第10話:完全無音(ミュート)の世界? システムログ(ログ)を見れば全部分かるわ
破裂した聖骸鹿の光の粒子が消え去った、まさにその瞬間だった。
──スッ……。
世界から、あらゆる『音』が唐突に消滅した。
自分の足音も、木々のざわめきも、呼吸の音さえも聞こえない。ただ鼓膜の奥が不気味に圧迫されるような、狂気的な静寂が俺──切磋拓磨を支配した。
【警告:神罰第008号『静寂の牢獄』が発動しました】
【効果:本個体の聴覚が完全に遮断され、周囲の音情報(環境音、敵の足音、詠唱音声など)を一切感知できなくなります。また、無音状態の継続により、三半規管が徐々にマヒし、平衡感覚に深刻なデバフ(命中率・回避率の大幅低下)が発生します】
「くははは! 音のない世界で踊るが良い下等生物!」
天界のモニターの向こうで、クソジジイ神が勝利を確信したように勝ち誇っている。音を奪われた今の俺にはその声すら聞こえないが、脳に直接ノイズのように伝わってくる気配で分かった。
「気配を完全に消して近づく暗殺型の魔物に、何も気づけぬまま後ろから首を刎ねられるが良いわ!」
神の言葉を証明するように、無音の世界のなか、霧の奥から不自然な『影』が揺らめいた。
この骸森の環境に完全に溶け込み、音もなく獲物の背後を取る暗殺型の魔物『骸影猫』だ。
音が聞こえないということは、敵の接近を察知する手段が一つ潰されたことを意味する。おまけに平衡感覚まで狂わされ、真っ直ぐ立つことすら困難になりつつあった。
だが、俺はぐにゃりと歪み始めた視界のなかで、冷徹にシステムログの解除条件を凝視した。
【神罰第008号・解除条件:本効果が適用されている状態で、自身への敵対行動(攻撃)を『音以外の情報』のみで完全に特定し、迎撃に3回連続で成功する】
「……フッ、要するに目隠しプレイ(ブラインドプレイ)をしろってことか」
普通のプレイヤーなら、音のない恐怖と目眩でパニックに陥り、背後からの奇襲で一瞬にして肉体を切り裂かれるだろう。
しかし、俺の脳内は、この状況すらも格好の『カモ』として処理を開始していた。
「おいクソ運営。お前、自分が作ったUIの仕様を忘れたのか? 音が聞こえなかろうが、このゲーム(世界)には『ターゲットロック』と『戦闘ログの即時更新』のプログラムが生きてんだよ」
俺はふらつく体を『魔力操作』の重心固定で強引に支え、わざと無防備にその場に背を向けて立った。
音が一切しない世界。
だが、俺の視界の右隅にある『システムログ(テキスト入力欄)』は、リアルタイムで世界の事象を文字データとして吐き出し続けている。
──ピコん。
【ログ:骸影猫が『隠密移動』を開始しました】
【ログ:骸影猫が本個体の背後3メートルに接近。スキル『影爪』の予備動作に入りました】
「テキスト(仕様)が全部教えてくれてんだよ。──『反転魔導』、発動」
背後から迫る、音も気配もない一撃。
俺はそれを振り返ることすら記述せず、ログの文字が『攻撃判定発生』に変わるジャストのタイミングで、右手に凝縮した魔力を真後ろへと解き放った。
新スキル『反転魔導』により、俺が放った無属性の魔力衝撃は、敵の『隠密』の属性を完全反転させ、強制的な『絶対発光』のエネルギーへと書き換わる。
ドガァンッ!!
「ギャウッ!?」
無音の闇のなかで、突如として眩い光の塊と化した骸影猫が、たまらず姿を露呈してのたうち回った。
【迎撃成功:1回】
「前世のブラック企業でな、クソ上司が口頭の指示をコロコロ変えるから、俺は常に全ての会話を『リアルタイムで議事録に起こして証拠化』して戦ってきたんだわ。音声なんて不確実なデータに頼るかよ、文字ログこそが絶対の真実だ」
光り輝く的となった猫の魔物に向けて、俺は『瞬歩』で距離を詰める。
──ピコん。
【ログ:骸影猫が左側からカウンターの牙を剥きます】
「見える(読める)んだよ!」
左からの牙を『瞬歩』のステップでかわし、ゼロ距離から魔力の拳をブチ込む。
ドンッ!
【迎撃成功:2回】
追い詰められた骸影猫が、最後の足掻きとして影の中に溶け込み、全方位からの『多重影分身』による奇襲を仕掛けてきた。
視覚すらも攪乱する究極の暗殺術。だが、システムログの冷徹なテキスト更新速度は、俺の脳の処理速度を裏切らない。
【ログ:骸影猫の本体は、本個体の真上(天井の枝)から落下中です】
「──お前の上空からの奇襲判定、前世のクソ格ゲーで何万回もガード(対策)してきたわ!」
俺は真上を見上げることすらなく、以前手に入れた『絶対無敵』を一瞬だけ展開。頭上から激突した猫の爪を完全に弾き返すと同時に、右手に最大出力の魔力を練り上げ、そのまま真上へと突き上げた。
ドゴォォォンッ!!!!!
直撃。
文字通り頭上の枝ごと骸影猫の肉体が粉砕され、光の粒子となって無音の霧に霧散していく。
【骸影猫の討伐を確認しました】
【条件達成:神罰第008号『静寂の牢獄』が完全解除されました】
【個体名:切磋拓磨の魂に、神格の剥ぎ取り(逆接続)を実行します】
【解除ボーナス:常時パッシブスキル『心眼(初級)』を獲得しました】
パァン……と、耳の奥の詰まりが弾けるような音がした。
次の瞬間、森のざわめき、風の音、自分の荒い呼吸の音が、濁流のように聴覚へと流れ込んできた。世界の音情報が完全に同期する。
さらに、新スキル『心眼』の恩恵か、音だけでなく、周囲に潜むすべての魔物の位置や『敵意のベクトル』が、目を瞑っていてもレーダーのように脳内にハッキリと立体マッピングされるようになっていた。
【適用中の神罰:残り92個】
天界のモニターの向こうから、「あ、あばばばば……っ!? 聴覚を奪ったのに……システムログの文字を読んでフレーム単位でカウンターを合わせたというのか……!? そんなのただのツール(外部魔導)だろぉぉぉーッ!!」という、クソジジイ神の完全に脳が焼き切れた悲鳴が響き渡る。
俺は新スキル『心眼』で周囲の安全を確認しながら、天を冷酷に見上げて言い放った。
「ツールじゃねえよ。お前が標準搭載したUI(仕様)を使いこなしただけだ、無能運営。──さあ、次のバグ(デバフ)、早く持ってこいよ」




