第9話
ザガンから軽く話は聞いてはいたが、まさかこんな時にこんな場所で売られているとは思ってなかったのでちょっと驚いた。
「ん、如何した?ユージ殿は奴隷に興味があるのか?はっ!……まぁ、確かに奴隷で性欲を処理する輩も多いので私が口出しする事ではないか。」
ニアは俺が呟いた横で何か1人でブツブツ呟きだしたと思ったら急にジト目で睨んできた。
「ん?どしたん?」
「い、いや何でも無い。」
……一体、何なんだ?
どう見ても何でも無い様な目つきでは無いのだが、其れをポリポリと頬を掻いて流す。
「それで、奴隷ってどんな人達が買ってんの?やっぱ貴族様とか?」
「……ユージ殿の国には奴隷は居ないのか?」
「へ?いや、まぁ昔は居たらしいんだけど、産まれる前の時代の話だから。」
開拓時代には黒人が奴隷だったって授業でも習ったし、嘘では無い。うん。
「そうか…良い国だったのだな。」
そう呟くニアの視線が和らいでいくのを見ながら、でも人種や性別差別は今だに真っ盛りですけどね、と内心で謝っておく。
「なら簡単に説明しよう。まず奴隷になる者の大半がみなし子や捨て子。辺境の村の口減らしといった子供だが、中には犯罪者、莫大な負債を抱えた者なども稀にいる。」
「え?みなし子とか捨て子って、孤児院とか無いの?」
「………そういった施設もあるが、一定年齢までに里親が見つからない時は売られて行くのが実情だ。」
ーーつまり…養える収入を上回る程、孤児が集まったら孤児院自体が他の子の為にも口減らしって事か…。
ーー何ともしょっぺぇ話だな~。
「そして奴隷は大きく麗奴・性奴・農奴・家政奴・戦闘奴の五つに分類される。麗奴は見た目や声などに価値が付いた愛玩用。性奴は言葉通り夜伽用だが飼主の趣向に合わせ肉体改造をされる物もあるらしい。農奴と家政奴も言葉通りだが此方は大地主や豪商などが飼う事が多い。それと最後に戦闘奴だが、これは私達の様な冒険者が飼主になる事の多い消耗奴だ。」
「消耗奴?」
「あぁ、戦闘奴は他の奴隷と大きく異なる理由は二つ。値段が一番安いという事と、大半が元犯罪者だという事だ。その為、休憩時の見張りや大国の方では迷宮を進む際に斥候など危険な仕事を強いる事が多く、その結果消耗品扱いされるに至るのだ。」
「………。」
「いずれにしても一度奴隷になれば最低限の衣食住さえ保障すれば後の人権は破棄され、残りの半生を物扱いされ過ごす事になる。」
ニアは話の途中で何度か下唇を噛み、若干苛立ったような顔をしながらも説明を続けてくれた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!確かに『物』扱いってのは聞いてたけど、なんで人権が破棄されるんだ?」
ニアは俺の言葉に驚いていたが、国が決めた奴隷制度がそうなっているからだと弱々しく呟いた。
ーーいや、それって何かおかしくないか?
ーー自分から聞いててなんだけど、無性に腹がたってきたぞ。
「ま、まぁ、奴隷商以外にも魔道具屋や珍しい飲酒を取り扱う露店も来てるから見物して損はないし、ついさっきザガンも見掛けからまだ近くに居ると思うぞ。」
イラつく俺に気付いたのか、無理に明るく振舞うニアの言葉に無理矢理怒りを抑え込み深く息を吐く。
「ん…じゃあ俺もちょっと一回りしてきてみるよ。で、ニアは休憩とか無いのか?」
「ん?一応、鐘一つで昼休憩となっているが、それがどうかしたのか?」
「いや、色々と御礼も兼ねて俺が奢るから昼飯でも一緒にどうかなーと思ってさ。」
「ふ、ふふっ、二人だけでか?」
「え?うん。キース達も見当たらないし…休憩は何か予定入ってた?」
「い、いや予定はないが…う、うん、よし!行こう!」
「了解!んじゃ、ぶらっと回りながら時間を潰してくるから、また後でなっ!」
「あぁ、わかった。」
ーー何かキョドったり赤くなったりしてるけど…ニア体調でも悪いのか?あっ!もしかして慣れない大金警護で緊張してるとか?
