鳴月、世の中には関わっていい人間と駄目な人間がいる。あの子は駄目な方。早く行こう
何事も無く、平穏無事に帰られると思っていたんだけどどうもそうはいかないっぽい……。
「先輩」
「ん。ごめん、私が話しちゃったから……」
「オイ、誰だよソイツは」
俯く先輩の前に立って私は、今しがた現れた無粋な輩を見る。
きつね色の髪色の不良女子。うん、それ以上でもない。以下はあるかもしれない。
先輩も私と同じだから、大概の相手には臆すること無く向けるけど、そんな先輩が私の背中に大人しく隠されてくれるのを見るにコイツが先輩にくだらないことを抜かしたヤツだろう。
「なに、急に出てきて」
「あ? ッせーな。魚でも捌いたのか? 魚臭くて血腥い」
「あんたの鼻の周りが臭いんだろ」
「鳴月、行こう」
先輩が後ろから服を引いてくれるけど……多分これ逃がしてもらえる感じじゃないと思いますよ。
どうせ学校でも接触してくるだろうし。
「ヘェ、逃げんのか? いつもみたいに」
「鳴月、世の中には関わっていい人間と駄目な人間がいる。あの子は駄目な方。早く行こう」
先輩急に煽りだしたじゃん。絶対怒るって――。
「ダレのコト言ってんだよォ!」
ほらぁ。
まあ先輩が普通に動けるのならもう無視した方がいいだろうけど、向かう先は駅じゃなくて。
「一回帰りましょう」
先輩の家だ。
私は先輩の手を引いて、歩いてきた道を引き返す。あのタイプは多分走ってもすぐに追いついてくるだろうから、早歩きぐらいで、そそくさと立ち去る。
「先輩、あの人に家は?」
「知られてるから大丈夫」
「オイッ! 逃げてんじゃねぇよ!」
今二人三脚したら間違いなくぶっちぎるだろう速度で歩く。それでも走ってないから回り込まれるのは必然で――ってめっちゃ軽やかな身のこなしじゃん。
住宅の塀の上を、語気の割には軽やかでしなやかな動きで渡って私達の前に立ち塞がる。
「邪魔」
「先輩⁉」
だけど先輩は押しのけて進む。なんなら私を引っ張ってる。
さっきまでとは打って変わって、先輩は強気になっている。これなら戻らなくても良かったかもしれない。
「オイッ……!」
振り返ってみると、あの不良女子は――こっわ! めっちゃ睨んでくるじゃん!
今にも火が吹き上がりそうな、どことなく不良女子の周りが真夏みたいに揺らいでる気がするけど……今のうちに急ごう。
「走りましょう」
「ん」
先輩の家まで自然と手は離れず、なんなら先輩の私の手を握る力は、家に近づくにつれて強くなっていった。
△
「お邪魔します」
再び先輩の家に上がって、急いで鍵とチェーンをかける。
勝手に入ってきたことは無いって言ってたけど、かなり怒ってたから念の為。
今度は一階じゃなくて、二階の先輩の部屋に上がらせてもらう。いつもの先輩の香水の匂いが出迎えてくれた。
それにホッとしたら汗が吹き出てきた。超絶美人だから臭くはならないけど、汗だくで人の部屋に上がるのは少し申し訳なく思ってしまう。
「暑いですね」
体に籠った熱を言葉として出してみると、私の正面から僅かな衝撃。
慌てて受け止めて、汗だくだけどいいんだろうかと不安になる。
「先輩……? 私汗だくなんですけど……」
それを言ったら先輩も汗だくなんだろうけど。
でもやっぱり魚臭くなんてなくて、汗かいていてもただただ良い匂いだった。
「私も同じ。鳴月、良い匂いだね。落ち着く」
「先輩も良い匂いですよ。ってなに言ってるんですか」
「ん、ごめん。今ね、怖いの」
とりあえずその場に座って、先輩の言葉に耳を傾ける。
「もう会ってしまったから言う。あの子は二年生の浅倉こかげ。狐の血を引いてる。嗅覚が凄くて、身のこなしが軽やか。多分、私達より運動できる」
うっわ、やっぱ二年の私らの枠か。性格悪いから全然綺麗に見えなかった。
「……厄介ですね」
「ん。名前を出したらいっつも現れる。そういう嗅覚が凄い。それに、さっきのではっきりした。あの子の鼻は特殊」
「特殊?」
「あの子はさっきこう言った。魚臭くて血腥い。私は魚臭いしか言われたことが無い、たぶん血腥いは鳴月の匂いだと思う」
私の胸に顔を埋めて話す先輩の声を、一つ一つ理解する。
あの不良少女の浅倉こがねは、狐の血を引いている。運動能力が多分私達よりも高い。性格は圧倒的に悪い。そして運動能力意外にも特徴があって、それはその嗅覚。普通の嗅覚じゃなくて、自分の話をされたらそこに現れる嗅覚、人の血を嗅ぎ取る嗅覚みたいな、特殊な嗅覚を持っている。
