三枚起請の回 その5
俺たちは書道教室にて3人目の到来を律儀にも待つことにした。三枚目も待ち合わせ場所はここらしい。
待とうと言い出したのは村井沙紀だ。曰く「一気に済ませた方が,早いですもんね」とのことである。あまりに屈託無くでそういうものだから,俺と西島は何も言えなかった。
待っている間,3人の間に会話はない。
俺はそもそも饒舌とはいいがたい。それに告白という人生初の一大イベントの最中に軽薄な世間話ができるほどの傑物ではなかった。
西島も同様で,奴が平時どのように振舞うか知りようもないが,この状況で使える話題は持ち合わせていないようで,終始むっつりと黙っている。
村井沙紀も,流石に自分に告白しようとしている人間と,二人同時に対面するという状況には困り果てているようだった。
そんな状態で30分が経過した。
最初にしびれを切らしたのは西島だった。
「一体どんな奴なんですかね,その三枚目のラブレターの主は!」
割に大きな声だったので思わず面食らった。村井沙紀も目を丸くしている。西島は久々の発生のためか声の大きさを制御し損ねたようだ。自分でも驚いていた。一瞬恥ずかしそうにしたがすぐにまた怒ったような調子になる。
「全く非常識じゃないですか。一方的に呼びつけた上に時間を守らないなんて。差出人は分からないんですか」
一方的に呼び出したのは俺達も同じだし,呼んだのは村井沙紀だけなんだから西島が怒ることもないように思えた。だが,俺も西島の言葉に概ね同意だった。
西島に同調するように村井沙紀を見ると彼女は困った顔になる。
「それが,名前が書いていないんです」
匿名か。ラブレターなら,そう珍しい事でもないだろう。
「一年生だとは思うんですけど」
村井沙紀は手に持った手紙を見ながらそうつぶやく。封筒にも入っていない剥き出しの便箋だ。
「どうしてですか」
「手紙に『音楽の授業で』って……あ」
村井沙紀はそこまで言うと,しまったという顔をして自らの口を押えた。
「どうしたんですか」
体調でも崩したのかと俺は心配になる。
村井沙紀はかわいらしく,小さく舌を出した。
「あまり内容を言ったらいけませんよね,うっかりしてました」
お茶目なその仕草にに自然と口元が緩む。確かに人の恋文の中身をみだりに覗くのはよくない。西島も毒気を抜かれたのか大人しくなった。
またしても沈黙が訪れる。しかし今度はそう長く続かなかった。
「ああ!」
今回は村井沙紀が急に大きな声を出した。俺と西島は驚いて,軽く飛び跳ねる。
「ど,どうしました」
西島が恐る恐る尋ねる。村井沙紀はひどく慌てた様子でおろおろしていた。
「私,委員会の仕事を途中で抜けてきたんです。……すぐ戻れるかなと思って。それを,すっかり忘れてました」
それから申し訳なさそうにこちらを見た。
「あの,すぐに戻れると思いますので,お二人には引き続き待っていてもらえませんか。もし,三人目の方が来られた時,誰もいないと悲しまれるでしょうし……」
どこまでできた人間なのだろうか。俺と西島は即座に快諾した。
「すいません。すぐに戻ってきますから!」
そう言いながら村井沙紀は慌ただしく教室から出ていった。
野郎二人が取り残された教室は,先ほどまでよりも彩度を失ったように思えた。西島が何処か哀愁を孕んだ声でしみじみと話しかけてくる。
「いい子ですね。あんなに丁寧に頼むなんて。こっちが勝手に呼び出したのに」
「ああ」
「でも,僕等フラれますよね。きっと」
「……ああ」
三人まとめて済ませた方が早い,ということは三人への答えが一緒ということだ。それはつまり,そういうことだろう。
がっくりとうなだれる西島の肩に俺は手を置いた。顔を上げて俺を見る西島の目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。思わず笑ってしまった。西島もつられて笑い出す。
書道教室に男二人の乾いた笑い声が響く。今日初めて西島がいてよかったと思った。




