第4話:ただの毒草? 栄養価のある回復アイテムだろ
「……ぐ、ぅあ……ッ!!」
五感のラグが消え去った喜びも束の間、俺──切磋拓磨は、今度は猛烈な胃の激痛に襲われてその場に膝を突いた。
内臓を真っ赤に焼けた鉄で抉られるような痛みだ。
そういえば、コンビニの帰りに死んでから、俺は何も食べていない。空腹が限界を突破し、胃が悲鳴を上げている。前世のブラック企業時代、何十時間も飯を抜いた時の飢餓感とは比べ物にならない、狂いそうなほどの飢えだった。
たまらずアイテムボックス(初期収納)を開き、天界から持ってきた支給品の『干し肉』を口に放り込む。
だが、咀嚼して飲み込んだ瞬間、喉の奥から猛烈な拒絶反応が込み上げてきた。
「がはっ……げほっ! うぇ……っ!」
胃が食べ物を受け付けない。それどころか、ただの干し肉が強酸の塊に変わったかのように胃を激しく荒らし、血の混じった胃液ごと吐き出してしまった。
【警告:神罰第002号『鉄の胃袋(呪)』が発動中です】
【効果:通常の食事を摂取した場合、激しい拒絶反応とステータス低下を引き起こします。本個体は、この世界における『毒草』または『魔物の生肉』のみ消化・吸収が可能です】
「……おいおい、マジかよ」
冷や汗を拭いながら、俺はハッと自嘲気味に笑った。
まともな飯を食べたらダメージを受ける。代わりに、普通なら死に至る毒草や魔物の肉しかエネルギーに変えられないクソ仕様。
天界からは「くはは! どうだ下等生物、飢えて無様に死ね!」というクソジジイ神の念波が勝ち誇ったように響いてくる。
「本当に性格が悪いな、クソ運営……。だが、解除条件はなんだ?」
目を凝らすと、視界の端のシステムログに小さくテキストが表示されていた。
【神罰第002号・解除条件:異世界の毒草を3種類以上、完食する】
「……なんだ、ただの収集クエストじゃねえか」
俺はふらつく足で立ち上がり、周囲の不気味な植物に目を向けた。
先ほど解除した『動体視力向上(初級)』のおかげで、霧の奥にある草木の細かな形状までハッキリと視認できる。
普通のゲーマーなら「毒草を食え」と言われた時点で絶望するだろう。だが、俺は数々の鬼畜死にゲーで『特定のバフを得るために、あえて自傷アイテムを限界まで摂取する』という変態的な攻略を繰り返してきた男だ。
さらに言えば、前世の会社では、賞味期限が1週間切れたコンビニ弁当を「まだいける」と胃袋に叩き込んできた社畜だ。異世界の毒草ごときに、いまさら怯むわけがない。
「まずは……これか」
足元に生えていた、どす黒い紫色の液体を葉脈から滴らせているキノコを毟り取る。
【マヒシメジ:強い神経毒を持つ。生食すれば全身が硬直して呼吸不全に陥る】
「いただきまーす」
躊躇なく口に放り込み、ガリリと噛み砕く。
凄まじい苦味とシブみが口内に広がり──次の瞬間、全身の筋肉がガチガチと硬直した。
「が、あ……っ、あ……!」
声にならない悲鳴が漏れる。肺が縮こまり、呼吸が満足にできない。全身の神経が麻痺の毒で焼け付くようだ。俺は地面に倒れ込み、泥のなかでのたうち回った。指先一つ動かすのにも、激痛を伴うほどの凄まじい毒性。
だが、その強烈な毒が胃袋に到達した瞬間、驚くべきことにキュウゥゥ……と心地よい消化音が鳴った。胃の痛みが一瞬だけ和らぐ。
(……はっ、ハハ! やっぱりな! 体は拒絶反応を起こしてても、システム上はこれが『飯』扱いなんだろ……!)
俺はガチガチと震える顎で、口内に残ったキノコの繊維を根性ですべて飲み干した。
【マヒシメジを完食:残り2種類】
「ふぅ……っ、はぁ……っ。死ぬほど苦いが、腹の虫は収まるな。次だ」
麻痺でまだ痺れる足のまま、俺は這いずるようにして次の獲物を探す。
少し歩いた大樹の陰に、トゲだらけの赤い雑草を見つけた。
【火傷草:触れるだけで皮膚を焼く毒草。体内に入れば内臓を激しく損傷させる】
トゲを気にせず引き抜き、口の中でクチャクチャと咀嚼する。
「つ、うぅぅああっ!?」
まるで沸騰した油かマグマを飲んでいるような熱激痛が走った。口のなかの粘膜がボロボロに焼け、喉を通るたびに内臓が引き裂かれるような錯覚を覚える。胃が熱苦しさに沸騰し、あまりの熱さに自分の胸を掻き毟りながら悶絶した。
だが、これも胃袋に完全に落ちると、すんなりと莫大なエネルギーに変換された。細胞が急速に栄養を吸収していくのが分かる。
【火傷草を完食:残り1種類】
「ラスト……これにするか」
最後に選んだのは、ドブ川のような悪臭を放つ、ネバネバした苔だった。
【腐肉苔:生物の死体に繁殖する苔。強力な腐敗毒を含み、幻覚作用を引き起こす】
口に含むと、鼻を突き抜ける生ゴミ臭とドロリとした最悪の食感。直後、目の前の景色がぐにゃりと反転し、不気味な幻覚のモンスターたちが襲いかかってくる幻覚が見え始めた。
だが、ブラック企業時代の『徹夜4日目の深夜のオフィス』で見慣れた本物の絶望(幻覚)に比べれば、この程度の毒が見せてくる幻覚なんて可愛いものだ。
「この程度で、俺の仕事(攻略)の邪魔をするな……っ!」
俺は迫る幻覚を気合で無視し、その苔を強引に喉の奥へと押し込んで飲み込んだ。
ごくん、と喉が鳴る。
その直後、胃の底から温かい熱量が爆発的に広がり、全身の毒の痛みが嘘のように消し飛んだ。
【条件達成:神罰第002号『鉄の胃袋(呪)』が完全解除されました】
【個体名:切磋拓磨の魂に、神格の剥ぎ取り(逆接続)を実行します】
【解除ボーナス:常時パッシブスキル『状態異常耐性(微)』を獲得しました】
視界を覆っていた赤い警告が消える。
手元の干し肉を一口齧ってみると、今度は一切の拒絶反応なく、肉の旨味がしっかりと舌に伝わってきた。
さらに、新たに獲得したスキルの効果により、先ほどまで麻痺していた身体や、火傷でボロボロだった口内と喉の痛みが、急速に引いていく。
【適用中の神罰:残り98個】
天界のモニターから、「ひぎぃっ……!? き、貴様、本当に人間か……!? なぜこれほどの毒の苦痛に耐え、貪り食えるのだ……っ!?」という、クソジジイ神が本気で引き始めている困惑の声が漏れ聞こえてきた。
俺はすっかり軽くなった体で、手元に残った毒草のストックをアイテムボックスへ仕舞いながら、フッと鼻で笑った。
「おい、クソ運営。この世界の毒草、前世の1本100円の格安栄養ドリンクよりよっぽど体に効くわ。──さあ、スタミナは全回復だ。次のデバフ(クエスト)へ行こうか」




