60.ゲームの世界への対策
「……というわけで、アルフレッドと結婚しました!」
久しぶりのミモザとのお茶会。
オパールの瞳をキラキラさせて、幸せそうにミモザは頬の横でピースサインを作った。
「そ、それは、おめでとう……?」
おめでとう、でいい、のかな?
若い患者さんに「いまホストと付き合ってるんだー!」と打ち明けられた時と同じような、複雑な感情……
心の底からおめでとうと言ってあげれなくて、微妙そうな表情の私に、ミモザはしゅんと頭を垂れた。
「すみません、ホントはアルフレッドの元婚約者のメイベル様に、しかもあたしが略奪した形だし、言うべきじゃないってわかってるんです。でも、あたし、朝陽さんくらいしかこういう話できなくて……!」
「いや、そこは気にしなくていいんだけど」
あいつ、まぁまぁなクソ野郎だったけど……
優里、本当にヨリ戻しちゃって良かったの?
「だ、大丈夫なの……? 色々と……」
すでに結婚までしているアルフレッドのことを批判しても、反発されるだけだろうし、曖昧に聞くのが精々だった。
だけど私の心配とは裏腹に、優里は穏やかに微笑んだ。
「はい。あいつ、平民の暮らしが性に合ってたみたいで……ターコイズ侯爵家にいた時は、貴族として、騎士団長の息子として、プレッシャーがすごかったって。──今は別人みたいに、あたしのこと大切にしてくれるんですよ」
……そう言えば卒業パーティーでそんなこと言っていたような。
私にとってアルフレッドはもう完全に過ぎ去った過去だし、朝陽としての記憶が蘇ってからは思い出すことすら稀だったけど……
彼には彼の人生がある。
私の知らないところで色々あって、頑張ったんだろう。
──良かった。
素直にそう思う。
なんとなく彼に対しては後味が悪い思いもあったから、……良い風に変われたなら、良かった。
「──じゃあ、やっとハッピーエンドだね」
学園時代のミモザの物語は、ハッピーエンドじゃなかった。婚約はしたけれど、ミモザは貴族社会に馴染めず、アルフレッドも廃嫡されて、──二人とも不幸になってしまった。
ゲーム終了後のボーナスステージで、やっと二人は幸せを掴んだんだろう。
私が優里に笑いかけると、優里は照れたように笑って、それから頭を振った。
「朝陽さん、結婚はハッピーエンドじゃないです! これから始まっていく──いわばスタートですよ!」
いい表情をしている。
優里が幸せなんだったら、それが一番だ。
──前世でも今世でも家族に恵まれなかった、愛に飢えていたこの女の子には、ただただ幸せでいてほしい。
「もしアルフレッドに何かされたら、私に言ってね! 今度こそ社会的にあいつを抹殺するから」
「朝陽さん、心配しすぎですって! アル、……あ、家ではあいつのことアルって呼んでるんですけど。アル、あたしのこと好きすぎて。仕事が早く終わったら職場まで迎えに来てくれるし、毎日寝る時、……あたしのこと、ギュってして離さないんです。どっかに消えちゃわないか心配なんですって。もぅ、恥ずかし! こういうの溺愛っていうんですよね?!」
盛大な惚気を食らってしまった。
はいはいと話半分に聞いていたけど、ふと優里の瞳の色に気が付いた。
まるで泣き出す直前のように、オパールの瞳は潤んでいて──
「……あたし、こんなに大事にされたこと、ない」
へへ、と眉尻を下げて照れ気味に笑う優里に、胸が締め付けられた。
ヒトに──誰かに大切にされる経験に欠けている子どもには、時々出会う。彼らは一様にヒト懐っこくて、でもヒトと関係を作っていくのが苦手で、求めているのに自分で壊してしまう。
どうか、優里が、今度こそアルフレッドと幸せな家庭を築けますように。
私には祈ることしかできない。
「あたしからの報告は以上です! それで、朝陽さんからもあたしに話があるって……?」
小首を傾げながら、優里は私を上目遣いにじっと見る。
そうだった、今日は私が優里に用事があって来てもらったのだ。
優里からの結婚の報告があまりにも衝撃で、吹き飛んでしまってた。
「そう、できれば優里──というか、聖女ミモザにお願いがあって……」
今日来てもらった、本題に入ることにする。
優里はご機嫌に、出している御茶請けのクッキーを美味しそうに口に入れている。
「お願いですか?」
「以前、ミリちゃん──私たちの他にも前世の記憶を持ってる子に出会った話はしたでしょう?」
「あぁ! バイクの単独事故で死んで生まれ変わったって……」
「そう、その子。ミリちゃんが言うには、この世界は色んなゲームや物語が混ざってて、ミリちゃんは『宝石色した七つの恋』というゲームの主人公な訳なんだけど」
「あたしがヒロインだった話が『虹かかる国の聖女』なんですよね。で、あたしの話は終わって、今はその『宝石色した七つの恋』のヒロインの子供時代……っぽいんですよね?」
「そう。その『宝石色した七つの恋』についてなんだけどね……」
さて、ここで攻略対象について整理しておこう。
まずはうちのレオくん。ヤンデレ枠で、ヒロインを監禁したりと放っておくと大変なことになってしまう。でもうちのレオくんは今のところいい子で育ってくれているし、ゲームのレオ=ラピスラズリとは別の人生を歩めてるんじゃないかと私は思ってる。
それからレオくんの幼稚園のお友達、ノア=アレキサンドライト。性別違和として自らの性別に葛藤を抱えるはずだったけど、うちの園で自認している性として振る舞えるように環境調整を行なっている。この子も、今の段階で対応すべきことはしている。
他の攻略対象たちには、私はまだ出会ってなくて、ミリちゃんから聞いた情報しかないのだけれど──
メインヒーローとして、王族のキース=ゴールド。彼は現王の弟──レオくんの生母であるローズ姫の兄──のご子息で、レオくんとは血縁関係で言えば従兄弟にあたる。
一言で言えば、王子様キャラだ。
誰にでも人当たり良く品行方正、いつも優しげな笑みを浮かべている紳士。でも彼には実は裏の顔があって、ヒロインがひょんなことからそれを知ってしまい……という本当によくあるストーリー。
作中では裏の顔のことを、二重人格と表現されている。けど医療者としては、その間違いを是正したい。
二重人格というのは、医療用語に直すと解離性同一性障害。
正直、私は1回も解離性同一性障害の患者さんを見たことがない。そういう患者さんが辿り着くのは精神科であり、私の勤めていた小児科だったから。
一人だけ、多重人格を訴えた患者さんがいたけれど、すごく演技的というか、……申し訳ないけれど完成度が低かった。その時は、解離性同一性障の診断はしなかったけど、患者の訴えを否定はせず、どうしてそういう症状を出す必要があったのかに注目して治療を進めて行った。
解離性同一性障害の定義としては交代人格が現れることだけど、キースは普段は猫をかぶって過ごしているだけで、別に交代人格が現れてるわけじゃない。なので、解離性同一性障害とは言えない。
……なんてツッコミはストーリーにまったく関係なくて!
