第36話
「ふ…ふふ……ふふふっ。」
暫し呆然と立ち尽くした後、急に沸き上がってきた笑いに口元を歪め、偽者が去った通路を睨みつけた。
ーーこれはもうあれですね……必ず殺すと書いて必殺!もしくは滅びるまで殺すと書いて滅殺!ってレベルまで人の神経逆撫でしてますよ、君♪
ーー本当に試合が楽しみになってきましたね♪ウフフッ、てめぇだけは楽には終われると思うなよコ~ラッ♪
あまりの怒りにテンションが変な方に行ってしまった事に気付き、慌てて深呼吸を繰り返し我を取り戻すと待機室とは逆方向の通路を進み、偽者との試合まで時間を潰した。
「そ~れでは、お待ちかねの皆様も多いかと思われます、本日の注目選手の一人~、彩龍殺しの~~ユージ~っ!!!」
「対するは~、一、二回戦を奇跡の拳ではい上がって来た~紅い~~ユージ~!!!」
うぉあああああああ~~~~っ!!!!
大会開始の時と変わらない程の大歓声の中…やや黄色い声の方が多い中、堂々と観客席に見渡しながら軽やかに両手を振る偽者が颯爽とした足取りで中央まで歩いて行く。
対する俺はと言うと『偽者なんてやっつけて~』とか『幸運は三回も続かないわよ~』とか…あんまりな声援?を受けて進んで行った。
「それでは、試合~~開始っ!!」
合図と共に偽者は腰につけていた二本剣を鞘から抜き、両手で構えながら重心をやや低く落としていく。
ーー先ずは…何処まで出来る奴なのか様子見だな。
さっきは怒りの余り若干おかしくなってしまっていたが、それでは勝てる試合も勝てなくなると充分に気持ちを落ち着かせて来たが、間合いに入って来たタイミングに合わせ殴りかかろうとした拳の軌道上に剣先を置かれ、寸前で止めた所を狙われ反対側に持った剣が左の太腿をかすめた。
ーーちっ。動きが小振りな分、想像してたより反応が早いな。しかも、御丁寧に薄皮一枚分狙ってきやがった。
チラリと切られたズボンに目をやると切られた隙間から赤い線が確認出来た。
ーー偽者とは言えなかなかやるじゃないか。
挑発を兼ねた先制を受け、何処まで実力を秘めているのかと偽者を鋭く睨み付け、一旦バックステップで距離を取り軽くその場で縦に飛び跳ねリズムを取る。
ーー待ってな、今からボッコボコにしてやるからよっと!
口元に笑みを浮かべつつ、単調な上下ジャンプから左右への高速移動も絡めたステップを踏み一気に懐に潜り込む。
「なっ……。」
ーーくっくっくっ、慌ててやがる。だが、本番はこれからだぜっ!
剣の間合いの内側、極至近距離にまで接近した後は右脇腹にリバー打ちを叩き込み、咄嗟に距離を取ろうと後ろに下がる偽者を追撃せんと、更に一歩踏み出し間合いを潰してストレートを喰らわす。
勿論、事前にある程度の強化はしておいたが、全体的な肉体強化では無く部分的な動体視力・反射反応・速度に重視を置いた強化のお陰であっさりと拳が偽者の顔を捕らえる。
「おぉ~っと、紅いユージ!物凄い速さで動き、彩龍殺しのユージを痛め付けている~。ありえない状況だ~!」
ーー実況〜!えこ贔屓すなっ。何だよありえないって?
司会の声を聞き流しながらつっこみ、息を素早く吸い込み防具の隙間を狙ってゼロ距離連打を浴びせる。
それでも地力じゃ一発一発に大した威力も乗せれ無いが、一撃で試合を終わらせるつもりは最初から無かったしと殴り続け、疲れて息を吐いた一瞬の隙を突かれ偽者が大きく後ろに飛び退いた。
「ぷは〜っ。」
それを目で追いながらも大きく息を吐き、身を丸め剣を持つ両腕を顔の前で交差させながらガードした姿を睨みつける。
ーーひゃっほ~!まだまだこれからだぜっ~!
数回の呼吸で息を整え剣にだけ注意を払いながら更に二撃、三撃と僅かな隙間を狙い拳を叩き込むが、大したダメージを与えれていないのか偽者は微動だにせず耐えた。
ーーちっ、やっぱ少しは筋力も強化しとくんだったな。
その姿に内心で舌打ちしながら交差した腕の隙間からアッパーを打ち込もうとした瞬間、足を滑らせ豪快に転倒してしまった。
ーーくそっ、足場が悪りぃのか?
