第2話 日常 入社希望者
仕事を始めるとそれはいつも通りの時間となり、冗談を語り合いながら手元の書類を片付けていく。アイーシャにとっては予想通りであったのだが手紙もたまっており、やることがないわけではなかった。
ふと始まってしまえば、昼過ぎとなり、ヒマなファルフリードには昼食を買いに行って貰ったのだが、休業中と書いてある扉からドアをノックする音が聞こえてきた。
「はーい?え?えーと・・・。」
ケイティが応接しに扉を開けたところ、困惑した声を出しているのが聞こえてきた。
「どうしたの、ケイティ。」
アイーシャはケイティが困惑した声を出しているのを珍しいと思いながら玄関口に向かうと、そこには15歳ぐらいの若者が封筒を両手に持ちながら立っていた。
「社長に会わせて欲しい!」
「どうやら入社希望みたいなの。」
ケイティが困ったように顔に手を当ててため息をついていた。
「私が社長なのだけど・・・。」
「頼みがある!俺を雇ってくれ!何でもするから!」
アイーシャが顔を出すと、突然土下座をして入社したいと叫んできた。
来訪者をよく見ると栗色の髪に自分と同じくらいの身長のようだ。所々服はほつれ、顔も少しやつれているので恐らく食事もあまり食べることが出来なかったことが予想できる。
ーなんか、こういうの、懐かしいかもしれない。
昔はうちの会社に入りたいと言ってくる人は結構いたのだが、この前までは何も出来ない人間を置いておけるほど懐に余裕はなかった。しかし、父さんがこの会社を経営していたときはいつも手をさしのべる意味でも認めてたし、資金的な余裕もここ最近でできてきた。それなら、父さんを見習って、大体1ヶ月は様子を見て働かせることにしようかと思う。ゾディアックの頃からの伝統に従いアイーシャは来訪者に問いかけた。
「まず、名前を教えて貰っていい?」
「カルディエだ。」
ー名前からするとやっぱり男の子なのかしら?
「じゃあ、カルディエ、あなたは何が出来るの?」
「実はこれと言って何も、出来ないんだ。でも雑用でも何でもする!ここは身元不明でも働かせてくれると聞いたんだ!」
このカルディエが言っていることは間違いではないが、それはアステリズモのことではなく、父親が経営していたゾディアックのことである。昔の会社のことなのだが、どうやらそれに気づいていない。ケイティとクルガンに目を向けてみると驚いた顔をしているが、とくに反対のような表情はしていないようだ。
アイーシャは少し考えて、結局結論を出した。
「まぁ、いいわ。でも、給料も安いから期待されても困るからね。お金貯めたらやめるでも何でも好きにしていいわ。住むところあるの?」
「それが恥ずかしながら何もないんだ。本当に身一つなんだ。」
「それなら、近くのアパートを知り合いが経営しているから聞いてみるわ。ただ、あまり質は良くないから引っ越したかったら自分で探してね。」
「っ!何から何までありがとう!本当にありがとう!」
カルディエは頭を地にこすりつけて礼を言ってくる。あまり軽く決めるのはどうかと思うが、周りから反対の声も上がっていないし、父親はいつもこんな感じだった気がする。だからこれでいいのだと思う。
「それじゃ、とりあえず部屋に入って皆を紹介するわ。今、整備場に行っている従業員もいるから後で紹介もしたいし。」
・・・-・・・
ファルフリード達が帰ってきて昼食に合わせてカルディエに皆を紹介した。
「カルディエ、出生登録はUy62001412だ。色々あってホームの職業訓練から下ろされて行くところが無くてここに急遽伺わせて貰いました!よろしくお願いします!」
カルディエが元気に自己紹介する。出生登録していてもホームの命じたプログラム通りに働くことが出来なければどんどん街を下ろされて、最後は肉体労働ばかりとなってしまう。登録していないと衣食住の保証はないが、かといって登録されているからといって気を抜いていいわけではないと聞いている。
「皆の名前はさっき言ったわよね。これからよろしくね。年齢を聞いてもいい?」
「16歳です。」
「う、年上だった。」
