第22話
何事も無く明けた翌朝も昨日と変わらず早朝から休憩をほとんど取らずに馬車を走らせる。
そのかいあってか日が落ちきる前には宿場町へと辿りつき、予約していた宿に入った途端、誰かが深く息を吐いた。
別に道中何か話しかけてこられた訳ではないが、皆も騎士達にはストレスを感じていたらしく、ピリピリした空気を漂わせ無言で夕飯を食べていたところにサシャが2階から降りてきた。
「あの、少々依頼を変更したいんですが…。」
「んだ〜、変更?」
「は、はい。実はあ、あのお二方が、もう一日だけ一緒に行動したい……と言って…来て…るいんですけど……。」
「奴らとこれ以上行動するのは耐えれん。」
「寺院騎士様だか何だか知らねぇスけど、あの済ました態度は胸糞もんスからね〜。」
「大体、寺院騎士様達の御機嫌取りなんて仕事は受けてねえしなっ!」
その場の雰囲気を何と無く察したのか、しどろもどろになりながら始めた説明を聴き終わると同時にガルタス達は不満が爆発した様に声を荒げた。
それを俯いたまま聞くサシャの手は拳を指が白くなるまで握りしめているのを見て溜息をつく。
「まぁ、ガルタス達だってプロなんだから、報酬に幾らか上乗せがあるなら、一日くらい目を瞑るんだろ?」
二人から俺達を説得してくる様に言われたのは態度で丸わかりだったし、助け舟をだしながらガルタス達を反応を窺ってみると、皆それならばと苦虫を噛み潰した様な顔で渋々頷いた。
「んで、こーいう場合って相場だったら幾ら位の追加料金になるんだ?」
俺の言葉を聞いた四人はテーブルの真ん中に顔を寄せ集め、ヒソヒソと小声で話始めると「一人につき2シリング追加だ」と指を二本立ててきた。
俺が予想してたより追加金が少ないのは、寺院に対して吹っ掛け過ぎても後々の仕事に支障が来るかも?とでも思ったのだろう。
「わかりました……。では、それでお願いします。」
サシャが小さく頭を下げ、部屋に戻って行く後ろ姿を皆して気難しそうな顔で見送っていたのに完全に見えなくなった途端確認、ガルタスが悪い笑顔になった。
「いや~焦ったぜ〜。いきなり話を振ってくんなよユージもよ〜。」
「え?なんで?」
「この仕事してりゃあこんな些細なトラブルなんて日常茶飯事ッスからね〜。そこをどう乗り切るかってのも、腕の見せ所なんスよ。」
ヤランの言葉にガルタスも満面の笑みで酒を飲み干しながら頷く。
「だから如何にして追加料金を釣り上げるか等、我々にも演技力が求められるのだ。」
「そうそう。んでもって、得た臨時収入で俺達は新しい酒が飲めるって寸法だ!」
そう言いながらガルタス達はさっきまでの重々しい雰囲気から一変、何時ものノリで酒や料理を追加し始めた。
「え~っ?んじゃ、昨日気に食わないって険悪してたのってまさか……。」
「半分は本気だかな。仕事に私情を挟んじゃお終めぇだしな、わざとに決まってんだろ!寺院騎士様とやらが着いて来よーが来まいが、正直ど~でもいいんだよ!」
「そうそう!むしろトラブル起こしてくれてありがと~っ!てな感じッスよ。はっはっは~。」
ヤランの言葉を聞いてたら意外な告白に呆然となり、座っていた椅子の背もたれに倒れ込んで思いっ切り脱力した。
ーーはぁ~、何て言うか……俺もヤキモキして気を揉まされただけ騙され損って事〜?