乾燥した地面に足を取られ滑ったと思っていたのに、何故かそのまま膝が震えだし痛みも無いのに足が痺れたように動かなくなってしまう。
ーーなっ!
「………ふっ、そろそろかな?」
自分の体に何がおきたのかも理解出来ず、内心声も無くして驚いていると、俺の異変に気付いたらしい偽者が交差していた腕をゆっくりと開いた。
「やれやれ、気付かれない程度の薬を剣に塗ってたんだけど……あまりに効くのが遅くて、少々焦ったよ。」
両手に握り締めた剣先をだらりと垂らし無造作に歩み寄り、顔を近付けながら俺にしか聞こえない小声でボソボソと話しかけてくる。
「だから言っただろ?僕に負けるのは仕方ない事なんだけどねって。」
「て、てめぇ〜!」
「さてと、今から調子に乗ったお返しをさせてもらうつもりだったけど、その前に……。」
薄い笑みを口元に貼り付けたまま剣で薄く浅く、うずくまって動けない俺の肩やら背中をなぞるように切り付けていく。
「まだ喋れるなんて驚愕だからね。もっと逃げれないように念入りにさせて貰ったよ。あ、心配しなくても後遺症は残らないよ、薬ではね。」
ーーこ、こいつ、なんて卑怯なっ。
油断してた自分を後悔するのは後回しにして、今はこの場をどう切り抜けるかに意識を無理矢理、集中させる。
しかし、さっきからやっている完全治癒は全く効果も無く、僅かづつだが全身の痺れと感覚が無くなっていく範囲が拡がってくのがハッキリと知覚できる。
ーーくそっ、何か無いか?
肉体改造を初戦の様に使い全身を硬化させて凌ぐにしても感覚が無いせいで効果は不明だし、創造魔法でコートの材質を変えても剥き出しの顔が防御出来ないし、偽者に気付かれれば攻撃の標的にされるのは目に見えている。
ーーくっ!どうする、俺?
焦る気持ちと裏腹にどんどんと動かなくなる体を、偽者は注意深く観察するようにわざとゆっくり一周し、薬の効果を確認していた。
「おおっ〜と!自分のスピードを過信したのか~紅いユージ~。足を~滑らせた一瞬のスキを逃さず攻められたのか~、攻防逆転だ~~っ!」
実況の声に沸き上がる歓声。
そんな声を無視して、必死に体の動く部分を再確認する俺。
ーーちっ、腰から下は完全に無理そうだな。……となると、腕が使えるうちに反撃しないと。
何とか震える両腕を下に匍匐前進の体勢でうつ伏せに正面だけを見据え、視界の中央に偽者が来るまでひたすら待つ。
「ふふふっ、そろそろ喋れるのも億劫になってきただろ?僕が人殺しなんかすると、女性客に受けが悪くなるから今なら降参してもいいんだよ。」
「確かに口を開くのも辛いが、狡っ辛い小悪党の言いそうな台詞を堂々と言う、てめぇにだけは負けねぇ。」
俺が半分開くのがやっとの唇を動かし小声でボソボソと呟くのが聞こえたのか、ニンマリと唇を歪ませながら反撃は無いと安心したらしく正面に廻りこんできた。
「くふふっ、君ならそう言ってくれると信じてたよ。」
言いながら偽者が俺の背中に一撃を打ち込み、更に笑みを深くする。
「心配しなくても、こっちは大会用に刃を潰してるから、切れたりはしない。だけど、薬が切れた時は地獄だよ?一気に襲う激痛に君が耐え切れるといいね。」
話しながら興奮しているのか上唇を舐め、サディスティックな視線を投げかけ更に一撃を右肩に飛ばす。
ーーありがとよ、前に立ってくれてっ。
初戦と違い動けない俺に対して執拗に剣を叩きつける偽者に、掌よりも小さく紙の様に薄く創造魔法で創った短剣を二本殆ど同時に足目掛けて投げつける。
が、咄嗟の反撃に驚いた偽者はそれでも一本を剣で弾いたが、もう一本が右足の膝下に刺さり倒れ込んだ。
「へ、へへっ…、これでおあいこだな?」
「き、貴様~っ!」
ーー今更凄んでも遅いデスヨ~。
ーーこんな格好だけど、本家の力って奴を100倍にして見せてやるぜっ!