要するに、キースは治療介入が必要なわけじゃなく、むしろ王族はちょっとくらい腹黒のほうが社交界を渡り合っていけそうで安心するし、彼は放っておいていいだろう。
他にも境界域の知的障害としか思えないような脳筋キャラだったり、反抗挑発症と診断をつけたくなるような不良キャラだったり、何人か気になる攻略対象の子はいるけれど、ダントツで気になるのは……
「攻略対象のうちの一人、ロバート。彼は貧民街──スラムの出身で、今はお母さんと二人で暮らしているの」
だけど、スラムで伝染病が流行し、彼の生活は一変する。
まずは母が病気に倒れ、しかし薬もなく、教会に行くお金もなく、母は帰らぬ人となってしまう。
孤児となったロバートは同じような身の上の子どもたちと徒党を組み、窃盗など悪事に手を染め──最終的には反社会的勢力に拾われ、暗殺者に仕立て上げられてしまう。そして、メインヒーローであるキース=ゴールド暗殺のためにロバートはオブシディアン子爵令息と偽り学園に送り込まれ、ヒロインと出会う。
「伝染病……が流行するんですか?」
クッキーを齧りつつ、優里は怖々と私の話を聞いてくれる。
「そうみたい。ゲームの中では彼の幼児期のエピソードとして軽くしか語られてなくて、詳細はわからないんだけど……」
ミリちゃんが今5歳。ロバートが彼女と同世代ということを考えると、おそらくは近いうちの出来事だろう。
リヴィには貧民街で近いうちに伝染病が発生するかもしれない可能性については伝えているし、国としては薬を多めに確保しておいてもらったり、貧民街に診療所を設置してもらったりはしたけれど……
それだけでは心許ない。
中世ヨーロッパで流行したペストは、ネズミが媒介したということで下水道の整備やネズミの駆除で対策が取れるけど、例えば天然痘だったり麻疹風疹だったり、インフルエンザだったり、未知のウイルスだったり、……公衆衛生だけではどうにもしがたい感染症の可能性もある。
「というわけで、聖女ミモザにはその伝染病流行を阻止して欲しいの」
「──は?」
ポロ、と優里の口からクッキーがこぼれた。
動揺した優里の手が当たって、ガチャンとカップが音を立てた。ちょっと中の紅茶がこぼれて手にかかったみたいで、あちち! と手を振って冷まそうとする。
「は、え、……あたしが?! そんな大それたことを?!」
「うん。初期対応が遅れて、爆発的に患者さんが増えるから伝染病が問題になるのよ。初期の、患者数が少ないうちに治してしまえたら問題にならないと思って」
「そ、それはそうかもですけど……」
「聖女の力は、感染症も治せるでしょ?」
「まぁそれはそうです……普通に風邪とかも治せるし」
「貧民街での患者の発生について、国から診療所に専門家を派遣してもらって見守っているの。もし患者発生の兆候があったら、ミモザに連絡させてもらうから、治療をお願いしてもいい?」
「それくらいなら、まぁ……あたしにも……」
えー、と額を掻き、自信なさそうにしながらも、最終的に優里は了承してくれた。
私はホッと胸を撫で下ろす。
ロバートが彼が暗殺者になることは阻止できても、反社会勢力がなくなるわけでなく……暗殺者として学園に送り込まれてくる存在は、もしかしたらただ他の人に変わるだけかもしれなくて。だけどもうそこまでいくと、個人にどうにかできる問題じゃない。あとは国レベルの問題だ。
伝染病の流行を食い止めることができたら、少なくともロバートのように親を失くす子どもは減らせるだろう。
とりあえず、ミリちゃんをヒロインとするゲームの──レオくんに関わるかもしれないゲームの、最低限のフラグは叩き折ったと思う。
あとは私に出来ることは、レオくんをヤンデレにならないようにしっかりと育てることだろう。
……その前に、まずは出産かな。
不安しか無いけれど……どうにかなるだろう。なるといいな。
元医療者として、優雅に産むぞ!
更新がものすごく久しぶりになってすみません。。。
新学期、めちゃくちゃ忙しくて…!!!
2週間に一回の更新を目指しつつ、まだしばらくは安定しないかもしれません……
気長にお付き合いいただければ幸いです……




