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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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番外編:死にたがりの聖女3



 タ、タタタッ、タタタタタタッ、


 雨が降り始めて、窓ガラスをノックする音が響く。

 湿度が上がってジメジメしてきてて、降るだろうなぁとは思ってたけど。


 今日も眠れなくて、死にたくなって。

 布団がダメなのかもしれない、と思い至って、床に寝転んでみた。

 行為はいつも、ベッドの上だったから。

 だから寝る前に思い出してしまうのかなって。


 ──でも床は硬くて冷たくて、ついでに汚くて、余計に惨めで、あ、無理だなってすぐに分かってベッドに戻った。布団に潜り込むと、柔らかくて、でもひんやりと冷たかった。

 布団の中で何度か寝返りをしても眠れず、また今日もお酒に逃げようかと身体を起こした、ちょうどその時だった。


「ミモザ、ミモザ、起きて!」


 シェリルがあたしの部屋に駆け込んできた。

 彼女はまだ聖女の制服を着てた。この時間まで治癒魔法の修行をしていたんだろう。そういえばあたしも、学園に入学するまでは、寝る間を惜しんで修行してたなぁ。


「──急患よ! 早く来て!」


 シェリルの叫び声に、あたしは聖女の証の白いローブを引っ掴み、部屋を飛び出した。

 部屋の外には、雨でびしょ濡れの警備隊員──たぶんアルフレッドの上司のハンスさんだと思う。以前骨折を癒したことがある──が待っていた。

 細い糸目、長めの黒い前髪は濡れそぼって額にひっついて、ポタポタと雫が滴っている。


「あの、患者さんは……」

「花屋のジェシカさんです。同居してる男性にひどく暴力を振るわれて──」

 

 ハンスさんの表情は厳しく強張っている。

 話を聞きながら、あたしは寝巻きの上に白いローブを羽織った。


「家から動かせないほどの重症で、生きてるのが不思議なくらいの状態です。夜分遅くに申し訳ありませんが、ご足労いただけばと……」

「──急ぎましょう!」


 彼の言葉を遮って、教会を飛び出した。

 治癒魔法は、あくまで治癒だ。

 死んじゃったひとを生き返らせる力はない。

 タイムリミットがある力なのだ。


「こっちです!」


 ハンスさんがあたしを先導して、ジェシカの家に案内してくれる。


 勢いを増した雨が打ち付けて、あっという間にずぶ濡れになった。寒い。

 バシャバシャと、水たまりも気にせずにただ走った。ブーツが水を吸って、中まで染みて気持ち悪い。

 白いローブはビシャビシャに雨を吸って、身体に重たく纏わりつく。


 心臓が頭の中にあるみたいに、ドクドクと激しく脈打つ。

 走ってるからだけじゃない。


「ジェシカは──ッ!」


 花屋の前には、騒ぎになっているようで近所のひとたちが集まっていた。

 走ってきたのが聖女だと分かると、群衆が割れて中にスムーズに中に入ることができた。


 ブーツを脱ぐ糸間も惜しみ、びしょ濡れのままで居住スペースに飛び込むと、血まみれの女の人が横たわっていた。


「……み、……ざ、……」


 息も絶え絶え、呼吸と共にカヒュ、と喉から湿っぽい音が漏れた。顔は腫れ上がって眼も開かず、手足は本来曲がらないはずの方向を向いている。

 ──圧倒的な暴力の痕跡。

 涙が出そうになるけど、意志の力で引っ込める。泣いてる場合じゃない。


「……た、す……ッ……」

「喋らないで、すぐ治癒するから!」


 手のひらをかざして、治癒魔法をかける。

 一度に全身を治すのは出来ないから、まずは脳のある頭からにすることにした。ジェシカの頭が光に包まれる。

 ──重い!

 力がどんどん吸われていく。

 これ、多分頭蓋骨も骨折してるし、脳も出血してるんじゃないかな……


 こんなん、あたしじゃなきゃ治せない。


 頭がくらくらして、意識が遠のきそうになるけど、それでもあたしは治癒魔法を放出し続ける。


 ……あたしには、これしかないから。

 治癒魔法がないあたしには、何の価値もないから。


「──どうせ治るだろうがぁッ!!」


 響いた男の怒号に、ジェシカが怯えて身体を震わせた。

 初めて、部屋の隅でジェシカから隔離されるように拘束されている男がいることに気がついた。

 

 治癒魔法を中断するわけにはいかない。

 手は動かさないように、視線だけ男に注意を向けると、擦れた雰囲気の男が簀巻きにされて取り押さえられていた。

 取り押さえている方の警備隊員に見覚えがあるな、と思ったら、空色の瞳と視線が合った。


 ──アルフレッド。


 彼も当然あたしに気付いてて、視線だけで頷いた。

 なるほど、現場に臨場した警備隊はアルフレッドとハンスさんの2人だったんだろう。

 ハンスさんがあたしを呼びに走っている間、ずっと男を取り押さえつつ、ジェシカを見守っていたのだろう。


「すぐ治るんだからよぉ、いくら殴ってもいいだろうが!!」

「ふざけた事言ってんじゃねぇ、黙ってろクソ野郎!!」


 男の恫喝に、アルフレッドも怒号を返す。

 元貴族とは思えない口調、もうすっかり警備隊に馴染んでるようだった。

 アルフレッドに一喝された男は、けれどもニヤニヤと笑って、今度はあたしにターゲットを移したようだった。


「よぅ聖女のねぇちゃん、オレのためにいつもジェシカを治してやってくれてありがとうなぁ?」


 ニチャァ、とした嫌な口元。黄ばんだ歯。

 そいつが何を言ってるのか、全く理解できなくて、一瞬きょとんとしてしまった。


「治れば無かった事になるもんなぁ? あんたが治してくれるから、オレは気持ち良くジェシカを殴れたよ」


 ──何言ってんのコイツ。


 は?

 あたしが治癒魔法をジェシカに使うから。

 治るから。

 そのせいでジェシカへの暴力は、加速してしまった?


 ──あたしのせい?


「聞くな、ミモザ! ……おい、ふざけんのもいい加減にしろや、勝手に囀ってんじゃねぇぞ!!!」

「おぉ怖い怖い、女の前でカッコつけようとしやがって。──ほら、聖女のねぇちゃん、早く治してくれよ! なかったことになるんだからなぁ、帳消しだ! そしたら早くオレを解放しろよ?」


 男は下卑た笑い声をあげる。

 意味わかんない。

 この凄まじいほどの暴力は、あたしがいなければ起きなかった?


 動揺で頭がぐわんぐわん回る。

 や、違う、力の使いすぎ?

 痛い。頭が痛い。

 ジェシカの痛みはこんなもんじゃなかっただろう。


 身体から、どんどん力が抜けていく。

 でも今治癒魔法を途絶えさせるわけにはいかない。

 死にたい。

 もう、死にたい。


 あたしが今死んだら、あたしの罪は帳消しになるのかな?




長くなりそうなので一旦区切りますが、続きはすぐにアップします!


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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