三枚起請の回 その7
「名無しの権兵衛は俺達のように靴箱にラブレターを入れていない」
「ほう」
その心は,と西島は先を促す。謎掛けでもやっているような気分だ。
「西島は3人目の存在を知らなかった。と言うことは靴箱にラブレターを入れるなら西島の後に入れるしかないわけだが,西島がラブレターを入れたときには校門から村井沙紀が来ていた。なら,靴箱に入れるタイミングがない」
「それは朝の内にってだけでしょう。昼休みとかにに入れていたのかも」
「それはないな。なぜなら村井沙紀はここに三枚のラブレターを持ってきているからだ」
「はあ」
調子に乗って,回りくどい言い方をしてみたら,西島に冷たい目で見られた。
咳ばらいをして気を取り直す。
「いや,だってさ,ほら」
俺は教室の窓の方を指で示した。外ではしとしとと雨が降り,ガラス面を雫が伝っている。
「今日は一日中雨だ。よっぽどのことが無い限り外には出ないだろう。体育の授業があったとしても体育館で授業をするから玄関の靴箱は使わない。それから村井沙紀は急いでここに来てくれたんだ。委員会の仕事から真っ直ぐここに来たなら放課後にも靴箱は使っていないはずだ。もし名無しの権兵衛がお前より後に靴箱にラブレターを入れたとしたら,村井沙紀はその存在に気付けない」
「なるほど。じゃあ権兵衛君は」
権兵衛君て。
「靴箱以外のどこか別の場所にラブレターを仕込んだ」
「あるいは直接渡したか,だな」
厳密には誰かが代わりに渡したという可能性もあるが。
俺の言葉を受けて西島はごくりと生唾を飲み込んだ。
「先輩,そうだとしたら,権兵衛君は中々の人物ですね」
「ああ,大物の可能性がある」
西島はぶるっと身震いをした。唐突に立ち上がる。それから扉の方に向かっていった。教室から出ていこうとしているようだ。
「おい,まさか逃げるわけじゃ」
「あ,いえ。トイレです」
がくっと肩の力が抜けた。なんだ,紛らわしい。
床に視線が向くと白いものが目に入る。ハンカチだ。
「おい,また落としてるぞ」
「え。ああ本当だ」
西島は俺からハンカチを受け取り,照れたように頭を掻いた。 それから大きな欠伸を一つした。
「今日はよく物を落っことすんです。寝不足で注意散漫になっているみたいで」
「はは,わかるよ。俺も授業中居眠りして叱られた」
俺も昨晩は緊張で寝られなかった。俺がそう言と西島は笑って教室から出ていった。
書道室に一人残される。そうすると,途端に今まで感じなくなっていた教室の臭いや,外から聞こえてくる雨音がより一層強まったように感じた。
今の状況を冷静に振り返ってみた。
俺は,村井沙紀に告白しようとしていた。そしたら西島が現れて,自分も告白すると言い出した。それから村井沙紀が三枚のラブレターを出して,今は三人目を待っている。もし三人目が来れば,村井沙紀は告白に返事をしてくれるはずだ。そしたら……フラれる。
急に実感がわいてきて,物悲しくなってきた。それが雨の日の放課後とくれば,寂寞の感も一入だ。いっそ三人目なんてこなきゃいいのに。
俺は名無しの権兵衛のラブレターを見つめた。先の続きでも考えてみるか。少しは気がまぎれるかもしれない。
学年は一年生。音楽の授業を選択している。書道部もしくは書道部関係者。村井沙紀にラブレターを渡す際には,靴箱を使っていない。
今わかることは一通り出し切ったように思えた。こうしてみると大したことは何もわかっていないな。
それから,あいつが怪しい,こいつも怪しい,と知っている男子の顔を思い浮かべてみたが,妄想の域を出なかった。
まあ仕方がない,どうせ遊びだ。もとより詳細に差出人が判明するとは考えていない。
やることもなくなって暇を持て余していると,ふと,制服のポケットにある異物感が気になった。ポケットにはここへ来る前に落研の部室で山田から渡されたCDがはいっている。
そういえば結局何を渡されたのか見ていない。落語のCDだとは思うが。ポケットから取り出してみる。
予想通り落語のCDだった。「特選‼米朝落語全集第十六集」とある。収録されている演目は二席。一つはつる。もうひとつは……。




