第7話:一撃死のクソ仕様? 当たらなければどうということはない
大穴の底から、新スキル『瞬歩(初級)』の爆発的な推進力を使って地上へと一気に跳ね上がった、その直後のことだった。
パリィン……ッ!
脳内で、まるで薄い硝子が文字通り粉々に砕け散るような、不気味な高音が鳴り響いた。
同時に、全身の皮膚がペラペラの紙細工にでも変わってしまったかのような、恐ろしいほどの『脆さ』と虚脱感が俺──切磋拓磨を襲った。
【警告:神罰第005号『ガラスの肉体』が発動しました】
【効果:本個体の防御力が強制的に『ゼロ』に固定されます。さらに、あらゆる被ダメージが通常の『十倍』に跳ね上がります。かすり傷、転倒、環境ダメージ(毒霧や摩擦)を含むあらゆる接触が致命傷となり得ます】
「ひゃーはははは! ついに来たぞ、一撃死の呪いだ!」
天界のモニターの向こうで、クソジジイ神が待ってましたとばかりに狂喜乱舞する。
「どれだけスキルを奪い取ろうが、今の貴様は小石が当たっても即死するゴミ屑だ! この骸森の環境そのものが貴様の敵となる! 恐怖で一歩も動けず、そのまま消え失せるが良い!」
神の言葉を肯定するように、俺の足元をかすめた強風の摩擦だけで、ズボンの裾から血が滲み、凄まじい激痛が走った。
防御力ゼロで被ダメージ十倍。格闘ゲームで言えば、即死コンボどころかジャブ一発で即死する、最悪のオワタ式(一撃死)仕様だ。
だが、俺は傷口から流れる血を冷徹に見つめ、すぐにシステムログの解除条件をスキャンした。
【神罰第005号・解除条件:本効果が適用されている状態で、自身より高い攻撃力を持つ魔物の攻撃を、累計30回連続で『完全回避』する(※一度でもかすった場合はカウントがリセットされます)】
「……連続30回の完全ジャスト回避ミッション、か」
普通なら、一発でも触れられたら即死の状況で、狂暴な魔物の攻撃を30回も避け続けるなんて、精神が崩壊するほどの無理ゲーだ。
しかし、俺の口元は、この日一番の凶悪な形に釣り上がっていた。
「おいクソ運営。お前、本当にアクションゲームのデバッグ(仕様検証)したことあんのか? 『攻撃を完全回避する』の判定が、敵の攻撃モーションに対して無敵フレーム(回避行動)が重なった回数だけで計算されてるなら──その攻撃、自分で用意すればいいだけだろ」
俺は『瞬歩』を使って、先ほど骸狼たちが遠吠えを上げていた茂みのすぐ近くまで、一切の無敵時間を意識しながら静かに移動した。
俊敏な骸狼の攻撃をガチで30回避けるのはリスクが高すぎる。だが、俺の狙いは狼ではない。
俺が目を付けたのは、骸狼たちの足元に生い茂っている、異世界の危険な環境オブジェクト──『爆ぜ棘の低木』だった。
近づくだけで、周囲の振動を感知して無数の鋭い棘を散弾銃のように全方位へ撒き散らす、触れてはならないトラップ植物。
攻撃力は骸狼の噛みつきよりも遥かに高く、今の俺が喰らえば一瞬で肉体が消し飛ぶ。だが、植物である以上、その攻撃サイクル(発射周期)は完全にプログラムされた一定のリズムだ。
「以前手に入れた『動体視力向上』で棘の弾道をすべて見切り、新スキルの『瞬歩』の無敵時間で強引にすり抜ける。──ただの覚えゲー(リズムゲーム)だわ」
俺は地面から小石を拾い、爆ぜ棘の低木に向かってパチンと投げつけた。
ガサリッ!
次の瞬間、低木が赤く発光し、シュババババッ! と数十本の鋭い棘が全方位へ放たれた。
普通の人間には視認すらできない速度の散弾。だが、俺の目には、その棘の一本一本が止まっているかのように遅く見えていた。
「──シッ!」
引きつけて、ステップ。
棘の嵐が俺の肉体を切り裂く寸前、『瞬歩』の超高速移動によって生まれるわずかな無敵時間が、棘の攻撃判定を完全にすり抜けた。
/【完全回避を記録:1回】
脳内にカウンターが刻まれる。
「よし、判定は完全に掴んだ」
俺は低木の周囲を軽快なステップで回りながら、わざと地面を踏み鳴らし、連続でトラップを起動させた。
シュバッ! ──瞬歩。
【完全回避:2回】
シュバババッ! ──瞬歩。
【完全回避:5回……10回……】
天界のモニターから、「な, 何をしている……!? なぜ自ら即死トラップに飛び込んでダンスを踊っているのだ……!? ひ、引き付け方が異常だろ! フレーム単位で見切っているというのか……ッ!?」と、クソジジイ神が泡を吹きながら立ち上がる気配が伝わってくる。
前世のブラック企業時代、いつ降ってくるか分からない上司からの理不尽なキレ時(攻撃判定)を、表情のピクセル単位の変化で察知して完璧に回避してきた俺だ。発射の予備動作が分かりやすすぎる植物のトラップなんて、ただの親切設計でしかない。
シュババババババッ!!
低木が怒り狂ったように、最後の全弾発射を敢行する。
俺は息を吸い込み、完全にクリアになった脳内で、全ての棘の軌道を計算。瞬歩の残像を残しながら、その針の穴を通すような弾幕の隙間を、一歩も下がるこなく正面から突き抜けた。
パリィィィンッ!!!
【完全回避:30回連続達成──条件をクリアしました】
【神罰第005号『ガラスの肉体』が完全解除されました】
【個体名:切磋拓磨の魂に、神格の剥ぎ取り(逆接続)を実行します】
【解除ボーナス:常時アクティブスキル『絶対無敵(一瞬)』を獲得しました】
全身を包んでいたペラペラな虚脱感が一瞬にして消え去り、元の、いや、以前よりも遥かに頑丈に引き締まった肉体の感覚が戻ってきた。
さらに、新たに手に入れたスキルは、任意のタイミングで一瞬だけあらゆる攻撃やダメージを完全に無効化する、格闘ゲームの緊急回避のような極上の性能だった。
【適用中の神罰:残り95個】
森のなかに静寂が戻る。
天界のモニターからは、「あ、ありえん……ありえんぞおぉぉ! 最凶の一撃死呪い(ワンパンデバフ)を、ただの草相手にステップを踏むだけで踏み倒しただと……!? バグだ、こんなの絶対にバグだぁぁぁーッ!!」という、クソジジイ神の泣き叫ぶような怒号が響き渡っていた。
俺は新スキル『絶対無敵』の感覚を指先で確かめながら、天を冷たく見上げ、酷薄な笑みを浮かべた。
「バグじゃねえよ、これが仕様だわ、クソ運営。──さあ、100個あったデバフも、もう残りは95個か。お前の命がBANされるまで、このままのペースでデバッグしてやるよ」




