59.吃音
「ルカ君は、うちのレオのひとつお兄さんで……今5歳でしたよね」
「ええ、先日5歳になったところです。……3歳くらいの頃からどもるようになって、良くなったり酷くなったりと波はあるのですが……」
ヘリオドール子爵夫人は片方の手のひらを頬に当てて、眉尻を下げている。
首をかしげると、耳元のイヤリングがキラキラと揺れた。
「どんな感じにどもりますか?」
「何か言葉を話し始めるとき、最初の音を繰り返すんです。『お、お、お母さま』という具合に……」
「最初の言葉を引き延ばして話す感じはありますか?」
「……! ええ、あります、さすがラピスラズリ公爵夫人、お見通しで……!」
驚いて目を見開くヘリオドール子爵夫人。大げさな褒め言葉に愛想笑いを浮かべながら、私は必要な情報収拾を進めていく。
「言葉が出てこないみたいに、詰まることはありますか?」
「いえ、そのような様子はあまり……」
「話すときに体に力が入ってしまうような様子は?」
「それもありませんわ」
どもり──正式には、吃音症という。
吃音にはタイプがあり、最初の音を繰り返す連発、最初の音を引き延ばす伸発、言葉がなかなか出てこなくて詰まる難発の3つがある。それに、言葉が出てこないときに飛び跳ねたり、体に力を入れたりする症状が随伴してくることもある。
ルカ君の場合は、連発と伸発のタイプと分類できる。
「お話いただいてありがとうございます。──そういう話し方を吃音と言うのですが、……実は吃音って、結構多いんですよ。具体的には、幼児の20人に一人くらいには出現します」
そう、吃音を呈するお子さんはまぁまぁいる。
急速に言語発達が伸びていくときに出現しやすい、と言われている。
「吃音が出る子は言語発達が良い、ようするに賢い子ってことなんですよ」
イメージ的には、しゃべりたい言葉がたくさんあるのに、口がついていかない感じかな……。だから言語発達に身体が追いついてきたら、自然と良くなってくるのだ。
……といっても、賢い子がみんな吃音を呈するわけじゃない。体質の要因が大きいと言われている。なので、親御さんに話を聞くと、実は親御さんも幼児期に吃音があったということがしばしばある。
よく勘違いして言われる、育て方の問題とか、ストレス──子どもの感情とは関係がないのだ。
「そのように言って頂いてありがたい限りですが──吃音はどうしたら良くなるのでしょうか。何か自宅でできるようなことは……特別な訓練などは……」
「──吃音は、ほとんどが自然に消えていきます。今の段階では特に何も必要ありません」
幼児期の吃音は、実はあまり気にしなくてもいい。
女の子の8割、男の子の6割が、小学校入学までに自然に症状が消失すると言われている。
「初等部に入学するまでに、少なくとも半数のお子さんは改善します。……が、成人の1%に吃音があると言われているのも現実です」
「大人になっても、症状が残る可能性もあるのですね……」
ヘリオドール子爵夫人は心配そうに眉を寄せた。
「改善するか、大人になるまで残ってしまうか、見極める方法はございませんの?」
「……残念ながら、観察していくしかありません」
私の言葉に、しゅん、とヘリオドール子爵夫人が俯いた。
その様子を見て、それまで黙っていた話を聞いていたアイオライト伯爵夫人が口を開いた。
「例えばゆっくり落ち着いて発音させたり、言い直しをさせたりしてトレーニングをするのはいかがですの?」
「いいえ、それは推奨されていません。──吃音は、治る子は治るし治らない子は治らない。トレーニングはしても効果がなく、嫌な思いをして自己肯定感を下げるだけなのです」
トレーニングとして注意され続けることで、吃音は悪いことという印象を持ってしまう。そうなると吃音が残った場合に、自分の話し方は悪い話し方だ、
悪いことを改善できない自分はダメな存在だ、と自己肯定感を下げてしまう。
……トレーニングというわけじゃないけど、吃音のあるお子さんでも、歌うときにはどもらない。なので、『家では家族全員ミュージカルみたいによく歌って話しています』ってケースがあったなぁ……。明るい愉快な家族だったなぁ……。家の外でもミュージカルしてたんかなぁ……。
「……では、どうしていけば良いのでしょうか? 様子を見るだけでは不安ですし、大人になっても残る可能性があるのであれば、今からできることを何かしたいです……」
「するべきは、安心してしゃべれる環境を作っていくことです」
話すのに時間がかかっても、待つこと。
本人が言いたいことを先取りしないこと。
それから、周囲からからかいが起こってないかどうかはアンテナを張っておくこと。子どもたちって無邪気に残酷だ。悪気はなくても、なんでそんな話し方になるのかとしつこく聞いたり、しゃべり方を真似したり……
「ルカ君ご本人は、気にしている様子はありますか?」
「……あります。どうして僕はこんな話し方になっちゃうの、と以前に……」
「そうでしたか」
本人が気にしているのであれば、吃音について本人にも説明してあげた方がいいだろう。体質の問題であり、あなたが悪いわけじゃないと言うことは、本人に知っておいてもらいたい。
「ぜひ今度、ルカ君とお話しさせてください。もしよろしかったら、私から吃音についてお話ししますよ」
私はそっと笑いかけてみるけれど、ヘリオドール子爵夫人は浮かない表情をしている。
画期的な解決方法があるわけじゃない、経過観察しかない。
……親ならモヤモヤするだろう。
治し方を聞きにきてくれたのに、治す方法はないと言われることは、しんどいだろう。
実は日本では、大人まで症状が残った吃音は、日常生活や就労に著しい支障がある場合、精神障害福祉手帳を取得する事ができる。
ようするに、治らないから、症状とうまく付き合っていくしかないから、国が援助して環境調整のお手伝いをしましょう、ということなんだけど。
この世界ではそんな制度があるわけじゃない。
だからこそ、寄り添えるところは寄り添っていきたい。
い、いつの間にかブックマークが100人を超えている……!!!
めちゃくちゃ嬉しいです!
少なくとも100人、更新を待ってくださっている方がいるわけで……!
わあぁぁ、う、嬉しすぎる……っ!!!
遅筆ですが、読んでくださる方々のおかげで細々とでも更新を続けるモチベーションをいただいております。
引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。
次回からちょっと趣向を変えてのお話をUPしようと思います。
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
感想や☆の評価をいただけると、励みになります!




