第10話
そうと決めれば善は急げだっ!とばかりにニアの昼休憩が済んだら不動産に行く事にした。
だけどこの街に来てまだ日の浅い俺が口頭だけの説明でそんな商店に辿り着けるとも思えず、さっき道具屋で見かけたザガンに案内を頼もうと考えニアと別れてから急いで戻ってみると……最初にいた場所から微動だにしていなかった。
ーー良かった〜。けど、ずっとああしてたのか?
よくよく見てみると場所こそさっきと変わらなかったが、商品を片手に店員と熱心に話してる姿を見て、どれだけ熱心なんだよと呆れつつ肩を叩く。
「あー、ザガン、ちょっとだけ良いか?」
「ん~なんじゃ、おぉ!ユージも来ておったのか?」
「うん。マスターに聞いて…って、それよりちょっと行きたい場所があるんだけど案内頼め無いかな〜?」
「はぁ〜、なんじゃ?ユージも何か買うつもりなのか?」
「う〜ん、多分そうなる、かな。」
「はっはっはー!何じゃ、そういう事なら値引き交渉は任せておけ!」
どうやら熱心に話してたのは値引きの交渉だったらしく、ザガンから解放された店員は安堵した様な表情を浮かべ、そそくさと奥に逃げ込んで行った。
それを横目でみながらさっきニアに教えてもらった商会の名前を出すと急にザガンは押し黙ってしまった。
「どうかしたのか?」
「んー、ユージの頼みを無下にはしたく無いんじゃがなぁ。ワシもその商会の場所は知らんのじゃ。」
……って事で、ザガンを連れてニアの所に逆戻り。
まぁ、まったく土地勘の無い俺よりザガンに説明する方がニアも楽だったのか二言、三言目印代わりの店名らしいものを口にしただけでザガンには場所が判ったらしかった。
「ハンソン…ハンソンっと、お?どうやらあそこのようじゃな。」
噴水広場から歩く事15分。
道の両側に建ち並ぶ近代モダン風な石造りが増えた通りを二人で歩いていると、不意にザガンが足を止めローマ風の円柱が入口を飾る白い石造りの建物を指差した。
ーーやっぱザガンに頼んで正解だったな。
ーー俺一人だったら字も読めないから探すだけで大仕事になってただろーし。
などとザガンに感謝しつつ商会の扉を開いてみる。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」
扉を開けてまず目に入ってきたのが贅沢に空間を使った広々としたロビー。天井まで吹き抜けになっているらしく、真正面に置かれた会社の受付みたいな半円形のテーブルの向こうから掛けられた声が室内に響き、身嗜みもバッチリなイケメンが爽やかな笑みを浮かべ一人立っていた。
「ちょっと、家を買いたいんだけど。」
「……は?」
「はい、御予算は方は如何程で?」
そこまで歩きながら口に出した俺の言葉に、目を向いて驚くザガンに胸の内で苦笑しながらヒソヒソと家の相場をきいてみるが、そんなもん知らん!の一言を受けガックリ肩を落とす。
「ん、んぅ。あー、最近の相場は幾らぐらいなんじゃ?」
「ピン・キリでございますね。自営であれば店舗付きの物件もございますし。」
笑顔は爽やかだがザガンの質問に応えつつ、時折みせるコチラを値踏みする様な視線を向けてくる。
「奴隷と住める家だ!」
「これはこれは、失礼をお客様が奴隷をお持ちとは!」
ザガンでは埒があかないだろうと俺が代わって口を挟んだ途端、明らかに嘲笑が混じった声と大袈裟なジェスチャーで驚く男に段々とイライラしてくる。
「今は居ないが、これから一緒に暮らす予定だ!」
「住める・暮らす等とまるで奴隷を人の様におっしゃる。そのような方に相応しい物件になると…さて?」
「只今、戻りました!」
男の言葉にイライラが募り口を開こうとした瞬間、不意に扉が開き話の途中で他の店員が帰って来たらしく、俺達の姿を見てギョッとすると素早くお辞儀をし、足早に2階へと駆け上がって行った。
そのせいで怒鳴るタイミングを逸らされ溜息を一つ、いくらニアの紹介とは言えこんな商会と取引する気も失せてしまいザガンと無言で頷きあい別の店を捜す事にした。
「わかった。俺達みたいなのが急に来て邪魔したようだし、すまなかったな。帰らせてもらうよ。」
「おやおや、左様で御座いますか。今回はお客様とご縁が結べず私としても非常に残念ですが、また何かご入用の際は是非ハンソン商会を宜しくお願い致します。」
全然残念そうな口ぶりに聞こえない男の顔面を一発殴ってやろうかとも考えたが…此処で手を出すのも馬鹿らしいと我慢する。
ーーけっ。何が残念だっ!このクズイケメンがっ!
