ただ傷つけられればそれでいい
荒々しく開かれた教室の扉、眉間に皺を寄せ、梅雨の合間を縫って降り注ぐ日光の当たる窓際の席に座る。
ここは自分の席ではない。でも、誰も咎めないし、むしろ喜ばれる。
浅倉こかげ——狐の血を引く高校二年生。
絶対的な美貌を誇り、更に頭が良く運動能力も高い。非の打ち所がない超絶美人。見えている範囲ではだが。
昨日の放課後、二年生の中に噂を流した。
しかし誰もそれはこかげが悪意を持ってやったことだとは思わない。
『なア、一年に吸血鬼と三年に人魚がいるってマジか? 常人離れの見た目してるらしいンだけど』
単純な疑問。誰もその言葉の真意に気づかない。いや、考えようとしない。
これを別の生徒が言えば笑われるだろう。だが超絶美人の言葉はその他の思考力を奪う。こかげがそうと言えばそうで、違うと言えば違う。
だからこかげの同級生は他学年と最も関わる時間——部活動の時間に聞いたのだ。
吸血鬼と人魚。その言葉は尾鰭に過ぎず、三年生と一年生にその人物を浮かび上らせたのは『常人離れの見た目』だ。
実際にそんな生徒がいる。こかげもその常人離れの一人で、それぞれの学年にいる。
次の日学校に行くと嬉々として伝えられた。
『いるみたいですよ!』
とりあえずこれで十分だ。アイツは自らの血を公言していないはず。
そして一人は気にして無さそうなヤツだが、ソイツには後で直接探りに行こうと決めた。
ただ、予想外のことが起きた。互いに保健室で探り合っている最中、ソイツの友達がやって来た。こかげにはまるで犬のように見えた元気な明るい生徒だった。
こかげは背筋が震えるのを感じて慌てて退散したが、怒りがふつふつと湧いてきた。
アレが近くにいるのなら、接触は避けた方が得策か。
遠くから、安全圏から、相手を傷つける。理由なんて無い。ただ気に食わないから傷つけるだけ。
理由無き悪意程質の悪いものは無い。目的が無いため、その手段は多岐にわたるからだ。
——ただ傷つけられればそれでいい。
寝ているふりをして頭を働かせる。まずは相手の最も嫌がることを知らなければならない。
「オイ」
「えっ、はい⁉」
先程からこちらを見ていた生徒。この席の生徒だろうか。こかげは目だけで近くに来るよう促す。
その呼ばれた生徒は恐れ多いといった様子と、浮かれた様子、異なる様子を携えてやって来た。
「アノ話、一年の吸血鬼の話なンだけどさ。どんなヤツか詳しいのはいるか?」
「いえ、私は知らないですけど……探してきますね‼」
あの浅倉こかげに頼られた。そう解釈して、知らないが調べるとその生徒は教室を出ていく。
この学年の生徒の殆どをこかげは使える。時代が違えば魔女とでも呼ばれるだろう。
これで親切でやる気のある同級生は情報を集めてくれる。悪意なんて無く、ただの親切心で動く者。アイツらが気づいた頃にはもう手遅れだ。
あの憎たらしくて生意気な吸血鬼を傷つけるため、浅倉こかげは動き始める。




