第2話 日常 新入社員との付き合い方
「新入りぃ!関節コネクターのパーツが違う!分かんねぇなら分かんねぇとちゃんと言え!」
まだ気温の高い昼下がり、倉庫からアルガスの怒号が響いている。
「ごめんなさい!」
アイーシャは2階の事務所から1階の倉庫を覗いてみると、アルガスの怒号に対してカルディエが悲鳴を上げるように謝罪しているのが見えた。
カルディエが来てから2週間。どうにもこの新入社員は熱意が空回りしている気がするが、今日はどうやら余ったパーツを使って整備の練習をしつつ使えるパーツの選定をしているようだ。
「アルガス、カルディエ、お疲れさま。飲み物を使ったから適度に休憩してね?」
泣きそうな顔をしながらパーツの解体を始めたシャルディエに少し気をつかいつつ声をかける。アルガスは整備士の性で大音量の中で作業することが多く、地声が大きいのだが慣れていなければこの大声怒っているものだと思ってしまうだろう。経験則上、今のアルガスは機嫌がいいわけではないだろうが、悪いわけでもない時の声だ。
「おぉ!アイーシャ嬢!カルディエ!休憩しとけ!倒れちゃしゃれにならん!」
カルディエがびくっとしながら恐る恐る振り返っている。傍から聞いていても、怒られて見捨てられているような気持ちになってしまっているのだろうと思う。
「カルディエ、アルガスは整備場にいるときの声はもの凄く大きいから慣れないと駄目よ?今回も叱りはしてるけど、怒ってるわけじゃないのよ?」
アイーシャもさすがに涙目で作業しているカルディエには気の毒になってしまい、フォロー入れておく。
「申し訳ないです・・・。」
ーまだ、傷ついてる・・・。
「ほら、アルガスもああ言っていることだし、休憩にしておいで。」
さすがにかわいそうになったので、若干強引にでも整備場から離すことに決めて、休憩を取らせる。
カルディエがとぼとぼと階段を上がっていく姿を見てちょっとアルガスを注意しようと咎めた。
「アルガス、あまり怒鳴ってはかわいそうよ?私たち離れてるからいいけど・・・。」
「いやぁ、アイーシャ嬢、すまねぇ。分かっちゃいたんだが、久しぶりでな・・・。整備中はつい声が大きくなっちまってな・・・。ニコは大丈夫だったもんだからつい・・・。」
申し訳なさそうに歯切れ悪く謝罪の言葉を出しながらアルガスが後頭部をかいている。実際、アステリズモの前身であるゾディアックの頃からアルガスの大声に怒鳴られている気になってしまってやめてしまった人たちもいるくらいだ。
ーでも、そう考えるとニコはよくやれてたわね・・・。いや、ニコは大丈夫か。
ちょっとした疑問を抱いたが、ニコだから大丈夫だったのだろうと自己完結しアルガスに笑いかける。
「それで、カルディエはどう?」
アルガスはにっと笑ってアイーシャに答える。
「整備に向いているかどうかってのはそいつがどれだけ一つ一つのことに興味を持ってなぜそうなるのか考えながらやって、それを覚えていかなきゃならん。そういう意味でも若さは一つの才能じゃな。それに・・・。」
アルガスはそこまで言った途端に急に表情を曇らせてしまった。
「アイーシャ嬢には悪い情報だが、カルディエのM,Aに乗りたいという熱意は本物じゃよ。何かあったと予想させるぐらいには、な。」
アルガスの言葉にアイーシャは眉をひそめた。M,Aははっきり言ってしまえばただの動く棺桶だ。パーツを簡略化させるために傭兵家業の使うM,Aに脱出装置なんて搭載されている方が珍しい。皆、そんなものを載せるくらいなら軽量化や装備を加えている。それこそ脱出装置をきちんと載せるために企業はスカベンジャータイプを採用しないとも言えるのだ。市場の買い手が脱出装備を載せていない人たちばかりだと販売する側も売り場に並べない。言い方は悪いが脱出装置を設けた分だけ勝率が下がってしまうのだ。
そんなものに社員を預かる身としては基本的に乗って欲しくは、ない。
「と、ごめんなさい、アルガス。経験を積ませるためにクルガンと組合の所に行ってこようと思うの。カルディエを借りても大丈夫?」
「アイーシャ嬢の頼みを断るなんてしねぇさ。よろしくたのんます。」
アルガスがにこやかな表情で了承してくれる。アイーシャはありがと、と礼を言って事務所の階段を上がっていく。ついでにニコにも声をかけたのだが、興味ないと断られてしまったのでしょうがないが、3人で組合へ向かうことになるのであった。