「でも私って血腥く無いですよね?」
「ん」
先輩は顔を埋めて大きく息を吸う。
「良い匂い」
「アイツの鼻の周りが臭いって可能性もあるんでしょうけど、確かにその可能性ありますよね」
でもなんで私が血腥いんだろうか? 吸血鬼っていっても、血なんて吸ったこと無いし……アレか? 私の遠い先祖は人の血を吸ってきた吸血鬼だったとか? なんて、考えるだけ無駄か。まあこれはこれではっきりしたこともある。
「でっもまあ、やっぱり先輩は臭くないんですよ」
「ん」
アイツと出会ってしまったのは最悪だけど、そのおかげで先輩の心が少し救われたはず。
自然と先輩を抱きしめる力が強くなる。
「ありがとう、鳴月」
これで終われば良かったんだけど、終わらないのが現実だ。
ガンッと微かに音が聞こえて、ピンポーンとインターホンの鳴る音が聞こえた。律儀に鳴らすんだなって呆れ半分関心半分、私と先輩は頷き合って玄関まで向かう。
「やっぱり言い返すのは怖かったけど、鳴月がいてくれたから大丈夫だった。できれば帰ってほしくないけど、そういう訳にはいかないよね」
「先輩急に言い返したんだからビックリしましたよ」
「鳴月がいてくれたから強気になれたの、ありがとう」
「ずっと感謝されてばっかで、なんか変な感じします」
あと、これから対峙する相手を考えるとこんなほのぼのとした会話をしている暇じゃない。うん、かなり怒っているだろうし、相手が何をしでかすのか私には分からない。私が帰って、私についてくるならいいんだけど、その後は間違いなく先輩の所に行くはず。
どっちも嫌だし、やめてほしい。
先輩がドアチェーン越しに開く。
「なに? こがね」
「なにじゃねえよ! テメェらアタシを馬鹿にしてんのか?」
本当になにしに来たんだよって思う。文句言うためにわざわざ来るなんて、暇すぎない?
「馬鹿にってなにが? ああ、馬と鹿じゃなくて、狐ですもんね」
「るっせえよッ、テメェはなんなんだよ‼ 血腥い化け物が‼」
「やめて、化け物じゃない。それでなにをしに来たの? わざわざ文句を言いに来ただけ?」
そうだそうだ。早く帰れ!
先輩の言葉に浅倉は舌打ちをして背を向けた。思ったよりすんなりと引いてくれて拍子抜けだ。
私は先輩と顔を見合わせて同時に首を傾げる。
「本当なにしに来たんでしょうね」
「分からない。でも、気をつけて帰ってね」
「まあはい。先輩も、気をつけてくださいね。じゃあお邪魔しました」
「ん。本当にありがとう」
しばらく様子を見て、もう大丈夫だろうということで先輩の家から出ることにした。笑顔で手を振ってくれる先輩に手を振り返して、今度こそ家に帰る。
どうせまあ……と思いながら駅に向かう。
そして駅に向かう途中、案の定浅倉が現れた。
「……尻尾巻いて逃げたと思ったのに、待ってたの? 気持ち悪い」
なんかぬるっと現れた。神出鬼没にしても程があるだろ。
「チッ。ッせえな。オマエなんなんだよ」
「なんなんだって、なに? 別にいいじゃん、先輩」
「それは分かってんだよ、なんでアイツと一緒にいるんだって聞いてんだよ‼」
じゃあそう聞けよ。全く、どう答えるべきか……。あまり情報あげたくないんだよなあ。でもはぐらかしすぎたら引いてくれる気配無いし、全力で逃げても追いつかれるだろうし、面倒くせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼
「なんでもいいでしょ人の交友関係なんて。なに? 先輩の彼女なの? それとも好きなの? 好きだから先輩に意地悪したいの?」
「な訳ねえだろ」
すっごい馬鹿にしたような顔で見てくるんだけど。これはアレだ、浅倉もわざと濁した言い方してるやつだ。多分私の返答とかから探ってるんだと思う。こういう時は正直に話してしまうのが吉。
「あんたになにも言いたくないし、これ以上会話して探られるのも嫌。私帰るから」
私の言葉に浅倉は目を細めた。そして私が瞬きをしたらすぐ隣にいた。……気持ちわっるぅ。
「オマエの血腥さ、なんの血だ?」
「吸血鬼だけど」
「へえ、道理で」
「これで満足? じゃあ行くから、狐先輩」
あくまでも主導権を握ってる感じで、余裕綽々にその場を去る――ことができたぁ‼
とりあえず、週明けのことを考えるのは後。今は無事に家に帰ることだけを考えよう。




