番外編:死にたがりの聖女5
アルフレッドの家は、荷物が少なくて片付いていた。
動こうとせずにしゃくりあげるだけのあたしに、アルフレッドは溜息を一つ吐いて、慣れた手つきであたしの服を脱がしていく。
するのかな。
別にどうでも良くて、ぼんやりと彼に身を任せる。だけど、彼は丁寧な手つきで、沸かしたお湯と清潔なタオルであたしの身体を拭いてくれた。
──おかあさん。
今世でも前世でも、こんな風にしてもらったことなんて、なかった。
びしょ濡れになったとしても、自分で自分を温める方法を探すしか無かった。
「ごめんな、俺んち風呂ないんだ」
申し訳なさそうに彼は呟く。
普通、平民の家にお風呂なんかない。お風呂なんて貴族の贅沢品だ。
でも元貴族の彼にとっては、お風呂が家にあるのが当然の感覚なんだろう。
あたしのせいで身持ちを崩した男。
罪悪感が胸に広がる。
優しくされたら、その分だけ、苦しい。
「……ど、して?」
自分が思ったらよりも舌足らずな、掠れた声だった。
「あ?」
「……どして、こんなに、優しくしてくれるの?」
アルフレッドが面倒くさそうに眉を顰める。
それから頭をガリガリと掻いて、気まずそうに視線をあたしから逸らして──
「──お前だって、同じこと俺にしてくれただろ」
「あたし、なにもしてない……」
「あぁ? 忘れてんじゃねぇよ」
あたしを拭いてくれるアルフレッドの手に、若干力がこもる。
いや、気まずがってるというよりはこれ、照れてるだけだ。
「……俺が教会に運び込まれた時、お前、俺を風呂に入れてくれただろ」
あぁ、そういえばそんなこともあったっけ。
随分長いことお風呂に入ってなさそうで、ボロボロで、くさくて、でも教会としては治癒が終わったら何もしてあげられる制度はないから。
あたし個人で、お風呂に入れた。
治癒魔法をかけた後だったから、ある程度アルフレッドは自分で動けたし、でも一人にするのが心配なくらいには衰弱してたから。
付き添って、介助したっけ。
服ももう着れないくらいに傷んでたから、教会で預かってる見習いの女の子にお小遣いを渡して、買って来てもらったんだった。
「なつかし……ふふっ」
あたし、あの時、怖かった。
ずっと心臓がバクバクして、アルフレッドを死なさないために必死だった。
今よりもずっと怖かったかもしれない。
──あたしのせいで、あたしの選択のせいで、取り返しのつかないことになってしまった。
今回とおんなじだ。
あたしは、ほんとうに、なんの進歩もない……
「俺の服で悪いけど、……ま、いいだろ」
乾いた服を着せてくれて、その上から毛布でぐるぐる巻きにされた。
それでも芯から冷え切った身体は、寒くて、震えが止まらない。
「……さむい、よぅ」
限界まで治癒魔法を搾り出したせいで、たぶん、自分を生かす力──体温を保つ力とか、筋肉を動かす力とか、そういうものが軒並み落ちてる。
最近はここまでなることは無かったけど、修行中はしばしばいまの状態になっていた。
あの頃はあたし、どうしてたんだっけ──
「俺だって寒ぃよ」
ぶつぶつと文句を言いながら、でも行動は全く真逆で。
あたしを包んでいた毛布を一旦剥いて、中に一緒に入って来てくれた。後ろからぎゅうっと抱きしめてくれる。
「ほら、俺の腹に手ェ入れていいぞ」
毛布の中でごそごそと、震えて動かしにくいあたしの手を、アルフレッドの服の下に誘導してくれる。
氷みたいに悴んだあたしの指に、アルフレッドのお腹は温かすぎて、ビリビリと痺れた。筋肉質な腹筋は、鍛え上げられて固くって、男の人だと感じた。
あたしの指の冷たさに驚いたんだろう、ぴく、とアルフレッドが僅かに反応したのが分かった。冷たいだろうに、彼は我慢して、澄ました顔をしている。
「……ごめんね」
そういえばあたし、彼に謝ったこと無かったな。
再会した時にはそれどころじゃなくて、その後もずるずるとタイミングを逃してしまって。
いったん落ち着いたはずの涙が、またポロポロと溢れてしまう。
「ごめん、ごめんねぇ……」
「なにが? ──もう泣くなよ」
困惑したみたいなアルフレッドの声音。
手の甲でゴシゴシと乱暴にあたしの頬をこすって、涙をぬぐっていく。
「……昔のこと。あたしのせいで、ターコイズ侯爵家の後継になれなかったこと。追い出されちゃったこと……」
「あぁ? お前のせいじゃねぇよ」
「だって、あたしがいなかったら……」
メイベル様と結婚してたでしょう?
言うべき言葉はそれ以上言えなくて、結局口をつぐんでしまった。
メイベル様──朝陽さん。
あたしと同じ、日本からの転生者。
婚約者を奪ったあたしを許してくれて、前世の知識を生かして皆のために働いてて、今は氷の公爵様と結婚して幸せに暮らしてる。
あたしとは、全然違う。
──死にたい。
あたし、ひとりぼっちで。
ひとりで立てなくて。
過去の婚約者に縋って。
──どうやって死ぬのが良いんだろ。
本当はたくさんお薬を飲んで、眠るように死にたい。
でもあたしは知ってる、眠るようになんて無理で、吐き気とめまいと頭痛と、苦しみながら吐瀉物撒き散らして死ぬことになるって。
パキッて高いところから跳ぶのが良い?
でも失敗したら地獄。トイレすら自分で行けなくなって、自殺すらもう自分でできない。
首吊り?
死んだ後の身体、顔が浮腫んでバケモノみたいになるって。尿や便も垂れ流しで、第一発見者のトラウマ製造機になってしまう。
手首を切って失血死?
無理。死ぬまでにどんだけ時間がかかるの。その間に弱いあたしは、きっと死ぬのを躊躇してしまうでしょう。
色々妄想しては、だけどいつも同じ結論に至る。
──どれも無理。
誰かが一緒にいてくれたら、踏み越えてしまえるかもしれない。
ねぇ誰か、一緒に死んでよ。
──でも、あたしのために一緒に死んでくれる人なんて、誰もいないって知ってる。
鬱々とした気持ちは涙になって、後から後から溢れてくる。
結局は自分のことばかり。
もう嫌だ、こんなあたし、辞めたい。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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