俺が妥協案なんて出さなくても交渉にもって行くつもりだった事がわかった今は、ガルタス達の逞しさに溜息しか出ない。
ーーやっぱ、プロだわっ……。
俺が素直に感心してるとガルタスが「ユージも好きなだけ飲め飲め!」と上機嫌ですすめられ、酒盛りに半ば強制参加みたいな形で飲まされながら夜は更けていった…。
多分そのせいだろうけど、翌朝はかなり酷い二日酔いになったみたいで頭がズキズキする。
ーーにしても……ガルタス達はタフだよな~。
俺が頭を押さえながら外に出ると早朝だというのにテキパキと分担して馬車や荷物の用意をする四人を横目に、さっき酔い醒ましの薬だと言われ渡された濡れた犬みたいな臭いのする物体が入ったコップの中身を見つめる。
ーーこんな臭いもんどうしろと……。
漢方にしたってもう少しマシだろうと愚痴りたくなる臭いを漂わすソレをしばらく眺めていたが、ハイロンにもすぐに出発するからさっさと飲んでしまえと急かされ、鼻をつまんで一気に嚥下し口内からの異臭に呼吸を止め耐える。
「どうだユージ、ソイツは~効いただろ?」
「……ごれっで、なんででぎでるん?」
「ん~?ソイツにゃ~、グズリーの肝臓とナタの草、鬼クルミの実、……後なんだっけ?」
「まぁ、味はともかく効果は保障するッスよ!」
昨夜はガルタスよりも飲んでいたにも関わらず、超いい笑顔で肩を叩いてくるヤランに、成分もわかんね~モン飲ませんなよな~!と抗議したかったが、口を開けば体内から漂う臭いに耐え切れず黙って頷く。
「大丈夫かユージ?顔が真っ白だぜ?」
すると今度は準備を済ませたらしいグスカが側にきて、夜までは荷台で寝てればいいからと言ってくれたので、準備の済んだ馬車の荷台に乗り込むと毛布を引っつかみ、ここ数日で慣れた隙間に寝転んだ。
ーーやつを追う前に言っておくッ!
俺は今やつの力の片鱗をほんのちょっぴりだが体験した。
い…いや…体験したというよりは、まったく理解を超えていたのだが……
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
「俺は奴と寺院騎士達が戦ってる姿をずっとこの目で見てたんだ。なのにいつのまにか奴は、俺の後ろに立っていやがったんだ。」
な… 何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何がおこったのかわからなかった…。
頭がどうにかなりそうだった…。
幻術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねぇ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
以上がガルタスから支離滅裂に聞いた体験談を脳内でポルナレフ調に変換してみた結果だが、当のガルタスはもっと支離滅裂な譫言を呟きながら倒れた馬車の横で手が真っ白になるまで剣を握りしめ、ガタガタと震えて座り込んでいた。
そもそも俺が寝てた間に起きた後の出来事だったし、馬車が倒れた拍子に吹っ飛ばされ草むらで目を覚ました所為で、奴ってのが何者なのかさえ見ていないのだ。
ただ目の前には倒れた馬車の数メートル先で仰向けになった寺院騎士二人の姿と、その近くで蹲り鈍器で殴り潰された様にグズグズになった右腕を押さえているグスカが見えるだけだった。
ヤランとハイロンは無事な様だったが、何故か二人も馬車から離れた場所に倒れていた。
ーー……一体何があったんだよ?
そう思いながら呆然と突っ立っていると巡礼馬車の中からサシャの声が聞こえ、慌てて駆け寄った。
「おい、サシャ!無事なのか?」
「その声はユージ?ユージも無事なの?」
「あぁ、そうだ!一体何があったんだよ?」
「説明なら後でするか此処から出して!扉が歪んでるみたいで空かないのよ!」
サシャの言葉に少し離れてるように言い扉を引き剥がす。
「大丈夫か?」
「え、えぇ、助かったわ。ありがとう。」
「礼はいいから、状況を教えてくれ。」
俺が急かすように頼むとサシャは事の一部始終をかいつまんで説明してくれた。
それによるとーー
まず街道にあった轍にハマった巡礼馬車が、俺達の馬車とホンの五分程の距離を置いて離れてしまったらしい。
そこから抜け出した直後、何が大きな物が衝突する様な音が前方から聞こえ、寺院騎士の二人が突然馬を走らせていってしまい、前に乗っていた二人が何かを叫びながら急に馬車を走らせたと思ったら凄まじい衝撃を横から受け馬車が激しく揺れたのを最後にサシャも気を失ってしまっていたらしい。
つまり俺は数瞬だと思っていたが、サシャと同じ様に数分気絶していたらしく、目覚めた時には全てが起こった後だった…って事になるのか。
改めて現状に困惑しながらも無傷そうだったハイロン達二人を起こし、サシャには治癒法術で怪我人の治療を頼み辺りを‘‘探知”してみる。
すると目の前に広がる岩石群の中に奇妙な反応をみつけたので、とりあえずそこに向かってみると身の丈2mはありそうな巨漢の騎士に出くわした。
騎士と言っても全身を黒いプレートアーマーで包んだ姿が、数日前に目にした黒騎士そっくりだったから勝手にそう思っただけで、実際には違うかも知れない。
なんせそいつは身体の大きさもさる事ながら、右手にこん棒と呼ぶには大雑把すぎる丸太を握りしめていたのだから。
ーーなんだ此奴?巨人とかか?
