番外編:死にたがりの聖女1
──あたしはいつだって、ほんの少しだけ、死にたい。
例えば仕事終わり。
布団に入って目を閉じると、色んな事が勝手に頭の中に浮かんでくる。
今日は花屋のジェシカが、治癒魔法のお礼にと言って、教会に花を持ってきてくれた。学がないあたしには花の名前なんてちっともわかんないけど、その濃い青紫色の花はキレイだった。
──死にたいな。
別に本当に死にたいわけじゃない。
ただなんとなく、ぽかっと、頭の中に浮かぶんだ。
死にたいなって。
強迫症状みたいに。
そしたらどんどん目が冴えて眠れなくて、さらに色んなことを考えてしまう。
前世でも、あたしはずっと死にたかった。
いつだって死んでも良かったし、だから自分を粗末に扱って、そんな生き方して、危ないこともたくさんして、──事実、死んじゃった。
だけど、あの生き方以外にあたし、生きれた?
もう一度繰り返しても、同じ道を選んでしまう確信がある。
誰からも大切にされなくて、自分を大切にする方法なんかわからなかったよ。
この世界に転生して、口減らしに殺されかけて、前世を思い出して。
日本に帰りたくて馬鹿して、色んな人に迷惑をかけた。
あぁ、どんどん死にたくなる。
辞めよう、楽しいことを考えなくちゃ。
──そうやって、いつも夜は眠れない。
お薬が欲しい。
ぐっすり眠るお薬。
何も考えなくて良くなるお薬。
あたしはゆっくり起き上がって、ベッドの下に隠してあったブランデーを取り出す。カップを出してくるのも億劫で、そのまま瓶に口をつけた。
きついアルコールの香りが喉を焼く。
この世界には、メジもブロンもないから。
──あたしは、アルコールがないと眠れない。
「ミモザ、起きて! 朝!」
カーテンが開けられて、まぶた越しにも光が揺れた。
夜はなかなか眠れないから、当然いつも朝は起きづらい。
「酒くっさ! あんたまた飲酒したでしょ! 聖女のくせに!」
同僚の聖女、シェリルが大声を出しながら布団を剥ぎ取った。
薄く目を開けると、目の前に茶色の短髪の女の子。あたしと同じ、オパールの瞳を釣り上げて怒っている。
「あたまいたい……」
「聖女のくせに馬鹿じゃないの、自分の体調くらい自分で面倒見なさいよ!」
シェリルは、あたしがこの教会に来る前からここにいる、言うなれば先輩聖女だ。教会の司教様方、あたしの面倒を見るようにと言いつけられて、しぶしぶ世話を焼いてくれている。申し訳ないなって思う。
「ごめん、シェリル……」
「ったく、早く着替えて朝食に行きなさいよ?! 今日ももうあんた目当ての患者が並んでるんだからね!」
「……朝ごはんいらなぁい」
「は? もう準備できてるんですけど? つべこべ言わずに食べに行け!」
怒られた。
シェリルはいつも、苛々してる。
ふらふらとあたしが身体を起こしたのを見届けて、シェリルは乱暴に扉をあけて出て行ってしまった。
もう一度布団に潜り込みたい気持ちを押さえ込んで、そのまま寝台から立ち上がる。
自分で自分に治癒魔法をかけると、二日酔いの頭痛は消えたけど、それでもポッカリとした倦怠感は身体中に残っている。
あぁ、行かなくちゃ。
今日もあたしを待ってくれてる人がいる。
仕事は楽しい。
やりがいがある。あたししかできない仕事ってのは気持ちがいい。
「ありがとうございます、ありがとうございます……っ!」
長年苦しんでいたらしい関節リウマチによる痛みを治癒すると、患者さんは泣いて喜んでくれた。
仕事中だけは、生きてていい気がする。
まだまだ治癒を待つ患者さんの列は長い。
水を飲む間もないくらい、患者さんを呼び入れては治癒魔法をかけていく。
「あれ、ジェシカ今日もまた来たの?」
「ん、……また転んじゃって」
昨日に引き続き、花屋のジェシカが来た。
──ジェシカは教会の常連だ。
今日は右目の周囲が腫れ上がってる。昨日は肋骨が折れていた。
あたしももうわかってるし、……わかってるだろうことをジェシカもわかってる。
「──もう別れたら?」
治癒魔法をかけると、ジェシカの顔が淡い光に包まれて、傷がじわじわと薄くなっていく。
治癒魔法をかける時間はそう長くない。待ってる人がたくさんいるので、一人にたくさんの時間はかけられない。だけど何度も何度も頻繁に来るので、少しずつ情報収集をして、今では少し踏み込んだ話ができるようになって来た。
ジェシカは困ったように眉尻を下げて、それでも首を振った。
「でもあいつ、私がいないとダメだから」
「……ジェシカは? ジェシカは別にそいつがいなくても生きてけるんじゃないの」
「私も、……やっぱり好きだから。離れられないんだよね」
ありがと、とジェシカは今日はオレンジ色の花を置いて帰っていった。
……ひとりでなんて生きていけない。
ジェシカの気持ちが分かるから、いつも強く言えない。
──疲れたなぁ……
治癒魔法って、生命力なのかもしれない。
なんか、使うたびに身体から何かが出ていくのがわかるもん。
あたしはきっと長生きしないだろうな。
昼ごはんを食べるいとまもなく仕事して、やっと今日の仕事が終わったのは、もう日も暮れてかなり経ってからだった。
お腹が減りすぎて、身体が重い。
つかれたなぁ、もうなんにもしたくないなぁ。
足を引きずるようにして食堂に行くと、みんなもう済ませた後みたいで、あたしの分だけが机に置かれたままになっていた。他の机を拭いていたシェリルが、あたしの気配に気づいて振り返る。
「ミモザ、遅い!」
「ごめんごめん、もしかして待っててくれたの?」
「当番だから仕方なくね。片付かないから早く食べちゃってよね!」
言われずともお腹がペコペコだったので、急いで席に着いた。食べながら、食堂の机の上に、オレンジ色の花が飾られているのに気がついた。
「あれ、もしかしてシェリルがお花生けてくれたの?」
「……あんたと違って暇だからね」
舌打ちされた。
──シェリルは、治癒魔法はあんまり上手じゃない。
あたしが教会に来た日から、聖女としての務めはほとんどあたしが奪ってしまった形になってしまった。
それをシェリルが不本意に思ってること、知ってる。
あたしはヘらりと笑ってやり過ごす。笑うのは得意なのだ。
「ごめん、あたしが食べた分は自分で洗っとくからさ! シェリルは部屋に戻ってていいよー」
──あたま、いたい。
でも自分で自分に治癒魔法をかけても、全然良くならないから、これは本物の痛みじゃないんだろう。
あたしの心の中からくる、蜃気楼みたいな痛みなんだろう。
バカみたいにヘラヘラ笑って、誰にも悟られないように笑って。
あぁ、死にたいなぁ。
ブックマーク100件をいただいたので、特別企画!
コツコツ構想してた、ミモザのお話です。
ちょっぴりカラーの違う暗めのお話ですが……受け入れられるでしょうか……ドキドキ……
次回は、ずっと出番がなかったあの人が登場します。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
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