第5話:漏れ出す魔力(バグ)を、最悪の罠(デコイ)に変える
ドクン、ドクン、と心臓の鼓動に合わせて、俺の体から不気味な青白い光の粒子が絶え間なく噴き出していた。
ただ立っているだけでも、体内のエネルギーが際限なく外へと垂れ流されていく。
指先に意識を集中して魔法を練ろうとしても、形になる前に霧散してしまい、発動すらできない。
【警告:神罰第003号『魔力漏出』が発動中です】
【効果:体内魔力が常に外部へ放出され、一切の魔法使用が不可となります。また、この魔力の匂いは周囲の魔物を極度に興奮させ、本個体の現在地へ無条件で誘引します】
「くははは! 次はそれだ下等生物!」
天界のモニターから、クソジジイ神の楽しげな声が降ってくる。
「貴様がどれほどハメ技に長けていようが、その呪いがある限り、森の魔物が無限に貴様を襲い続ける! 息つく暇もなく押し寄せる肉の壁に、無様に圧殺されるが良い!」
神の言う通り、静まり返っていたはずの『見捨てられた毒蜘蛛の骸森』のあちこちから、地響きのような足音が聞こえ始めていた。
漏れ出た魔力の香りに引き寄せられ、凶暴な魔物たちがこちらへ大移動を開始しているのだ。
「……なるほど。常に敵を引き寄せるヘイト(敵視)マックス状態。おまけにメイン火力になり得る魔法は使用禁止、か」
俺──切磋拓磨は、迫り来る包囲網の音を聞きながら、冷徹にシステムログを見つめた。
【神罰第003号・解除条件:漏出する魔力を利用し、格上の魔物を1匹討伐する】
「おいおいクソ運営。魔法を禁止した上で『魔力を利用しろ』だって? 相変わらずガバガバなテキスト設定してんじゃねえよ」
俺は不敵に口元を歪めた。
魔法として放てないなら、ただの『エネルギーの塊』として扱えばいい。格上を倒さなければならないなら、その呼び寄せ効果をそのままハメ技の起爆剤(仕様)にしてやるだけだ。
俺はすぐに動き出した。
先ほど骸蜘蛛をハメ殺した大樹の根元を離れ、森の奥へと進む。
『動体視力向上(初級)』のおかげで、薄暗い森の地形が手に取るように分かる。俺が目を付けたのは、巨大な落石が折り重なってできた、底の見えない『天然の奈落(大穴)』だった。
幅は約3メートル。落ちれば確実に即死する、エリアの境界線だ。
「ここに、こうして……」
俺はアイテムボックスから、先ほど手に入れた毒草『火傷草』のトゲだらけの茎を取り出した。それを大穴の縁に生えている頑丈な木に結びつけ、大穴をまたぐように一本の『ワイヤー(罠)』としてピンと張り巡らせる。
さらに、自分の体から溢れ出る青白い魔力の粒子を、手首からその火傷草のワイヤーへと強引になすりつけた。
じゅう、と不気味な音を立てて、ワイヤーが青白く発光し始める。
漏れ出す魔力を、罠の『餌』として逆接続してやったのだ。大穴の上に、濃厚な魔力の匂いを放つ見えない一本線が完成する。
作業を終えた俺が、大穴の対岸へと飛び移った瞬間──霧の奥から、骸蜘蛛とは比較にならないほどの凄まじいプレッシャーが這い出てきた。
ギチギチギチギチッ……!!
現れたのは、体長3メートルを超える、全身が鋼のような漆黒の外殻で覆われた巨大な百足──『骸鋼百足』だった。
この森のエリアボス、明確な『格上』の魔物だ。
百足の無数の赤い複眼が、俺の体から漏れる魔力、そして大穴の上に仕掛けられた魔力のワイヤーへと向けられる。
極上の餌を前にして、格上モンスターの理性が完全に吹き飛んだのが分かった。
「シャアァァァァッ!!」
大気を震わせる咆哮とともに、鋼の百足が猛烈なスピードで突進してくる。
狙いは、大穴の中央で濃厚な魔力を放つワイヤーの座標だ。
天界のクソ神が「バカな、ボスを引き寄せるなど自殺行為──」と叫ぶのが聞こえた。
「自殺? バカ言え。ただの確定演出だわ」
俺は対岸で微動だにせず、突進してくる百足を見据えた。
百足は凄まじい質量を乗せたまま、大穴を飛び越えようと跳躍する。その長い巨体が、俺の仕掛けた魔力のワイヤーの真上を通過した、まさにその瞬間──。
「──今だ」
俺はアイテムボックスから、あらかじめ用意していた『マヒシメジ』の汁を染み込ませた石ころを、ワイヤーの結び目に向かって全力で投げつけた。
『動体視力向上(初級)』による超精密なコントロールが、百足の巨体の自重によって限界まで張り詰めていた火傷草のワイヤーを、ジャストのタイミングで切断する。
ビチンッ!!
「ギチッ!?」
足場になるはずだった魔力の餌が突如として消え、百足の長い身体が空中でバランスを崩した。
さらに、切れたワイヤーから飛び散った火傷草のトゲとマヒシメジの毒汁が、百足の無防備な腹部へとダイレクトに降り注ぐ。
ジュウゥゥッ! と外殻の隙間の肉が焼け、強烈な麻痺毒によって、百足の無数の足が一瞬にして硬直した。
空中での方向修正を完全に封じられた3メートルの鋼の質量が、どうなるか。
「シャ、ガ、アァァ……ッ!?」
重力の法則に従い、硬直した骸鋼百足の巨体は、そのまま底なしの大穴へと、真っ逆さまに墜落していった。
遥か底の方から、ズシーン……という凄まじい激突音が響き渡り、やがて静寂が訪れる。
【エリアボス『骸鋼百足』の討伐を確認しました】
【条件達成:神罰第003号『魔力漏出』が完全解除されました】
【個体名:切磋拓磨の魂に、神格の剥ぎ取り(逆接続)を実行します】
【解除ボーナス:常時アクティブスキル『魔力操作(初級)』を獲得しました】
体から垂れ流されていた青白い光が、嘘のようにピタリと止まる。
それどころか、今まで外に捨てられていた魔力を、自分の意志で体内に留め、コントロールできる感覚が明確に脳へと伝わってきた。これが『魔力操作』の力か。
【適用中の神罰:残り97個】
天界のモニターの向こうで、クソジジイ神が「エリアボスを……一度も武器で殴ることすらなく、初期の毒草だけで落としただと……!? お、おのれぇぇ、チート野郎がぁぁッ!!」と、顔を真っ赤にして絶叫し、卓を激しく叩き割る音が響いてきた。
「チート? 人聞きが悪いな。お前が作った仕様の範囲内で、最高に効率的な処理をしてやっただけだろ、クソ運営」
俺は自分の内に満ちていく魔力の脈動を感じながら、大穴の底を見下ろし、冷酷に言い放った。