見送り後ろ姿に苦笑を浮かべながら踵を返すと、ぶらっと時計回りに手近な露店から覗いて行ってみる。
まず一店目は……武器屋か。
ーー派手な剣やら戦斧、槍等々…現物を目にするとやっぱファンタジー感に胸躍るなぁ。
ーーよしっ!ここは今後の参考の為にも、是非ともしっかりと形状とか覚えておこう!
折角の祭りなんだしと、気持ちも切り替え早速テントの中に入り色々と手に取って軽く振ってみたり重さを確認したり、形状を記憶に焼き付けようとじっくり見つめたりと店内中をウロウロしたが店主はジロリと一瞥してきただけで、冷やかしだとでも思ってるのか声もかけてこようとしなかった。
ーーこの店、商売する気あんのか?
そんな事を思いつつじっくり堪能したら、他の冒険者達もチラホラ集まりだしたので、結局何も買わずにさっさと店をでる。
ーー隣は…と、ん?何だこの懐かしい匂いは……ってこれ、ドーナツじゃん!
正確にはチュロスに似た長細い棒状の揚げ物に砂糖をまぶしてるだけの代物だったが、こっちでは珍しいのか、若い男女が列を成して買いまくってる。
ーーで、隣は道具屋かぁ。
店先に並べられたランタンやら太さの違うロープや鎖ぐらいは、見知った物と大差なかったからすぐ判ったが、奥の棚に並べられた品々は正直どう使うのかもサッパリ判らん。が、其処がこの店のウリらしく、よく見ると人混みに紛れでザガンが何かを手にしながらでウンウン唸ってた。
ーー何か集中してんな〜。
ザガンの後ろ姿を感心半分、呆れ半分で横目に見ながら足を進めると誰かとぶつかった。
「あ、すいませ…って、何だよこの人集り?一体、何屋だよ?」
まるで囲いのように十重二十重に集まった人集りの1人にぶつかったらしいが、相手も意に介してなかったらしく振り向きもしない。
此処だけは場所をかなり取っているらしく人垣が10m程出来てるせいで何屋かも判らず、興味本位でもみくちゃになりながら前に出て行ったら……入口らしき所に首輪と鎖に繋がれた女性が二人虚ろな目で立っていた。
ーー・・・よし、ここはスルー!
一目で奴隷商だと判ったんで回れ右して出てきた隙間に無理矢理戻ろうと一歩踏み出すたところで、不意に後ろから声をかけられた。
「そこの黒装束の旦那さん。ちょっと、ちょっと。」
それを無視すると今度は背中を軽く叩かれ嫌々振り返る。
「旦那さん、旦那さん、奴隷に興味はございませんか?」
「無い!」
即答!
「そうおっしゃらずに。一目見るだけてもどうですか?ひへへっ」
「だから、無いっつてんだろ?それに俺は只の冒険者だぜ?そんな奴に奴隷を買う余裕なんてあるようにみえるのか?」
ピシャリと言い切って話を終わらせようとする俺を見て話しかけてきた小男は、下卑た笑い顔に貼り付け揉み手しながら更に近付いてきた。
「ひへへっ、今朝こちらのギルドに寄らせて頂いた折に聞いた話なんですけどね数年振りに彩龍を狩った人が現れたとか……しかも一人で。」
俺だけに聞こえるか聞こえないかの小声で話しかけながら更にニヤニヤしてくる小男。
「その御人ってのが、全身黒ずくめな奇妙な衣装に黒髪黒瞳だったそうなんですが、旦那さんにそっくりでしょ?ひへへっ」
どうやらギルドで冷やかしてきた三人組を見返そうと、ワザと口止めし忘れたのが思いっきり裏目にでたらしい。
だが、男の笑い顔が気にくわないので無言を貫く。
「ひへへっ、今日のところはご挨拶迄に祭りが終わる来週までとびきりの上玉を残してお待ちしておりますので、何時でも気が変わりましたら是非この『ロジャース』めにお声をかけて下さいませ。」
自分の言いたい事だけ言うとさっさとテントに戻る小男を無言のまま見送り人集りを抜ける。
辺りの賑やかな雰囲気が、一瞬にして雑音に変わるくらいムカムカとして気分が悪い………。
その後は何もする気になれず、傍にあったベンチに腰掛け深呼吸を何度も繰り返し少し落ち着いたところで空を眺めながら時間を潰してると、鐘が一つ鳴るのを耳にしてフラフラとニアの所へと歩いていった。
「ユージ殿、ちょうど良かった。今探しに行こうとしていたところだ!」
「おー、ちょうど良かったー。ニアは昼飯は何が食べたいんだ?」