心の中で悪態を吐くだけに留めザガンと踵を返し店を出ようと扉を開けた瞬間、後ろからさっき帰ってきた男とはまた別の声に呼び止められた。
「お待ち下さい。お客様!」
その声に首だけ振り返ると髭男爵みたいな立派な髭を生やしたダンディなオッサンが、二階から急ぎ階段を降りてくるのが見えた。
「失礼ですが、お客様のお名前を、お聞かせ願えませんでしょうか?」
「……雄二だけど、何?」
髭男爵は俺の名前を聞いた途端に一人で何度も頷き、改めて話をしたいと言い出し二階の来賓室へどうぞとザガン共々薦めて来た。
「何か…随分と俺達って場違いじゃね?」
「だの?ほれ、いたる所にワシ等には一緒縁も無さそうな高額の装飾品が飾ってあるわい。」
案内された部屋は一目で貴族用だと判るほどに凝った装飾がなされ、柔らかいソファーに沈み込む体を無理矢理前のテーブルに向かわせ、二人して室内を見回しながら溜息だけが漏れ積もっていった。
「お待たせして申し訳御座いません。先程は受付の者の不手際にご立腹なされたようで、大変失礼を致しました。」
髭男爵は部屋に入って来るなりきっちりと45度に腰を曲げ謝罪をすると、後ろに立っていた生メイドさんに指示を出し陶器のカップが置かれ、紅茶っぽい香りの飲み物が注がれていく。
「ん、んぅ。……で、俺の名前を聞いた理由は?」
ちょっと前屈みになった時に重そうな中身の詰まった生メイドさんの乳袋に視線がいってしまったが、その程度の事で懐柔されてたまるかと、早々に質問をしてみる。
「はい、先程ギルドへ依頼の使いに出した者が偶然数十年振りに彩龍を討伐した者が出たと、職員達が噂しているのを耳にしたらしいのですが、職員達言うにはその冒険者は黒を基調とした独特の衣装を纏い、名をユージと言っていたと聞きましたので、もしやと思いまして。」
ブッ!
ザガンが飲みかけた紅茶を噴いて信じられないモノを見るような目つきでコッチを凝視する。
「あぁ、確かに狩ったけど、それが何?」
ポタポタと口から紅茶を零しながから、更に目を剥き何故か固まるザガン。
ーーあーぁー、きったねーなー。なーに、やってんだよ。
ーーってか、何で俺の事凝視してんの?
「いやはや、これは少々失礼な質問かも知れませんが、もしやユージ様はこの国の方では無いのですか?」
「ん?あぁ、ちょっと事故で飛ばされてきた。」
髭男爵は一人で口髭を弄りながらウンウン納得してる。
ーーだ~から、何なんだよ一体?
さっきの怒りが収まりきって無いので沸点が高い俺がイライラしてると、今度は横で口をパクパクしだした。
ーーお前は陸に揚がった魚か?
「それが、何?」
かなり不機嫌に聞くと、髭男爵は俺の態度に気付いたらしく咳ばらい一つして説明を始めた。
それによると彩龍はこの周辺に棲息する魔獣の中でも最強種の一種らしく、一体とはいえ安全に討伐するとなると王国騎士団一個小隊でも難しい奴だったらしい。
ーー・・・えと、まだ秘密の木箱に9体分入ってますが。
だからもし俺が討伐した証拠を手に正式に王都に登り申請すれば、騎士団入団も可能なんだそうな。
ーー残りを換金する時は絶対に口止めしよ。
だから髭男爵にすればそんな将来性のある大物が自分の商会を利用してくれれば、それだけで莫大な宣伝効果になると熱く語ってくれました。
ーーはいはい。
「……で、御入り用は家との事でしたが、丁度高台の貴族街に良い物件が一件御座いますが、如何でしょう?」
「あ……。」
一瞬口を開きかけザガンを一瞥するとこれ以上は噴きださない様にか、もう紅茶に口すらつけていなかった。
「ん〜、貴族街ねぇ。そこってかなりお高いんじゃないの?」
「当然それなりの値段は致しますが、今回はコチラの不手際のお詫びも兼ね勉強させて頂きます。」
「で、金額は?」
「そうですね…、本来であれば3400シリングの物件ではあるのですが、なにぶん高額な為買い手も中々付かず、築3年という事でキリよく3000シリング!特別に240回までの分割も可能…と言うのはどうでしょう?」
ーーえ~と、築3年で3000万かぁ。240回払いだと…一ヶ月約12万を20年かぁ。
ーーま、まぁ一戸建てならそのくらいなのか?
