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紡ぎ続ける




 変わったことと変わらなかったことでいえば断然変わったことの方が多い。


 例えば私の癒しだった小人さんたちはあのままおじいちゃんの家に棲むことを選んだ。

 病院から帰ったおばあちゃんが心配だから残るっていってるって結から聞いた時には感動したけどやっぱり寂しかった。

 「遊びに来れば会えるじゃん」って面倒くさそうに結にあしらわれたけど、それでもあの愛らしい小人さんたちが傍にいないのは潤いが足りないというか。


 まあ白がいてくれるからまだいいんだけど。

 もふもふ万歳!


 今ではもっぱら白が私の癒しであり、支えでもあるその彼が。


 どうやら私にとって家族が弱みになるって天狗さまとのやり取りで気づいたらしく、職場にいる時とか長時間安全な場所から動かないって分かっている場合は私の傍を離れてお父さんの職場や結の学校、お母さんが家を出て買い物行く時とか様子を見に行っているみたい。


 本当にありがたくて頼りになる。


 まだまだ十分に意思疎通できていないので課題はあるけど、結を間に挟みつつこれからも一緒に頑張って行こうと思ってます。


 それから結は朔さんにご執心らしく一生懸命アタックをしているみたいなんだけど、連敗記録を日々更新していてとっても機嫌が悪い。

 やっぱり朔さんも自分が悪魔だってことが頭にあるだろうから簡単には落ちないと思うし、困難もたくさんあるからすごく心配なんだけど。

 先輩に指摘されるくらいシスコンの自覚がある私は口出さず見守るだけにしている。


 せっかく昔みたいに仲良くなれたのにまた嫌われたくないからね。

 うん。


 それから茜と露草。


 彼らからは連絡してくることも遊びに来てくれることも無くなった。

 あんなことがあったからって自分たちから接触する資格がないって思っているみたいなので私の方からコンパクトミラーを使って定期的にお話している。

 実際に会えないのはすごく寂しいけど、まだ呼びかければ応えてくれるので今はそれで我慢するしかない。

 いつかは前みたいに気兼ねなく会いに来てくれたらいいなと願うだけだ。


 天狗さまとの一件で妖との距離の取り方について一生懸命考えたけど、人同士でも距離感っていうのは違うので、これもまた妖さんたちと付き合いながら最適な密度を探っていきたい。

 私が死んだ後のことまでは予想はできても予知はできないので苦しいし簡単なことでもないんだけど。


 あと一番変わったのは多分宗明さんと宗春さん。


 宗明さんは良く笑うようになって、逆に宗春さんは笑わなくなった。

 二人とも人間らしくなったというか、素直に感情を出してくれるようになったから周りの人たちからも好意的に受け取られている。

 宗春さんの毒舌ぶりは相変わらずなのでそこはもう少し柔らかくいってもらえるようにお願いしたいところなんだけどね。

 隆宗さんとの旅から帰ってきたらまたちょっと変化があるかもしれないから楽しみにしておこう。


 そして私はというと。

 三月も終わろうとしている土曜日の昼下がり。


 桜の開花は始まったけどまだまだ寒くてストーブが点いている寺務所で私はお茶を持ってきてくれた真希子さんに書付けを開いて訴えた。


「真希子さん、なんでこんなに報酬が少ないんですか!?」


 電卓を押しのけてここを見てくださいって私が指さした部分をおっとりと覗き込みながら真希子さんは肩を竦める。


「うちは営利目的じゃないから依頼主さまのお気持ちで包んでもらうと、どうしてもそうなるのよね」

「そんな!」


 いくら営利目的じゃないっていっても命をかけて妖や悪霊を退治した対価がこれではあまりにも安すぎる。


 今までは宗春さんが千秋寺の事務をしていたんだけど、宗明さんと入れ代りで一カ月は戻ってこないので、その間滞るから大変だと聞き私でよければって引き受けた。


 千秋寺は宗教法人だから土木会社の一般事務とは勝手が違うのはもちろんだけど、一番の収入であるべき箇所の金額がそれはもう信じられない低さで頭が痛くなる。


 どうりで業者に頼らず修繕を自分たちの手で行うはずだ。


 屋根の瓦が白く罅割れ間から雑草がこんにちはしているのも、土塀や土壁がボロボロと崩れて落ちているのも、そりゃ仕方がないなって思えるくらいで。


「もう少しいただいても罰は当たらないんじゃないですか?」

「あら?そうかしら?」


 お盆を胸に寄せて目をくるりと回した真希子さんは右の人差し指を一本立てて今から大事なことをいいますよってアピールする。


「私利私欲に走って自分のためにその力を使えば、神さまや仏さまに与えてもらったありがたい力は瞬く間に失われ二度と戻ってはこない。だからね。こちらからは絶対に要求してはいけないの」


 まさかお金儲けにつかったら力が無くなるなんて思ってもいなかったからひえっと震えあがった。


 でもお金が無かったら千秋寺の人たちも人間だから生きていけないのに。


 そういうとよくできたもので、本当に苦しい時には誰彼ともなくお野菜やお米を持ってきてくれたり、災害なんかでお堂に被害が出た時には羽振りのいい依頼主が現れたりするんだって真希子さんが教えてくれた。