・・・-・・・
6人乗りの軍用のような装甲のしっかりとした車両が七番街の道をまばらに見える住宅を横目にひた走る。七番街は舗装が完全ではないため、高級住宅街のような街乗りの車両で走るには向いていない。
がたがたと振動に耐えながらクルガンの運転の元、後部座席にアイーシャとカルディエを乗せて、七番街中央区にある官公庁のエリアにある傭兵組合を目指して走る。
「話したくなければいいのだけど、カルディエって七番街の出身?」
アイーシャは車内で無言もどうかと思ったので軽い気持ちでカルディエに語りかけた。
「いや、俺は四番街出身なんだ。実はあまり七番街も詳しくないんだ。当時は両親と一緒のエリアで働くことが出来ていたんだけど、色々あってそこから五番街、七番街って転々としてきたんだよ。」
生活水準を落としていく生活は辛いだろう、と思う。そして、街区を落とされるほどの何かがあったということでもあるので、踏み込んで聞くにはためらわれた。
「そう。じゃあ、色々と不便に思うでしょうけど、住み慣れたら七番街も悪くないわよ?」
つとめて明るくアイーシャは声をかける。彼がどのようにして七番街に来ることになったのか分からないが、この街出身の自分からすれば気に入ってもらえれば嬉しい。
「そうか・・・。ありがとう。社長。」
カルディエはふと微笑んで答えてくれる。
「カルディエは少しは整備に慣れた?」
アイーシャが軽い気持ちで問いかけてみると、途端にカルディエはあからさまに落ち込んでしまった。
「申し訳ない。せっかく拾って貰ったのにまだまだだ。一生懸命覚えようとしているのだが怒鳴られてしまってばかりだ。」
―やっぱりアルガスったら、怖がらせてるんだから・・・。もう。
「あー・・・、えーと、あのね?アルガスは整備場に行くと癖で声が大きくなってしまうの。あまり、怒られていると思ってるとへこんじゃうわよ?」
アイーシャの励ましというかアルガスのフォローを聞いてカルディエは上目遣いでアイーシャを見る。
「でも、覚えられていなかったり、自分で考えて組んでみる練習をしていたのだが、的外ればかりで呆れられてしまったんだ。まだまだ頑張るしかないんだよな・・・。」
カルディエは自分の手のひらを眺めながら決意を込めた目をしながら呟いた。アイーシャはそんなカルディエの姿を見て何ともかける言葉を探しているとクルガンが口を開いた。
「カルディエさん。あなたはまだ、実際に整備を始めてから2週間もたっていないんですが、それでもパーツを組む機会をアルガスさんは与えてくれたとも言えます。端末や本で見ているより覚えやすいでしょう?」
クルガンは前を見ながら穏やかに話を続ける。
「整備というのはなかなか奥が深いものです。そもそもM,Aという兵器そのものが様々な企業が販売するパーツを組み合わせて作るものですから、同じ構成が少ない、整備の難しい代物なんです。整備士はそれこそ初めて見るパーツと出会うことがほとんどなのですから、感覚というものが非情に大事になってきます。だからこそ失敗できる環境でたくさん経験を積むことが必要なんですよ。」
クルガンもM,Aの整備について非情に優秀であるため、その言葉は非情に重い。
「今はたくさん失敗することです。ですからアルガスさんもあまりあなたが見たことのない部品を使ってM,Aに通じるような組立練習をさせているのですから。」
アステリズモの中ではクルガンの立ち位置はどうにもいじられる役であることが多い。そんなクルガンが優しく先輩としてアドバイスしている姿を見たアイーシャはニコニコと笑って運転席のクルガンを横からのぞき込んだ。
「ありがと、クルガンはいい先輩ね?」
アイーシャのからかうような、それでいて褒め言葉にクルガンは苦笑する。
「やめてくださいよ、その辺り段々とお父さんに似てきましたね。たちが悪いですよ。」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」
「あれ?社長?ぼく、褒めてないですよ-?」
アイーシャがふざけるとクルガンもとぼけた様子で言葉を返す。そんな姿を見てカルディエは声を上げて笑うのであった。