ーーってか今持ってる小切手だけでお釣りあるじゃん。
「…じ、じゃあマズは物件を見せて貰おうか?」
「はい!では急ぎ表に馬車を用意させますので、もう少々こちらでお待ちを。」
俺が乗る気だと感じたのか髭男爵はいそいそと部屋を出て行ったので、少し冷めた紅茶を一口。
「……ユージは化け物か?」
「何だよ?いきなり。」
「彩龍を狩った者の話なんぞ、ワシが子供の頃に一度聞いたきりじゃぞ。」
「いや…そこはほら、成り行きで。」
「~~はぁ、成り行きなんぞで狩れる相手では無いんじゃがな…。」
ザガンは言い足りないとばかりに口をモゴモゴさせてたが、結局出てきたのは溜息ばかりだった。
コンコンッ
「ご用意が整いましたので、外においで下さいませ。」
さっきのメイドだろうか?扉の向こうから声をかけられ、柔らかいソファーに沈み込んだ腰をテーブルを使い踏ん張りながら立ち上がると、いざ!現地見学に。
まぁ、テンションが高いのは俺だけだったらしく溜息ばかりのザガンには申し訳なかったが、やっぱ内装とか得体のしれない魔道具とかあれば俺の手には負えないので、的確なアドバイス役として無理矢理付き合ってもらう。
そのまま店の外に出ると通りに上品な白い二頭掛けの馬車が扉を開けて待っていたので、ザガンを先に乗せ俺も乗り込むとさっきすれ違った店員さんが扉を閉めてくれた。
そう言えば受付のクズイケメンは見掛けなかったけど、どっかで怒られてんのか?
ふとそんな事を思いながら俺とザガンと髭男爵の三人が乗り込んだ馬車がガタゴトと、石畳の上を小刻みに揺れまくり進む事、数十分。乗り物酔いでリバースしそうになる直前に何とか目的地へ着いた。
「ん~っ!」
馬車の外に出て思いっ切り腰を延ばし酸っぱい口内いっぱいに息を吸い込み前を見ると、どこぞのTV番組で目にした様な中世のお屋敷群がデデ~ン!と建ち並んでた。
ただ、建ち並ぶとは言っても一軒一軒の間隔は呆れるくらい広い。
ーーどんだけセレブだよっ!
「さて、今回ユージ様にお勧めする物件はコチラです!」
男爵の挙げた手の先には他の屋敷と遜色ない規模の二階建ての屋敷がデンッて感じで建ってた。
「コチラの物件は以前迄さる貴族の方がこの街を訪れる際の仮住居として建てられたのですが、今は所有権を我が商会に預け新しく別宅を建設されていまして、一度も使用されておりません。」
ーー建てるだけ建てて使わないって……、貴族ってなに考えて生きてんの?
「早速、中を御覧になりますか?」
「あ、あぁ。」
俺の実家三軒分は軽くありそうな大豪邸を目の前にして開いた口が塞がらないまま、何とか頷き返す。
人間、持ってる奴は持ってるんだな~と、社会の理不尽さを垣間見た気になりながら髭男爵について中に入ると、髭男爵が自ら案内役に回り一つ一つ部屋を此処は何々、こちらは何々と事細かく説明をしてくれた。
まぁ、俺とザガンは技巧を凝らした内装と部屋数に気後れしてしまい「へ~。」とか「ほ~。」とか応えるのがやっとだったけど。
「如何でしょう。お気に召した様でしたら仮押さえしておきますが?」
「あ、ん~と、買うのは決めたら契約ってすぐに出来るもんなの?」
「はい。商会に戻ればすぐに書類をご用意させて頂きますが?」
「んじゃそれで頼むよ。」
「はっ!承りました。では、馬車の方へ。」
そう薦められてまた馬車に乗り、来た道を商会に戻って行く。