「そうだな、せっかくの祭なんだし普段と違う珍しい物でも探してみようかと思っていたんだが、何か良い店があったのか?」
「あぁ、っていうか俺の郷土料理に似たのが売ってる店は見つけたんだが。」
「ほぅ、ユージ殿の郷土料理か。それは是非とも味わってみたいものだな。」
「い、いや、作り方が似てるだけで味は別物かも知れないぞ?」
「それも祭の一興だ。」
ニアがかなり興味を持ったらしいので自分が買いに行く間に2人で食べれる場所の確保を頼み、チュロスを数本と見た事も無い果物の果汁を買い足早に戻る。
「お待たせ〜。」
ニアと別れた場所まで戻り辺りを見回すとさっきまで座っていた公園のベンチから手を振る姿を見付け、二人並んで腰掛けた。
「ほほう、この揚げパンは少し固いが甘くてなかなか美味しいなっ!」
「いや、この歯応えあっての食感だから。」
「なるほど、わざと固めに揚げているのか。」
俺自身、1人だと食べる機会も少なかった事もあり、随分前に食べた記憶と照らし合わせながらの感想だったが、確かに言われてみると少し固い気がする。
ーーまぁ、それでも懐かしい事には変わり無いか。
ニアは初めて口にするチュロスが気に入ったようで、早くも2本目を手にする姿を微笑ましく見つめながら、さっき目にした虚ろな奴隷達の表情がフラッシュバックで蘇り食欲が失せていった。
「どうした、ユージ殿は食べないのか?それにさっきから何処と無く憂鬱な表情をしている様に見えるが、何かあったのか?」
「は、ははっ。ニアには敵わね〜な〜。……実はさっき奴隷商を興味本位で覗いちまってさ。」
俺のうだうだと考えていた悩みなどあっさり見抜いたニアに自嘲気味な笑みを返し、さっきの奴隷商でのやりとりを簡単に話しだし、ついでとばかりに昨日してきた狩りの話を少し真実を隠しながら説明すると、何故かそっちの話の方が身を乗り出す勢いで喰いついてきた。
ーーやっぱニア的にはその手の話の方が興味あるのか。
内心苦笑しながらもそれで手にした金を目当てにされた事や、最終日まで俺を待つと言われた事まで話すとニアは無言で俺を見つめてきた。
「それで?ユージ殿はどうしたいのだ?」
「それでって言われても……そりゃあ人を物扱いする連中と同じにはなりたくないから、無視するつもりだけど。」
「なるほど。では、ユージ殿が買うであろうと残された奴隷は他所に売られ死んで行くかも知れないな。」
「ちょ、それは、俺のせいじゃ無いだろっ。」
「だが、真実だ。奴隷の一生とはその主人で決まると言っても過言では無い!
それに元はと言えばユージ殿がそんな些細な事に拘らず、ちゃんと口止めしていれば今こうして悩む原因には成らなったのでは無いか?」
「う、ぐっ……。」
ニアの言葉は胸に矢の如く突き刺さってくる。
「例えば一人だけでも、ユージ殿は救える命を自分から見捨てるのか?救えるだけの力を持っているというのに。」
「見捨てるわけじゃねー!それに俺は他の連中とは違うっ!」
つい声を荒げた俺に辺りから視線が集中したする。
そんな状態を気にするでもなく手の甲にそっと自分の手を乗せ、真っ直ぐに向き合ったニアが尚も続ける。
「……なら、買えばよい。貴族の様に道楽や地主の様に肉体労働を強いると言うのであれば私も許せないが、ユージ殿の思い描く扱いでその者達を助ければ良いのではないか?」
………それが真に奴隷をもつ者の心構えだと言わんばかりに、ニアが真っ直ぐ俺を見据える。
『人』を『物』として扱う事
それが奴隷ーーそれがこの世界での常識
幾つもの考えが目まぐるしく頭の中を逡巡し、知恵熱が出たみたいに頭が痛くなってきた。
それでも答えを出さないとーーその思いだけで自分なりの結論が出ると俺は発破をかけてくれたニアに感謝の気持ちを込めて思いっきり抱きしめた。
「ごめん、それと…ありがとな。」
抱きついたままで感謝の気持ちを口にし、改めて向き合うと突然の事にニアは驚いて固まってた。
それからやや時間を置いて硬直が解け我に返ったニアから奴隷を買うなら宿には住めないと言われ、家を探す必要もある事や不動産なら以前に依頼を受けた事のある『ハンソン商会』ってとこに行ってみてはどうかと勧められた。