番外編:死にたがりの聖女8
「一人で眠れないんだろ。俺んち来いよ」
一緒に暮らす。
あまりも展開が速すぎて、目を白黒させてしまう。
出勤するひと、朝市に行くひと、たくさんの人が往来を行き来してて、朝の澄み切った空気は騒がしい。
舗装されてない土の地面はまだぬかるんでいて、少しだけ歩きにくい。
「……いいの?」
「おぅ。俺の部屋、割と片付いてただろ? 俺、料理だってある程度できるんだぜ。最初は食えたもんじゃ無かったけど……一緒に住んでも、迷惑かけないと思う」
得意そうにアルフレッドは胸を張る。
今日のアルフレッドは、饒舌だ。
多分、アルフレッドは浮かれてる。あたしとヨリを戻したことで。
──嬉しい。
はっきり言って、嬉しい。
あたしばっかりじゃなくて、ちゃんと彼からの気持ちもあるということが、何より嬉しかった。
「毎日一緒に寝てくれる?」
「俺が当直の日じゃなければ」
「浮気しても、最後にはあたしの所に帰ってきてね」
「しねぇよ」
「あたしのこと、嫌いにならない?」
「ならねぇよ」
「一緒に暮らすってことは──」
水たまりを避けて、ぴょんと飛び越える。
繋いだ手はそのままに。
振り仰ぐと、アルフレッドの水色の瞳と視線があった。
「結婚する?」
貴族の世界では、日本と違って、貞操観念が強いというか、処女厨が多いというか。
結婚までは純潔を守りぬき、結婚後は貞淑に夫に仕える。
なんかそういうのが美徳とされるらしい。
さすがに平民はそこまでじゃないけど、それでも結婚前のお泊まりとかは眉をひそめられる。
そんな世界で、同棲なんかは、結婚が前提。
例え結婚していなかったとしても、事実婚として扱われる。
「そのつもりだけど」
アルフレッドはあっさりと頷いた。
あたしたちには、もう、家族がいない。
お互い身一つで、だから結婚もあたしたち二人だけで決めることができる。
「今日ミモザの仕事終わったら、届、出しに行こうぜ」
「……そんな簡単に決めて、後悔しない?」
「後悔なら、ずっとしてた」
もう離さないと言わんばかりに、彼は繋いだ手に力を込める。
ちょっとだけ痛い。
「あの時、ミモザを手放したこと。もしまた手に入ったら、今度こそ逃さないって決めてたんだ」
図らずも、彼の重たい感情の一端を垣間見てしまった。
あたしも面倒臭い女だけど、アルフレッドもアルフレッドで色々考えてることがあるらしかった。
「……へへ、嬉しい」
実は教会は、住み込みでの労働が原則なのだ。
以前にアルフレッドと婚約していたことは侯爵家に住んでいたけど、その頃はあたしは貴族専用の、いわばフリーの聖女だった。
今は教会に所属してるので、本当は教会に住み込みで働かないといけない。ただ、所属していても外での生活が認められる場合がある。それが、結婚だ。夜の緊急の業務に対応できるように所在を明らかにしておくことを条件として、結婚の場合のみ、教会の外に住むことが許される。
「結婚指輪も、今度買いに行こうね」
考えてみたら、結婚って、友達よりもずっといい。
アルフレッドには友達がたくさんいるけれど、結婚は一人の人としかできないわけで。
外で誰と仲良くしてても、最終的にはあたしのところに帰ってきてくれるってことで。
──そっか、だからみんな結婚するんだ。
初めて実感として腑に落ちた。
アルフレッドとは、教会の少し手前で別れた。離れ難くて、──木陰で一度だけキスをした。
教会に戻ると、シェリルがぷんぷん怒りながら出迎えてくれた。
「朝帰りなんて、いいご身分ね!」
「うん。心配かけてごめんねぇ」
弱い自分なんて見せたくないから。何度考えてもあたしは、ヘラっと笑う。
「ジェシカ、死にかけてて。治癒魔法絞り出したら、身体が動かなくなっちゃってさぁ……警備隊の方から連絡あった?」
男の家に泊まったなんてことは、口が裂けても言えない。
ハンスさんからアルフレッド宅に泊まることまで報告がいってたらどうしようかと内心ドキドキしてたけど、そこには突っ込まれることなく、シェリルは頷いた。
