ず元の顔に戻り、この少女を蹂躙してやる。
「……あの女、いつか絶対にギャフンと言わせてやるのです……」
エミナも小声で呪文のように呟く。
こうして、ユリオの顔を取り戻すための、不本意極まりない「悪徳令嬢」いや、自分の公国から逃げ出したリュクセム女公爵クローリディア護衛の旅が始まったのである。
ユリオの「蝦蟇顔」の旅が始まりである。
( この生意気令嬢を蹂躙していいですか? 了 )




