第35話
不自然な闘い方に小首を傾げ暫くは無言で偽者の動きを注視していたが、対戦者の放つ際どい一撃を躱す瞬間だけ動きが違った。
ーーふ〜ん、流石に彩龍を斃すだけの実力はあるって事か。
対戦者が決して弱い訳では無く、偽者との実力差があり過ぎるからだと判り、視線を審判の後ろに立てられたトーナメント表に移す。
ーー順当に勝ち上がれば三回戦目で対戦か。ふっ、本家の実力って奴を見せ付けてやるぜっ!
空振りを続ける対戦者に疲労の色が濃く出だし、決まった勝負を何時迄も見ていても無駄だろうと、人混みをかき分け待合室の前まで戻ったのはいいが。
ーーう〜わ〜、何でちょっと居ない間に室内が霞んでるんだよ?!
開いた扉を速攻で閉め通路で冷たい空気を吸い直していると、中から縦にも横にもデカイ大男が出て来た。
「そういや、お前もユージってんだな?」
「え?あ、あぁ。ってか、あんた誰?」
「ふっ、自分の対戦相手も知らねぇとは、大した余裕だな。だが予選で偶然勝てたぐらいじゃ、俺に勝とうなんて思うだけ無駄だぜっ!」
ーーあ~、この人がタラバスね。幸運の使者とか言われてたのを感違いしてんのかな?
「ん~、勝負ってのは判らないから勝負なんだぜっ。」
突然出て来た対戦相手をマジマジと見ながら軽口を返すと豪快に笑い飛ばしながら「ギャグも上手いんだな」と会場へと1人で歩いて行ってしまった。
ーーぬぅ…せっかく俺も手加減しようと思ってたのに、こうなりゃ1戦目から全力を見しちゃる!
待合室のバトル野郎達の熱気に当てられた訳では無いが、このまま誤解を長引かせない方がいいだろうと考え直し後を追いかけ入場口まで行くと、偽者が勝ったらしく黄色い歓声が響いてきた。
「さっきの冗談の礼にちいっつとばかし手加減してやるから、死ぬ気でかかって来な!」
そんな幾重にも歓声が反響する通路の先、会場へと続く階段の前で自分が呼ばれるのを腕を組みながら待っていたタラバスが、振り返り話しかけてきたが無視!
「どうした?まさかもう返事も出来ない程ビビっちまったんじゃねーだろーなー?」
俺が畏縮してると勘違いして1人でニヤニヤと笑みを浮かべタラバスが尚も挑発を続けてくるが、入場の呼び出しを聞いた途端、一足先に会場へと出ていった。
「続いての三戦目は~鋼の肉体美~!マッケラスの森の王者、軽やかな重装兵~斬撃のタラ~バ~ス!」
をぉおおお~~~!!!
さっきの偽者とは打って変わり、野太い歓声が会場内を木霊する。
ーーこの大男、おっさん連中に大人気だな。
「た~いするは、初参加~!幸運の女神の下僕~。黒いのに紅いユ~ジ!」
うぉお~~おぉ??
ーー何で俺の声援は疑問形なんだよっ?
「ユージ~!昼飯を持って来たぞ~っ!」
どう反応すればいいのか微妙な歓声がチラホラと上がるなか、ニアの一言が大きく会場に響き、暫し沈黙の後……。
会場内を埋め尽くした大爆笑に顔を片手で覆い項垂れる。
『早くしないと冷めちゃいますよ~』だの『この子の方が強そうじゃね~か?』だの野次も一緒に飛んで来る。
ーーそことソコのオヤジ!顔覚えたかんなっ!後でぜって~ブッ飛ばす!
キッと指の隙間から野次を飛ばした野郎共を睨み付けてると、タラバスも大笑いしながら司会の横の壁並べられた無数の武器から、立てかけてあった自分の背丈より長い戦闘槍を持って戻って来た。
薙刀に酷似したソレは、刃先が長いが刃自体の厚さは斧に近く、絵の部分も試し降りでかなりしなっていた。
ーーどうやら普通に突いたり切ったりじゃ無く、しなりを使って叩き切る!ってのが本来の使い方みたいだな。
相手の獲物を冷静に分析しながら俺は俺で肉体強化を済ませ、大会前にそこらの露店で買った黒皮の手袋を両手に嵌め創造魔法を使い、表面に炭素コーティングを施す。
理由は単純で、対人に武器を使った加減が分からないからだが、他にも武器の扱いが素人だというのを秘密にする為でもあった。
……なので、タラバスは拳でボコる予定!
