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推定悪役令嬢の自閉スペクトラム症育児〜異世界で児童精神サロン開きます!〜  作者: こん


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番外編:死にたがりの聖女2




 ──あたし、今だに身体を売った日々のこと、思い出す。


 もうあんまりにも遠い記憶になってしまって。しんどいことも怖いこともあったはずだけど、なんとなく風化してしまって、実感として残っていない。

 思い出すのは、いつも、キラキラとした薄ぼんやりとした郷愁のような断片だ。

 おじたちの顔はもう思い出せない。ただ、覆いかぶさってくる重さと、執拗にあたしに触れる指の感触。薄暗くした室内と、生臭いシーツ。──行為の後に痛くなかったかと確認する声や、優しく労わる手のひら。


 あぁ、死にたい。


 おじたちは優しかったけど、ほんとうのほんとうには優しくはなかった。

 あたしは、彼らの欲を発散するためだけの道具だった。

 でも、それでも──必要としてもらえた。その一瞬だけは、寂しくなかった。


 今と何が違うの? 

 あたし、聖女だけど。治癒魔法を使える聖女だけど。

 怪我とか病気を治す道具でしかない。

 必要とされているのは、魔法だけ。

 誰一人として、あたしを求めてるわけじゃない。本当のところ、誰だっていいんだ。


 あたし、あたし──

 ──ひとりでなんて生きていけない。

 そんなの、怖い。


 ずっと死にたいよ。

 だけど、ひとりで死ぬのはもっと嫌!

 誰か一緒に死んでくれないかなぁ。



「……ミモザ、おい、聞いてるか?」


 目の前の男の声で、ふと我に返る。

 思考の海に沈んでしまって、全く何の話も聞いていなかった。


「ごめん、アルフレッド。なんだっけ?」


 貴重なお休みの日。

 呼び出されて、あたしはカフェで元婚約者と向かい合っている。

 あんなにも手入れされていたこげ茶色の髪は、痛んでボサボサだ。その代わり、空色の瞳はなんとなく険が取れたような気がする。顔の作りがあっさりとしてるから着痩せして見えるけど、その服の下には鍛えあげられた筋肉が隠れてること、あたしは知っている。

 話を促すと、アルフレッドは得意げに膨らんだ革財布をあたしに披露した。


「俺、昨日が給料日だったんだ。だからさ、今日はここ奢ってやるぜ」

「──や、そういうのはいいんで。あたしより稼ぎの低い男に奢られるのはちょっと」


 あたしの元婚約者──アルフレッド=ターコイズ。いや、廃嫡されて市井に追放されたから、今はただのアルフレッドか。

 あたしと婚約破棄した後、あたしもよくは知らないけど、なんやかんやあったらしい。アルフレッドが語りたがらないし、めんどくさいから聞いてないけど。

 追放されたアルフレッドは、所詮は侯爵家の後継として甘やかされたボンボンだったわけで。市井でまともな生活なんかできるわけもなく、……行き倒れてるところを教会に運ばれてきたのだ。


 ──彼に関しては、あたしは責任を感じてる。


 あたしがいなかったら、彼は今頃メイベル様と結婚して、次期ターコイズ侯爵として平穏に暮らしていたことだろう。……彼がいま路頭に迷っているのは完全にあたしのせいだった。


 だから、当面の彼の生活の面倒をみることにした。罪滅ぼしだ。

 住むところ、食べるもの、着るもの、──それから仕事の世話をした。

 幸いにもあたしは聖女で、あたしに治癒された人は町中にいた。職安みたいなところ──ギルドっていうらしい──に付き添いで行くと、みんながこぞって親身になってくれた。アルフレッドは王立騎士団長の息子として、剣術にはかなり力を入れていたので、その腕を生かして町の警備隊に就職することになった。


「可愛くねぇなぁ! ……そんなんだから母様たちに気に入られなかったんだ……こんな女だったなんて、騙されたぜ……」


 ブツブツ小声で文句を言うアルフレッドを、ジロリとひと睨みすると大人しくなった。


「で、仕事はどうなの? 皆様と仲良くやってるの?」

「……良くしてもらってるよ。直属の上司のハンスさんがめちゃくちゃいい人で、昨日なんか──」


 話したくて仕方がなかったらしい。

 アルフレッドは嬉しそうに空色の瞳を細めて、職場の話をし始める。


 婚約者として過ごしていた頃の彼は、平民を馬鹿にしていたし、女のことも下に見てて、モラハラ野郎だった。だから心配していたんだけど、──彼が意外と真面目に働いていることは、実はすでに聞き及んでいた。あたしの顔で就職したようなものなので、あたしの耳にも彼の仕事ぶりが入ってくるのだ。


 追放されてからあたしと再会するまで、色々あったんだろう。


 あたしの隣では嫌なやつだったけど、アルフレッドは本来は乙女ゲーの攻略対象だ。根は悪いやつじゃない。彼の良いところを引き出すことができなかった、選択肢を間違え続けてしまった、あたしが悪かったんだろう。

 

「──で、お前は?」

「あたし?」

「おぅ。お前は、元気でやってるのかよ」


 ストレートに聞かれて、どう答えて良いか言葉に詰まった。

 え、元気だけど……


 答えようとして、アルフレッドがあたしの顎をつかんだ。

 ぐいっと顔を持ち上げられて、まじまじと近くから見つめられる。

 空色の瞳を縁取る焦げ茶色のまつげ。薄い唇は、カサついてる。


「な、なに?!」

「──顔色、悪くないか?」


 何度もキスもしたし、身体も重ねた。

 だけどこんな風に心配されるのは初めてで、心臓が跳ねた。

 それを悟られないように、あたしは表情を変えないように気をつけて、至って平静を装う。


「そ? あたし聖女だし、体調管理くらい自分でしてるけど」

「心配してやってんのに、マジで可愛くねぇ!!」


 掴んでいたあたしの顎をパッと離し、あっさりと彼はあたしを解放する。

 やめてよ、こんな。

 縋ってしまいそうになる。


「まぁ、なんだ。──俺にできることがあれば、言えよ」

「じゃあ──」


 一緒に死んでくれる?


 漏れそうになった仄暗い感情は飲み込んで、あたしはヘラッと笑う。  


「2軒目行こうよ! あたしお酒飲みたいんだよね!」

「……うら若い女が、酒だと……!」

「あんたねぇ、なに衝撃受けてんの? 女にだって飲みたいときくらいあるの! ひとりで飲んでたらすぐナンパされんのよ。護衛してよ護衛!」


 ひとりはいやだ。

 誰でも良いから、そばにいて。




ミモザのお話の続きです!

アルフレッドも、悪いやつじゃないんですよ……


貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。

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