三枚起請の回 その4
その日,俺は妙に早くに目が覚め,珍しく朝早くに学校に行った。
学校に着くと,朝練のある部活でさえまだ活動を始めていない様子だった。俺はその静謐な雰囲気を堪能しようと,校内を散策することにした。
音楽室の前を通った時,中から歌声が聞こえてきた。不躾にも中を覗いてみると,ひとりの女子生徒が歌を歌っていた。その光景に思わず俺は息を吞んだ。しばらく硬直して動けなくなっていた。すると不意に中の彼女と目が合った。テンパってしまって,笑って誤魔化すのが精一杯だった。
そんな俺に彼女は少し驚いた様子だったが,笑顔で返してくれた。
その笑顔が決定打だ。
「すいません,遅れてしまって。直前に生活委員の急な仕事があったもので」
彼女はそういってパタパタと自らの顔をてで扇いだ。見ると額が少し汗ばんでいるようだ。
「走ってきたんですか」
「えへへ,途中で先生に注意されちゃいました」
俺の問いかけに照れ笑いで応える。その笑顔が初めて会った時の笑顔と重なる。軽く眩暈がした。こっちが一方的に指定した時間を守るためにわざわざ走ってきてくれるなんて,彼女の前世は聖女,もしくは天使の生まれ変わりに違いない。
彼女の名前は村井沙紀。学年は一つ下の1年生。名前や学年はすぐに分かった。なぜなら彼女は有名人だったからだ。入学の時から男子の注目の的で,所謂学校のアイドル的存在だった。彼女は合唱部で,朝早くに学校に来て自主練をするのが日課らしい。俺が目撃したのはそれだろう。
「健気だ……」
隣で西島も嘆息している。
そうだこいつが居たんだった。村井沙紀の登場によってすっかり忘れていた。これから始まる告白が,真っ当な甘酸っぱい青春のワンシーンになるとは到底思えない。
俺は思考を巡らせる。果たしてどう振舞えばいいのか。一体どうすれば軌道修正できるのか。なんと切り出すのが最適か。しかし,良い考えは一向に浮かばない。
いっそ西島が何とかしてくれないかと隣を見るが,もごもごと口を動かすだけで喋ろうとしない。西島も俺と同じらしい。
「……」
「……」
「……」
完全に膠着状態に陥った。そもそも本来この段階では告白する側が告白を切り出すことのみが要求されるはずだ。だが,それは告白する人間が一人の場合に限る。この異様な状況において正攻法はもはや通じない。この場にいる誰もが状況に適応できずにフリーズしているのだ。それでも誰かが口火を切らねばならない。俺か西島がそれを行うべきだろう。
しかし,沈黙を破ったのは村井沙紀だった。そしてその一言によって状況は好転するどころか,むしろ悪化した。
「あの,あと一人は?」
「あと一人?」
俺と西島はほとんど同時に訊き返す。まさか,まだいるのか。
村井沙紀は持っていた学校指定の鞄から何かを取り出すと,俺と西島の前に突き出した。
それは三枚の手紙だった。
「この三枚が今日私の下に届いたんです」
俺と西島は思わず顔を見合わせた。