声や背格好で年下だと思っていたニコがあからさまに落胆している。ニコの年齢は14歳だ。それ以下を雇うことはさすがに来るものは拒まずのうちの会社でも問題な気がするが・・・。
「残念ね。先輩風ふかしたかったの?」
「あまい、ケイティ姉。どちらにせよ吹かせることは決まってる。気持ちの問題。一応、先輩だから大丈夫。」
ケイティがからかうがニコが胸をはって答える姿にため息をつく。これはファルフリードの影響のような気がするのだが、良くないと思う。
「そういえば、もうニコが来てから大体半年なのね・・・。でも、さっきの振る舞いファルフリードにそっくりよ。」
アイーシャが困ったような顔でニコに諭すとニコは驚き物凄いへこんだ表情を始めた。
「それは良くない。気をつけなきゃ。」
「異議を申し立てるぞ-?」
ファルフリードの異議を無視し、真面目な顔でニコが考え込んだ姿を続けている。
「カルディエは何かここでやってみたいことある?大体事務とか整備とかばかり何だけど・・・。」
アイーシャは漫才を始めた2人を苦笑して流し、もう一度カルディエに向き直った。
「もし、出来るならM,Aを操縦したい。その技術を教えて欲しい。」
カルディエが何の気なしに申し出た言葉を聞いてアステリズモの空気が止まった。
「カルディエ、と言ったな。ハッキリと言う。うちに来たのならそれは駄目だ。」
ファルフリードが皆を代表して言ってくれた。M,Aに乗るということは命を投げ出すに等しい。どんな理由があってもうちの社員となるからには命を捨てるような選択肢は許さない。
「・・・でも、ここは戦闘員が足りないと聞いていて、それならと私は・・・。」
いきなり冷えた口調で否定されたことに驚いたのだろう、声が少し震えている。
「カルディエ、だめなの。うちはよほどの腕が無い限り、社員としてM,Aに乗りたいという要望は基本的に断っているわ。もし、それでも乗りたいのなら他を当たった方がいいほどに、ね。」
アイーシャは場の空気が重くなったことを感じて出来るだけ優しく諭すように伝える。どうやらカルディエはここまでにべもなく断られることを想像していなかったようで、戸惑っている。
「・・・どう、してですか?もし、乗るならどうしたらいいですか?」
あきらめ悪く、食い下がってくる。カルディエはどうやらよほどの理由があるのだろうが、命を預かる会社の人間としては断固として対応しなければならないと思う。
「カルディエさん。社長が駄目と言っているんです。諦めては?」
クルガンが穏やかな声で言ってくるが言っている内容はにべもない。
「で、でも・・・。」
正直、クルガンの笑顔の圧力の前で『でも』と言ってみせたことに驚きを感じるが、それはよほど志を持っているとも言えるだろうと思う。皆も表情までは変えていないが、カルディエにやる気があることは認めるようだ。だけど、教える技量もないし、教えるまでの線引きが難しいと思う。誰かいい考えを持ってないだろうかと見回すとファルフリードが静かに話し始めた。
「なら、当分は整備をやってもらおうか、戦闘員としては1人で機体を整備できるようにならんと話にならん。」
ファルフリードがカルディエが何かを言いたげにしているのを遮り、言葉をきる。アイーシャとしてもファルフリードの言葉は頷ける。動かすに当たって何も知らないで動かして壊す人間のなんと多いことかと思うのだ。少なくともファルフリードは1人で全てのパーツを最低限整備できる。
「M,A乗りは自らの機体を自分で調整できて一人前だ。どのパーツがどういう意味を持っているのか、どう動けばパーツに負荷がかかるのかを知らなければ損耗率がたかくなる。会社に所属するM,A乗りとしては未熟もいいところだ。・・・それでいいだろうか?」
ファルフリードが皆に問いかける。誰も異議を上げない様子をみると問題ないらしい。ただ、一つ言うことがある。
「そこまで決めたんなら、操縦技術教えるときはファルフリードがやるのよ?」
ケイティが皆の意思を代弁してぽそっとつぶやくとファルフリードの動きが止まった。
「そう、か。俺が、教えんのか・・・?」