「それでは~両者の準備が済んだようですので、試合か~いしっ!」
審判のオッサンの声が聞こえたのとほぼ同時に、大男とは思えない速度で一気に間合いを詰め、素早い連突きを浴びせられたが、こっちは動体視力もアップしておいたお陰でそれらを体を左右に振って難無く躱した。
「ほぅ~、避けるのは予選で見た通り、なかなかうめ~じゃね~か。」
タラバスは上唇を舐めながらそう言って一歩下がると、足を開き右上からの袈裟斬りに刃先を振り下ろし、躱したタイミングに合わせて柄頭が右から脇腹を横薙ぎに叩きにきたが…半歩後ろに体を捻り紙一重で躱した後、バックステップで距離を取る。
「へへっ~避けてるだけじゃ俺は倒せね~ぜ?ほれ、殴らせてやっから一発殴ったら諦めてとっとと降参しなっ。」
俺が無手なので自分の余裕さをアピールしたいのか、会場に向かって今からわざと殴られる事と両手と雄叫びをあげながらアピールすると、観客席からは激しく野太い声援がまた上がり、自信タップリに左手に持ってた槍を地面に突き立て仁王立ちでドンッと胸を叩く。
「おぉ~~っと、タラバス選手。もの凄い余裕だ~。」
ーーはぁ、脳ミソまで桃色筋肉な大男の考えそうな事だけど、せっかくだし…お言葉に甘えるとしますか。
タラバスの挑発に若干呆れながらも折角だしと、テクテクと普通に歩いてタラバスの前まで行き、肩幅に足を広げると深呼吸をする。
それでもタラバスは動かず、口元には通路で見せたニヤニヤ笑いを浮かべ、観客席からは一斉にタラバスコールが流れだした。
ーーえ〜っと、確か…比重ってのは金が一番重いんだっけ?
会場内を埋め尽くすタラバスコールを無視しながら自分の質量を肉体改造で変えていき、一度深く息を吸い込むとボールを投げる要領で思いっ切り振りかぶる。
「握力×体重×スピードが破壊力っ!!」
ドッゴッ~~~~~ォンッ!!!
およそ生身の人間を殴ったとは思えない派手な音と大量の砂煙をまきちらつつ、観客席の下の壁にタラバスが吹っ飛んでめり込んだ。
流石に当たる寸前で拳だと腹部を撃ち抜くかもと一瞬考え直し張り手に切り替えたが、それでも有り得ない威力に一瞬にして鎮まりかえる会場…。
ーーやりすぎちゃった〜テヘッ♪ペロ☆
「し…、し、勝者ユージ~!」
ややあってから、慌てて我に返った審判が叫び、ニアの声が聞こえた方に向かって片手をひらひらと振り、次の試合までに弁当を食べてしまおうと会場を後にした。
その後、通路で警備員数人に呼び止められ一時的に身柄を拘束されかけたが、壁にめり込んだタラバスが警備員五人がかりで救出された報せが届き、鳩尾のやや下に掌型にアザが有った事や、肋骨が数本折れ鞭打ちと脳震盪を起こしてはいたが命に別状ない事等をヒソヒソと話し合った後、お咎め無しで解放された。
ーーいや〜〜、死ななくてヨカッタ!ヨカッタ!
そのままついでとばかりにニアの居た観客席の方にはどう行けばいいのかを警備員に聞き、案内されながら通路を進み観客席に出た途端、目の前で人が海の様に割れて行った。
ーーまるでモーゼだな、俺。
「ユージ!手加減しないと危ないではないか?(相手が)」
「ほんに、もう少し気ぃつけてぇな(相手に)」
「ゴメン、ゴメン。テヘッ☆」
ペコチャンのように舌を出して自分の頭をコツンッ♪
どうやらリリアも一緒に来ていたらしく、もっと加減をしろと口には出さずに注意され、おふざけ半分で謝罪すると俺達のまわりに居た観客達が少しでも俺から離れようと必死になってた。
ーーあ〜、うん。やっぱやり過ぎだよね。
流石にこん気まずい雰囲気の中で弁当を開く気にもなれず、隣で顔を引き攣らせていたお兄さんに「この席ちゃんと空けといてね」と笑顔でお願いして、場所を変えて食べる事にした。
ーーは~、疲れた。
「それでユージは結局、賭けはしなかったのか?」
「んにゃ、自分には賭けたよ。」
場所を改め昼食を取りながら銀行に行った時の事をニアに話すと、賭けの話題となりそのまま答える。
「私も今朝、ユージに賭けたんだが…。」
「え?俺って案外人気あったりしたの?」
ちょっと嬉しくなって聞いたら35番人気でした…orz
一番下は大穴狙いで逆によく出てたそうで、偽者は2番人気だったらしい。
因みに俺に賭けてくれた人は全部で3人しか居ないと笑いながら教えてくれたそうだ……。
ーーたった3人……俺とニアともう一人はファンかな?