「人のために働いているとちゃんと人が助けてくれるのよ」


 良い言葉だなって感動していると隆宗さんの受け売りだけどっと真希子さんが最後にペロッと舌を出す。


「さすが隆宗さんですね」

「でしょう?最高の旦那さまよ」


 頬を赤く染めて笑う真希子さんが可愛くて私の心もほっこりする。


 真希子さんの愛しい旦那さまも宗春さんもそろそろ帰ってくる頃なんだろうけど今はどの辺りを歩いているのかな。


 そうそう。

 宗明さんが旅の間はずっと徒歩だったっていってたけど、それもきっと金銭面が問題のひとつでもあるに違いない。


 一応歩くのは修行の一環でもあるらしいんだけど。


「こんにちは」


 お茶を飲んでいると寺務所の入り口がガラリと開いた。

 真希子さんが「あら、多恵ちゃん」と嬉しそうに迎える。


「ご無沙汰してます。今日はご挨拶に来ました。ほらご挨拶!」

「あ、あの、初めまして」


 赤ちゃんを抱っこしている多恵さんが後ろの方に隠れている男の人を前へと押し出す。

 茶色の髪がクルクルと巻いていてなんだか日本人っぽくない顔立ちをしている。

 彼が話し始めた途端にふわっと緑の濃い香りがしてハッとなった。


「多恵さんの旦那さんですか?」

「そうよ。お蔭さまで無事に植樹が成功して今日から一緒に暮らせるようになったから」

「自慢しに来たの?優しくて素敵な人じゃない」

「そ、そんな。ぼく頼りなくて、多恵ちゃんに守ってもらってばかり」


 弱り切った顔でしゅんっとする多恵さんの旦那さんは真希子さんがいうようにとっても優しそうだ。


 実家に戻りたいと願う多恵さんのために商店街の妖さんと千秋寺が動いて天音さま主動の元、魂の宿っている木を龍神池の森に植樹する手はずを整え、更に戸籍を取る手続きを大きな声ではいえない方法で行った。


 商店街には先輩妖さんたちがいるし、多恵さんの実家のクリーニング屋さんを手伝うことで話がついているのでこれも問題ない。


 多恵さんは語り部としてこれからも商店街の人と妖との橋渡しを頑張るんだって張り切っている。


大樹だいきくんも随分と元気になりましたね」

「うん。離乳食も美味しそうに食べてくれるし、ハイハイもするようになった」

「よかった」


 前はぐったりしていたけど大きな目をくりくりとさせてにこにこ笑う赤ちゃんは順調に育っているのが目に見えて分かってそれだけで感動する。


 多恵さんも嬉しそうに成長の様子を話してくれて、旦那さんも傍で幸せそうに二人を見守っていて羨ましいなぁなんて思ったりなんかして。


「あれから商店街に歪みの影響は特に見られない?」

「思ってたより現実とのズレは少ないらしくて、大きな変化はないけどお客さんの数は減ってきてるなぁって感じです」


 真希子さんが心配しているのは長く止められていた時間が解放されたことによって商店街に反発がきていないかってこと。


 今は一か所で全部が揃って時間つぶしもできる大きな複合商業施設や大型量販店の人気に押されて、個人が経営するお店が集まっている商店街はお客さんが減っているのが普通なんだけど、あわい商店街は龍姫さまの力で生活も護られていたから客足が遠のくのは予想の範囲内。


 もっと最悪の場合の想定もしていたけど、どうやら天音さまの力がうまく緩和してくれているようで多恵さんの報告を聞いて真希子さんと一緒にほっと胸を撫で下ろした。


「逆にレトロな町並みと昔ながらの店や商品を売りにして町おこししようって話も出てるんだ」


 だから大丈夫!って多恵さんが大樹くんをあやしながら笑う。

 なんとも頼もしい母であり、語り部の姿を見ているとそう悲観することもないような気がする。


「頑張ってください」

「うん。あなたもね」

「はい」


 他にも挨拶に行くところがあるからって多恵さんたちは帰って行った。

 入口が閉まった後でひらりと薄桃色の一片が舞って事務机の上に落ちる。


「あ、桜の花びら」

「あらあら多恵ちゃんたちが春を運んで来てくれたのね」


 指先で摘まんで手のひらに乗せると真希子さんも覗き込んできて二人で顔を見合わせて笑っていると「楽しそうですね」って柔らかい笑顔で宗明さんがやってきた。


「桜の花びらです。綺麗でしょ?」

「ああ。そうですね。龍神池の桜が随分咲いたそうですよ」


 そうか。

 もしかしたらその花びらが多恵さんたちと一緒に挨拶に来てくれたのかもしれない。


「あら。それなら宗明と行って来たら?」

「行きたいですけど、まだ全然終わってないので」


 書付けを開いたままで止まってしまっている作業を見下ろしていると宗明さんが持っていたスマホを掲げて「宗春から連絡がありました」と教えてくれた。


「え?どんな?」

「もしかして」


 期待に満ちた瞳に頷いて応える宗明さん。


「いつ?」

「もうすぐそこまで帰ってきていると」

「紬ちゃん」

「真希子さん」


 行くわよって飛び出した真希子さんの後を追う。

 春の風が吹いて緑と土と花の香りを舞い上げる。

 日差しは柔らかく空気はちょっと冷たい。


 白が私の足元をすり抜けて青い空へ飛び込んだ。

 銀色の毛波がキラキラと輝いて眩しくて目を細める。


 どきどきと早まる鼓動と一緒に湧き上がる喜びに自然と笑顔が零れた。


 真希子さんの隆宗さんを呼ぶ声が弾む。


 山門を抜け開けた景色の向こう。

 細い細い階段を上り始めた二つの人影が見えた。


 手を振って叫ぶ。


「宗春さん!隆宗さん!お帰りなさい!」


 私はきっとずっとこうして。


 誰かを待ち。

 誰かと出会い。


 縁を繋げて紡ぎながら生きていくんだろう。


 人と不思議と一緒に。


 これからも。

 歩いて行きたい。


 最後まで。


途中で何度も更新を止めながらもここまでたどり着けたのは、共に歩み支えてくださった皆さまのお蔭です。

またどこかでお会いできることを祈りながら書き続けて行きたいと思っております。

長い物語を最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

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