三枚起請の回 その3
「入らないんですか」
のっぽの男子生徒は俺の存在に気が付くと目だけでこちらを見た。憮然とした態度が何となく気に食わないが,俺は言われた通り中に入って適当な椅子に腰かける。
その間中,のっぽはおれの挙措をじっと観察していた。やや不気味だ。
俺ものっぽを観察し返してみる。
まず顔を見る。眼鏡をかけた白い顔。寝不足なのか目の下に隈がある。
そして全体を見る。俺より10㎝程背が高い。大柄と言うよりひょろ長いせいか,何となく神経質そうな印象を受けた。
それから足元を見ると,白いハンカチが落ちているのを見つけた。
「なんか落ちてるぞ」
「えっ。ああ,ありがとうございます」
のっぽは腰を屈めてハンカチを拾う。
ちょっと抜けている奴なのかもしれない。
それにしても,予想外の邪魔者だった。
睨むようにじろじろ見ているとのっぽはへの字の口をおもむろに開いた。
「篠崎先輩ですよね」
急に名前を呼ばれて驚く。もしや知り合いだったか。
「……誰だ」
どう考えても初対面だ。
のっぽは憮然とした態度を崩さない。
「誰だ,って。それはこっちの台詞だと思いますけどね。部外者はそっちなんだし」
何故こいつは若干不機嫌なんだろうか。
それよりも,部外者。俺をここでそう呼ぶということは
「書道部か」
「はい,部長の弟さんですよね」
なるほど考えてみたら当たり前だ。
のっぽの身分は判明したが,それでも不信感はぬぐい切れない。
書道部は体育館で絶賛活動中のはずだ。それに部長の弟だとなぜわかったんだろう。
再び緊張感のある沈黙が訪れる。
のっぽがまたも唐突に口を開いた。
「ラブレターですか」
ガタン,と書道室に椅子が倒れる音が響く。
俺は思わず立ち上がっていた。
こいつ,エスパーか?
「お前,な,何故それを」
口から出た声は震えていた。
俺の問いにのっぽは気まずそうに目を逸らし,もじもじしている。間違いない,俺の思考を盗聴しているのだ。
顔面蒼白で立ち尽くす俺を見ると,のっぽは突然笑い出した。
「あはははは。何もそんなに驚かなくてもいいじゃないですか。いや,すいません。僕は一年の西島と言います」
ひとしきり笑い終えると,西島はバツが悪そうに頭を掻いた。
「実は僕も書いたんです,ラブレター。村井さんに」
「へ?」
素っ頓狂な声が出る。
ボクモカイタンデスラブレター。ムライサンニ。
ぼくもかいたんですらぶれたー。むらいさんに。
僕も書いたんです,ラブレター。村井さんに。
西島の言葉を理解するのに1分程かかった。理解した上で何を言っているんだこいつは。
「……冗談だろ?」
「いえ,マジです」
西島は真顔で,冗談を言っているようには見えなかった。
俺は何とか声を絞り出す。
「……それはつまり,お前も村井沙紀に告白をするってことか?」
「そうなりますね」
「いつ」
「今からですけど」
西島はつらっと答える。
ショックのあまり俺は少しふらついた。そんな俺にかまわず西島は続ける。
「今朝ラブレターを靴箱に入れに行ったら,もう既に誰かのラブレターが置いてあったんです。日を改めようかとも思ったんですけど,なんか癪で。結局そのまま出しました」
いけしゃあしゃあとこいつは。
西島への文句が喉まで出かかったが,寸前で堪えた。別にラブレターを出す権利は誰にでもある。文句が言える筋合いはないだろう。
俺は何を言うべきか迷って,結局どうでもいいことを聞いてしまう。
「何で俺だってわかったんだよ」
「分かったていうか,部長から『弟にだれもいない部室を貸してもらいたいと頼まれた』っていう話を聞いてて。それでまさかと思ってカマかけたんです」
なるほど,それで俺の名前まで言い当てたというわけか。
俺は冷静さを取り戻し,状況を整理する。
まさか同じ日にラブレターを出して集合場所まで一緒のやつが出てくるとは。
つまり,いまから二人で同時に告白するということだろうか。
俺は奇妙な三者面談のような情景を想像して,鳥肌が立った。
「ま,変なことになりましたけど,お互い頑張りましょう」
西島はあっけらかんと言う。
「お前なあ」
「ごめんなさい。遅れました!」
悪態をつこうと口を開きかけた瞬間,教室の入口の方から声がした。
振り返ると一輪の可憐な花を幻視した。
そこにたのは彼女である。




