番外編:死にたがりの聖女6
「──ミモザ、お前いま相当酷い顔してんぞ」
むにゅ、と。
彼があたしの頬を、茶化すように掴む。
「魔力も体力ももう限界なんだろ? そんな頭で考えたって、訳わかんなくしかならねぇよ。──いっぺん寝ろ」
それから少しだけ声を潜めて、内緒話でもするみたいにあたしの耳元に唇を寄せた。
二人きりの部屋で、誰に訊かれるわけでもないのに。
耳介に息が当たって、くすぐったい。
「……一人で寝れるようにはなったのか?」
咄嗟に首を横に振る。とても驚いてしまって、弱々しい動きが精一杯だった。
「そんな事だろうと思った。最近寝れてないんだろ」
「……なんで、知ってるの」
あたし、誰かに伝えたことなんてないのに。
「そんなん見てれば分かるだろ。お前、どんだけ俺と喧嘩して険悪になっても、絶対俺のベッドに来てたし。一人で寝させたら次の日は目がウサギみたいに真っ赤だったし」
──この人は。
こんなにあたしの理解者でいてくれたのか。
そう、あの頃はまだお酒が飲める年でもなくて、貴族の婚約者してたら違法にアルコールなんで絶対に許されなくて。
仕方なく一人の夜は、眠れなくて、ずっと天井を見てた。
明けない夜はないけれど、長い長い夜が、怖かった。
「──ほら、寝るぞ」
「……いっしょに?」
「あぁ? 俺んちは布団一組しかねぇんだよ、俺に風邪引かせる気かよ」
きっとあたしが一人で眠れるようになっていたら、彼はあたしに一人で布団を使わせてくれた。そんな確信がある。
優しいのに照れ屋だから、ぶっきらぼうな言い方ばかりするけれど。
──こんな風にあたしが彼のことを理解し始めたのは、婚約破棄してからだ。彼はこんなにも、あたしのことを分かってくれてたのに。
あたしとアルフレッドに覆い被さった毛布はそのままに、毛布の中でひょいと抱き抱えられて、そのまま布団に連れて行かれた。
ごろんと二人で寝転がって、身体を伸ばす。
あたしの指先はもうだいぶあったまったけれど、アルフレッドはそれでもあたしを後ろからぎゅうと抱きしめる。
「……俺こそ、──ごめんな」
彼が耳元で、怖々と、懺悔でもするかのように囁いた。
その時の彼は、どんな表情をしてたんだろ。振り向こうとしたけれど、あたしを抱きしめる彼の腕がそれを許してくれず、表情を確認することは叶わなかった。
「あの頃の俺、クソだったわ。家出てから、めっちゃ実感した」
「なんでよ、謝るのはあたしの方で……」
「──いや、ちょっと黙って聞いて」
しみじみと、滔々と、苦い思い出を噛み締めるように彼は語る。
「メイベルを……婚約者を裏切ってまで、お前を選んだのに。そのくせメイベルと比べて、お前を大切にしなかった。──あぁクソッ、恥ずぃ、知らなかったんだよ、こんなに貴族と平民の生活に差があるなんて。侯爵家の花嫁教育、舐めてた。阿呆すぎるだろ、俺。お前は充分に頑張ってたよ」
ぎゅぅ、とあたしを抱きしめる腕に力がこもる。
あたしは腕の中で踠いて、ぐるりと身体の向きを変えて、アルフレッドに向き直る。
「やめてよ、アルフレッドに謝られたらあたし……」
「貴族の生活に馴染めないお前を、もっとちゃんとフォローすべきだった。お前が俺と別れたくなって、お前にメイベルとヨリ戻すように仕向けられて、──乗っちまった」
「……気付いてたの?」
「阿呆か、気付かないわけないだろ。お前の気持ちがもう俺にないことくらい、──いや、最初からお前、別に俺のこと好きじゃ無かったろ」
そんくらい分かってたよ、と。
寂しそうに彼は眉尻を下げた。
一瞬だけ否定の言葉が頭をもたげたけど、嘘はつきたくなくて、思い直した。
「……うん、ごめん。あたし、貴族なら、いい生活させてくれるなら誰でも良かった」
アルフレッドを少し観察したら、騎士道精神を拗らせて、親の仕事にコンプレックス持って、自分がいないとダメな女の子を求めてるってことはすぐに分かった。
だから落とすのは、いちばん簡単だった。
言葉にすればするほど、最悪すぎる。
「──でもあたし……今は違うよ。アルフレッドが特別」
貴族じゃなくても、お金がなくても、それでいいって言える。
ただ一緒にご飯食べて、だらだらと話して、それでいい。それがいい。
「アルフレッドはあたしの唯一の友達だよ。──ごめんね、大好き」
愛の告白をするのなんかよりも、心臓がドキドキした。
あたしにとって、身体さえ開けばいつでも手に入る男なんかよりも、友達ってのは重い。
──男と女の友情なんて存在しない。
実感として、あたしはそれを知ってる。
自分の言葉を否定する心の声に、ざらりと感情が粟立つ。
アルフレッドはもう、警備隊の中で上手くやっていて、あたしの他にも親しい人はいる。
あたしと友達でいるメリットなんて、とうにない。
……それこそ、身体くらいしか。
身体で繋ぎ止められるなら、それくらい別にいいのだけれど。
あたしは身体よりも効果的に、彼を繋ぎ止める方法を知っている。
「……だから、捨てないで、ひとりにしないで」
「捨てる?」
ふん、とアルフレッドは、あたしが何にも分かっていないとでも言うみたいに、呆れたように鼻を鳴らした。
「捨てるわけ、ないだろ」
予想通りの、あたしの期待通りの答えに、ほっと胸を撫で下ろす。
……ほらね。
アルフレッドは、自分に縋る女に弱いんだ。自分がいないと何もできないような。
あたしはそれを知ってて、彼に縋る。
ひどいなぁ、あたし。
ごめん、ごめんね。
どれだけ自己嫌悪に苛まれても。
こんな世界で、一人で生きていくくらいなら。
あたしは、いくらでも狡くなるよ。
ミモザの断罪だと思って書いてるので鬱々暗いパートが続いてます……
もうしばらくお付き合いください。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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