「当然じゃろが、まぁ、整備は儂が教えてやるさ。だが、言った以上は責任とれよ。戦闘員?」
アルガスも涼しい顔をしてファルフリードに笑顔を向ける。ファルフリードはがっくりとうなだれて後頭部をかきながらつぶやいた。
「アルガスから合格あるまでは駄目だが、しょうがねぇ、妥協したのは俺だもんな。もし、合格したら教えてやる。だが、それまでは我慢しとけ。」
カルディエの様子を見ると話が目まぐるしく変わったことに困惑しつつ、首を縦に振るのであった。
「ま、正直助かるんじゃがの。整備は人手が本当に必要なんじゃ。取り敢えず、ケイティ、作業用の服を買っといてくれや。」
「了解。カルディエ頑張ってね。ま、でもその前にその身なりは何とかしなきゃね。クルガン!下のシャワーの場所を案内してあげて。まず体をきれいにしなきゃ、でしょ?あと、住む場所もね。私はひとまずの服とかを用意してくるから。」
ケイティは了承の意を示し、クルガンに指示をしながら立ち上がると、みなめいめいに立ち上がっていく。
正直、アステリズモとしては整備士の数が足りない今、安い人手が増えるのは実は助かる。倉庫にある遊んだパーツを片付けられるだろうから。
少々前途は多難であるが、ここにアステリズモの新入社員が生まれるのであった。
シャルディエが部屋をでて行くとアイーシャはケイティとアルガスを呼び出して声をかけた。
「2人とも、私、結局雇うことにしちゃったけど、それで良かったのかな?」
「どうしたの?今さら不安に?」
ー・・・不安と言われればそうなのかしら。今まではやらなきゃいけないことばかりだったから、必死で走ってきたようなものだけれども。そんな自分がいきなり憧れだからと他人を助けるようなマネをするのはどうなのかしら・・・。
アイーシャが考え込んでしまったのを見てアルガスが笑う。
「まだ、アイーシャ嬢も若い。社長としてどんな会社にしたいか考えていかなきゃならんな。考えるのはいいことじゃよ。」
アルガスには見透かされてしまっているのだろう。シャルディエを雇うとき、何か、こうしたいと思って雇ったのではないのだ。ただ、父さん達の作った社風を壊したくなかっただけだったからだ。
「憧れるのはいいことだけど、真似をするのは身の丈に合わせてやった方がいいってことよね。」
「そうよ。先代のバスカードさんは確かに来るものを拒まない人だったけど、裏切りに対しては絶対に許さなかったわ。アイーシャにそれが出来る?私が言うとしてもその程度よ。」
肩を落としてアイーシャが呟くとケイティが諭すように告げてきた。
「アイーシャ、でも忘れないで。私たちはあなたのことを第一に考えているわ。あなたがしたいことに対して全力でサポートすることが私たちの役目なの。あなたが先代のやっていたものに近づけたいなら全力でサポートするわ。」
ケイティは優しくほほえんでいる。でも、甘えすぎてもいられないと思う。何故ならもしカルディエがこちらに不利益になるようなことをするようであるならば私が非情な判断を下さなければならなくなるというのは至極当たり前のことなのだ。
「ありがとう。アルガス、ケイティ。私もまだまだね。なんかね、欲が出ちゃってたみたい。」
「ま、分かるわ。お金持って余裕が出るとそういうものよ。大丈夫よ、あの程度の子供がなにかしようとしたって私たちはその辺もフォローするから。だからこそ反対しなかったのだし。ちゃんと反対しなきゃいけないときは反対するわ。私も、当然、皆も、よ。」
「じゃの、痕跡が残らないようになんとかするなんぞ簡単じゃし。」
ー・・・アルガスが何か言ってるけど気にしないことにしよう。
「アイーシャ、でも正直人手が増えることは助かるわ。パーツの整理だとか何だとか人手が足りないのは確かなの。だから、みっちりしごかせてもらうわ。」
2人がにこやかにこちらにむけて語りかけてくるのを聞いてアイーシャは改めて安心し覚悟する。
皆がいれば例え私が間違ってもきちんと言ってくれるし大丈夫だと思う。だからこそ、皆の期待は裏切りたくない、私はこの会社の社長であるのだから。