って、思ったらリリアでした。
身内だけって何?寂し過ぎるっ。
とりあえず次の試合までは二人と和やかに食後の団欒。
いや~、リリアの手作り弁当は最高でした♪
で、そろそろ頃合いかなと二人と別れ待機室への道すがら次の相手は誰だっけと考えながら歩いていると、辺りをキョロキョロとしていた神官に捕まり、もう順番ですと告げられ慌てて会場へ向かった。
「さ〜て、続いての対戦は〜っ!二回戦二戦目に底知れぬ奇跡を見せた幸運の使者っ!ユージ~っ!」
お、おぉ〜〜!!
さっきよりまばらに減った歓声に苦笑しながらやっぱやり過ぎたかと、ポリポリ頬を掻く。
「対するは~、一戦目を二つ名通り一瞬で終わらせた~!雷光の魔導師~~っ!フォンっ~!」
ーーあ、あれ…こっちの人も歓声少なくないか?二回戦目は嫌われ者~ズで戦えってか?君もなんか知らんが苦労してるんだな~ウン、ウン。
「そ~れでは、試合~開始っ!」
魔導師君はやっぱ魔法の攻撃を仕掛けるつもりらしく、片手に握った杖を突き出しながらこっちを様子見してるのか動かない。
ーー雷光って事は電撃魔法か?念の為に創造魔法で服の材質をゴムに変えとくか…。
相手が動かないので開始の合図後に魔法を使い、様子見をしている相手に向かって無造作に歩き出す。
瞬間、足先に杖から電撃が迸り、咄嗟に飛び退いた地面を黒く焼いた。
ーービンゴッ!!
絶縁服に身を包んでるのと同じなので、顔だけガードしつつ高速移動でこちらから一瞬にして距離を詰めながらしゃがみ込み、下から全身を使って一気に跳ね上がるっ。
「喰らえっ、しょ~◯ゅ~拳っ!」
咄嗟の動きに反応出来ずにいた隙を狙い放った一撃が、魔導師の顎に見事にクリーンヒットして空高く舞い上がらせ、二回、三回とバウンドしながら着地して3m程向こうに転がって動かなくなった。
ーーん~っ、MY WIN!!
ガッツポーズを取るとまた、慌てた声で試合終了の合図。
どうせ、三回戦でも悪役確定だからと観客席の反応は無視!1人でスタスタと会場を後にした。
ふっふっふっ~。
悪役笑いでニヤニヤしながら去り際に確認したトーナメントボードを思い出し、偽者との対戦になる三回戦を楽しみに階段を降りて行くと、不意に通路から人が飛び出し行き場を塞いだ。
「やぁ、初めまして。君もユージって言うんだね。」
ーーうぉ?まさかの背後からの先制攻撃か?
「同じ名前同士、正々堂々頑張ろう!」
通路の影ででも待ち構えていたのか、飛び出して来た偽者はニコニコと人の良い笑みを浮かべながら歯まで光らせ握手を求めてくる。
「へっ!生憎と仲良しゴッコをするつもりは無いんでね。」
突然現れた偽者に対してやさぐれた反応を返してやったのに、俺の台詞などどこ吹く風とばかりに大袈裟にやれやれと肩をすくめて見せ、はははと笑いやがった。
「君がどんなに強がっても無駄だよ。僕は彩龍を倒した事もあるんだから。」
「へ~、そういや、そんな事も言われてたなぁ。で、一体何匹斃したってんだよ。」
「チッチッチ。数は問題じゃないよ。斃したのが僕一人って事の方が重要だとは考え無いのかい?」
ーーへ〜俺も1人で倒したけどな。……ほんの10体ほど。
「君の試合は見てないけど、見る必要も無いしね。何たって僕は彩龍に1人で戦いを挑んで勝てる男だからっ。」
さっきから、喋り方といい、オーバー気味なアクションといい偽者ウゼェ~。
「……で、結局何が言いたいんだ?」
「僕に負ける事は恥じゃ無いから、同じ名前だからって無理はしなくていいよ。」
「…………は?」
握手を無視された手で前髪をかきあげながら、理解不能な台詞を口走り「用はそれだけさっ」と去って行く偽者の後ろ姿を唖然と見送っちまった。