用心しながら近付き様子見で背後にある岩の側で身を屈めた瞬間、気付かれたらしくこっちへ振り向きざまに丸太が迫る。
ーーっぶね~。
風切り音を耳の横スレスレに聞きながらギリギリ左に転がり躱せたが、隠れていた場所にあった岩石はヒビだらけだ。
ーーなんちゅう~馬鹿力だよっ。
マトモに殺り合えばいくらこっちが「肉体強化」していようと、タダでは済まなさそうな威力に冷たい汗が出る。
そのままジリジリと距離を置き向かい合うと騎士が奇妙な事を叫んできた。
「お゛めぇもがっ?」
「あぁ?なんっ……!」
の事だと続けようとした瞬間、背後から丸太が襲って来るのを再度ギリギリ紙一重で躱し対峙する。
ーー……どういう事だよ?
二人組だったのかと顔を上げた先にはさっきの巨人騎士が丸太を手にえらく興奮しているが、こっちはわけも判らず混乱する。
そこでガルタスの言葉を思い出し、‘‘探知”したまま出方をうかがうと今度は頭上から丸太が降ってきた。
ーーマジかよ…。
頭上からの一撃でコイツが自身の居場所を転移しながら攻撃してきたと予想出来たものの「肉体強化」でいくら反応速度も上げても、このまま長期戦になれば明らかにこっちが不利なると悟ってしまう。
「お゛めぇっ、よげんなっ。」
「うっせ~!避けなきゃ死ぬだろ~がっ。」
巨人騎士の表情まではフルヘルムで見えないが、睨みつける眼光から殺意と憤怒だけはしっかりわかる。
「邪魔ずんなら、しね゛っ!」
叫ぶとまた消え、今度も頭上から丸太ごと落ちてくる。
それをかろうじて側転で避けると、こんでは地面に1/3程丸太が埋まっていた。
ーーあー、こりゃガルタス達がやられる訳だわ。
攻撃を避けながらそんな事を思いつつ、手頃な巨石を素材に創った剣で急所を避けて斬り付けてみる。
ガキィッイ!
岩石も易々切り裂いた筈の剣は火花を上げて跳ね返った。
ーーくぁ〜っ、即席だとやっぱ無理か!
即席故に大した刃も付いてない剣をチラリと一瞥し、こっちの手が痺れてるのも気にせず丸太をバトンの様に振り回しながら突進してくる巨人騎士を睨みつける。
しかし攻撃を躱し距離が僅かでも空くと反撃する前に転移され、視界の外からまた攻撃…と一方的に繰り返される猛攻に完全に後手に回ってしまう。
ーー焦るなっ、俺。冷静に意識を集中しろっ!
自分を叱咤し肉体強化の力をより引き出し、反応速度を高めようと意識を集中する…。
1秒を……5秒に…10秒に………。
集中すればする程、巨人騎士の動きが遅く感じられる。
ーー……此れなら、いけるかっ?
乾いた唇をペロリと舐め、もはやスローモーションで眼前に迫る丸太を難なく躱し、すれ違い様に手の甲を軽く切り付ける。
途端に巨人騎士がノロい雄叫びを上げ丸太を手放したタイミングに合わせ反対の手の甲も切り付け、空いた手を鳩尾辺りに密着させ‘‘雷撃”を放つ。
死なない程度に加減した一撃に巨人騎士は全身を震えさせ膝をつくとゆっくり仰向けに倒れていく。
「っぷふぅ~い。」
その倒れてきた巨体の横で深く息を吐きながら慣れないレベルの肉体強化を解除すると途端に、一気に全身を未体験の疲労が襲い滝のような汗が噴き出し流れていく。
「こりゃ、思ってたより大分キツいな。肉体的にも精神的にも……。」
自身の体調をボヤきながら初めての対人戦だからか剣を消した時、手の平が小刻みに震えていたのを見て自分で思ったより緊張していた事に気付き、そんな事を考えながらもう一度深く息を吐く。
さて…と、これからどうするかな?