俺はすぐに倒れた偽者の両手首を創造魔法で創った石の手錠を嵌め、反撃出来ない様に固定する。
「お楽…しみは…これから…だ……ぜ♪」
震える唇から言葉を紡ぎ出し、ウインクを偽者に投げ掛けると観客からは死角となる足元に穴を空け、短剣の刺さった方の足をソコヘ落とし込むと偽者は驚いた表情のまま目を見開いて俺を見た。
「おぉ~と、二人とも足に怪我をした模様です。両者睨みあったまま、地面に倒れこんでしまったぁ~~。」
実況の声をよそに偽者にだけ聞こえる様に話し掛ける。
「本家、彩龍殺…しの技……ってのを…タップリ…と味わい……な。」
そう言いながら笑い返し、穴をジワジワと埋めて中に落とし込んだ足を全包囲から圧迫していく。
「ぐ……が………ま、まて、本家って何の事だ?彩龍殺しは俺だぞっ。」
「ん………ぼ…に……よ…………。」
ーーん~?ど~ちたんでちゅか~?僕から俺に言葉遣いが変わってまちゅよ~、に・せ・も・の・ちゃん♪」
遂に口を開く事も無理になったのか、まともな発言が出来ない分、胸の内で思いっきり馬鹿にしながら更に圧迫を強めてやると、偽者は全身から滝の様に汗を流し足を抜こうと身悶えた。
「ほ、ほん…と…に………本人……なの…か?」
「……。」
ーーうん♪
声に出せない分、震える唇を笑いの形に変え、僅かに頷きそう更に圧迫!
短剣の柄までめり込んだのか、遂に偽者が声にならない叫びを上げながらブルブルと全身を震わせ地面を叩きだした。
「わ、ゎ、わざと…じゃね~。つい………出来…心っ……てやつだ。赦して…く……れ~。」
汗やら涙やら鼻水やら涎やら、もうどう見ても試合前とは別人な顔を見せる偽者に笑顔で答えてやる。
ーーいやだピョン♪
更に圧迫を強めた所で偽者は激痛のあまりか、痙攣しながら涎と舌を垂らしながら失神した。
ーーったく、ふざけた野郎だ!
薬の効果も薄まってきたみたいなので何とか立ち上がると、偽者の頭を小突いてから手首を解放する。
「しょ、しょ~~しゃ、紅いユージ~~!!こいつの幸運は本物だ~~~っ!!!」
審判の勝利宣言にも静まり返った会場を後に、ふらつく足で何とか退場口へと向かう。
勿論、偽者の足は地表に出しといたがどうなってようが知らん!
「ユージ!無事かっ!」
「ははっ。……なん…とかな。」
ニアは試合の途中から俺の変化に気付いたらしく、階段にもたれかかりながら降りて来たところに駆け付けてくれた上に救護班まで呼んでくれていたらしく、そのまま処置室へと搬送された。
其処で包帯を巻かれながらニアにリリアは何処に居るのか聞きいてみたら、途中までは一緒に駆け付けてた筈なのに気付いた時には途中で居なくなってしまっていたらしい。
ーーまあ、リリアなら大丈夫か。
何にせよ、今日の試合はこれで済んだのでリリアの事は楽観しながらニアの肩を借りてホテルに帰るなり、
「だ、大丈夫だったんですか?」
入口では心配そうな表情のメイアといつの間に帰ってたのか不明なリリアが待ってて出迎えてくれた。
「はははっ、ちょっと油断して自業自得ってやつ…。」
気恥ずかしくて苦笑いしながら軽口を返し、メイアが胸に手を当て心配したんですよと呟きながら深く息を吐き、偽者のとんでもない話をしだした。
「さっき、リリアさんから聞きましたけど、相手の方は全身複雑骨折な上、誤って試合中に自分の持ってた薬が傷口から大量に入って試合後の処置も虚しく、半身不随なったそうじゃ無いですか?一体どんな熾烈な戦いをしてきたんですか?」
ーーえ?…ちょ、おま、リリア~っ!!
一瞬目が点になり慌ててリリアに視線を向けると、当の本人は明後日の方向を見ながら素知らぬふりをしているが、明らかに口元が笑っていた。
「ちょ、リリア、何してんだよ?」
「ん?わらわの大切なユージをあんな目にあわせたんやさかい、これくらい報いは当然やおまへんか?」
思わず側に寄って小声で問い詰めたのに、何故か嬉しそうに答えるリリアに思わず絶句。
横で肩を貸してくれてたニアもそれを聞いて唖然としていた。
ーーいやいや~、いくら何でも人としてそれはやり過ぎだろ~?何その惨々たる状況?
しれっと言うリリアを見てると、自分の事は完全に棚上げしつつ偽者が可哀相になってくる。
もう次の試合からは私情を挟み過ぎちゃ駄目だな。
リリアの報復が恐すぎる。
ーーやり過ぎちゃってゴメンな…偽者。
深く溜息を吐きながらうっすらと星の見えはじめた夕焼け空を見上げ、笑顔で歯を光らす偽者の残像にそっと片手を上げながら反省。




