終章 ③
『うるさい奴だな!』
面白いことに、リュイと、扉の前で待機していたアレクサンドラは同じ言葉を発した。
レイチェルに至っては、こめかみを押さえながらルクレチアのことを生温かく見守っている。しかし、当の本人はどこ吹く風だ。
「ナユタさん。どこか痛いところはありませんか?」
言葉遣いは違うものの、まるでアベルのように過保護となっている。
「私は大丈夫。それよりルクレチアは平気だった? はぐれてから色々あったけど」
「私は…………」
妙に長いだんまりがあってから、ルクレチアは意味ありげな笑顔でうなずいた。
「ええ。私は平気です。いたって元気ですよ。問題ありません」
問題があるようにしか思えなかった。……が。
「さて。行くぞ。お前たち」
「えっ、リュイ君?」
「俺は暇じゃないんだ。ガキはガキ同士で仲良くしてろ」
自分が誰より子供の外見をしているくせに、おかしなことを言う。けれど、リュイはさっさと、レイチェル、アレクサンドラと双子を引き連れて、医務室を出て行ってしまい、あっという間に、二人きりにされてしまった。
ルクレチアはナユタにとって、数少ない友達だ。リュイが気を利かせてくれたことは分かっている。でも、ナユタは彼女とよく似た青年も知っているのだ。
「ルクレチア、あのね。私、気になることがあるんだ」
「…………な、何……でしょう?」
ルクレチアが身を乗り出してきた。ただならぬ様子に、ナユタが緊張してしまう。
「あのさ」
「はい」
「ルクレチアに、その…………、双子のお兄さんとかいないかな? ルークって言う名前の?」
「……………………は?」
途端に、ルクレチアは両手で顔を覆い、天を仰いだ。
(何、何なの?)
その大仰の仕草に、一体、どういう意味があるのだろうか?
「…………うん。まあ、分かっていましたけどね。予定調和ですよ。ナユタさん。問題なしです。私は大丈夫です」
「はっ?」
これみよがしに溜息を吐くルクレチアに、ナユタは瞬きを繰り返す。
本当は、ルークがルクレチアではないかと、疑っていた。
リュイが子供姿に化けることが出来るのなら、男が女に成り済ますなんて、造作もないことだろう。
だが、ネアとリリスが分からなかったナユタだ。
すっかり自分の見る目に自信をなくしていた。だから鎌をかけてみたのだが……。
「もしかして、違ってた? 違ってたのなら、やっぱりルクレチアが……」
「……ナユタさんの体質は、治ったんですか?」
「誰から聞いたの?」
「私独自の情報網があるんですよ」
「……そ、そうなんだ」
そういえば、ルークもそんなことを言っていたような気がするが……。
「まあ、ネアが使った「神外しの儀」の薬で、一時治ってるだけかもしれないんだけどね」
「じゃあ、完全に神を外せなかったんだから、男性過敏症は治ってないってことですよね」
「……それもないと……思う」
「どういう意味ですか?」
「あそこまで激しい男性過敏症はないと思うんだ。私、体質の原因が分かったから」
過去のツキノワの女王たちだって上手につきあっていたのだ。
男性と深く接触することが無理だったのなら、その時また考えればいい話だ。
(私に、心の底から好きな人ができたのなら……?)
「どういう意味ですか?」
「えっ、いや……」
ルクレチアの情熱を含んだ眼差しが先日のルークの面差しと重なる。
緊張のあまり、そちらに目を向けられなくなってしまったのが、ナユタには謎だった。
「無理に女神を封印していたから、その反動で力も暴走したんだって分かったんだ。女神が体内にいても、私がしっかりしていれば、男の人に触れた程度だったら、発作は起きないと思うんだ」
「じゃあ、私が触れても大丈夫だと?」
「だって、ルクレチアは、女の子じゃない?」
問いかけてから、ナユタはゆっくり顔を上げた。
ルクレチアは薄い笑みを浮かべている。
「…………暗示は解けないんですかね?」
「何の話?」
「まだ分からないんですか? じゃあ、いいです。私から貴方に触れますから」
「はっ?」
何がなんだか分からない。でも、本当はずっと分かっていたような気がする。
―――ルクレチアはルークなのだと。
この心臓の高鳴りも、頬が紅潮するのも、やっぱりサムエルとは違うのだ。
嬉しいような怖いような、高揚感の正体をナユタは知っているはずだった。
(好きな人……か)
まだこの気持ちはふわふわしていて、はっきりとした輪郭はみえてこない。
でも、そのナユタの曖昧な心を導くように、ルクレチアの手がゆっくりとナユタの頬に伸びてから滑るように頤に触れた。
……その顔は、すでに女の子のものではない。
長いような短いような、怖いようでいて甘い時間が、落ち着かない静けさと一緒に流れている。
ナユタはまだ知らない。
この時すでに、獰猛な女装の兄がルクレチアの背後に迫っていることを。
ルクレチアの麗しい顔が徐々に近づいてくるのを直視できずに、瞳を固く閉じることに必死となっていた。
【了】
ただ……、ちょっとオカマの胸を飛ばしたい。その一行のために書いた話でした。
最初、学園モノの話を書いてみたいと思って、それから超能力、魔法は使い古されているけれど、それこそが書いてみたいと。
……じゃあ、更に特色をださなければ。
そして、思い至ったのは、全員オカマの学校でした。
オカマのツケ爪が飛び、オカマの胸が飛ぶ。
プロットなんて、お構いなしにずるずると書いてました。
そして、念願のオカマの胸を飛ばしてから、ようやく気がついたのです。
……こんなんじゃだめなのだと。
エンディング近くなってきてから、試行錯誤して、でも、この話ギャグなのかシリアスなのか、何なのか? 分からないという感じです。
反省点ばかりが思い浮かびます。
もし今度があるのなら、学園青春モノをキラキラ書きたいと願うばかりです。
もっとも、この程度の筆力でちゃんちゃらおかしいのですが。
涙が出てきました。
もし、こんなところまでお付き合いして下さった方がいらしたら、すいませんでした。お目汚しを大変失礼いたしました。