「事情は聞いてるわ。次からは警備隊にお世話にならずに、真っ直ぐ教会に帰ってきなさい! 教会にはポーションだってあるんだから! 聖女たるもの──」
良かった、バレてない。
胸を撫で下ろしたのも束の間、くどくどと、シェリルのお説教が始まる。
いつもなら怒られたら、すぐに死にたくなってた。
きちんと寝て、お腹もいっぱいで、──こころも満たされているから。
いま、あたし、死にたくならない。
だからシェリルに向けて、いつもなら言わないような言葉が漏れた。
「……あたし、頑張ったんだよ。だからそんなに怒らないでほしい。悲しいよ」
普段は言わないようなあたしの言葉に驚いて、シェリルは虚を突かれたみたいな表情をして一瞬固まった。
それから気まずそうに視線を下げて、彷徨わせた。
「べ、別に怒ってなんかないわよ……ただ教育係を任された身と、して……」
それ以上言葉は続かなくて、しん、と空気が張り詰めた。
誰とでも付き合って、すぐ足を開くあたしの方が、この世界では異端なんだ。──それは学園を出てから、学んだこと。
学園では、誰もそんなこと教えてくれなかった。
……あたしはいつも、同性には嫌われてしまう。
どう振る舞えばいいか分かんなくて、さらに浮いたことして余計に嫌われて。
でも、シェリルはあたしのことを嫌いながらも、苦言を呈してくれる。
そこには素直に感謝している。
「……ジェシカの彼氏が言ってたんだけどね、あたしが治癒するから、ジェシカ殴られてたんだって」
「はぁ? どういうこと?」
「あたしのせいで暴力が悪化したんだって。いくら殴っても、綺麗に治るからって……」
シェリルと変な空気になりたくなくて、降りた沈黙を破ろうと無理やり話題を作った。
アルフレッドのおかげで元気にはなったけど、朝起きてからも何度も何度も思い出してしまっては、もやもやしていたから。
同じ聖女であるシェリルなら分かってくれるかも、という期待もあったのかもしれない。
「あんた、暴力男の言うことなんか間に受けて落ち込んでんの?!」
オパールの瞳を煌めかせながら、シェリルはまた怒り始めた。
「馬鹿ね、患者の事情なんかあんたに関係ないわよ! 聖女は教会に雇われて、教会の方針で治癒魔法使ってんの。あんたが治癒魔法拒否してたら大問題になってたわよ!」
語気は荒いけど、慰めてくれているようだった。
「……でもあたし、ジェシカが殴られてるの、気付いてた。もっと何かうまくしてたら……」
「あのねぇ! ジェシカのことはこの辺に住む人ならみんな知ってることよ。みんな心配してたけど何もできなかった。自分だけ気付いてた、なんて思い上がらないことね!」
……そっか、そうだよね。
あたしが気付くようなことは、他の人も気付いてる。
目から鱗だった。
そっか、あたし何も出来なかったって、むしろ悪化させてしまったって思ってたけど、……そっか。
シェリルの慰めが、ストンと胸に落ちた。
「シェリル、ありがと」
「……ふんッ」
耳を赤くして、シェリルは照れてることをあたしに悟られないようにそっぽを向く。
「あ、あと報告があるんだけど」
言いにくいことは後回しにするとさらに言いにくくなるので、そのままのテンションで言っちゃうことにした。
「あたし、しばらくしたら教会出るね。結婚するの!」
「は?」
──付き合ってすぐ結婚するなんて馬鹿言ってんじゃないとか、相手はちゃんとしたやつなのかとか、自分をもっと大切にしろとか。
散々シェリルにお説教されたのは、また別の話。
……と言うわけで、ミモザのお話は一区切りです。
色々もやもや悩む時は、お腹いっぱいにして、しっかり寝てからが良いですね。
次からまたメイベルのお話に戻ります!
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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