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吸血鬼が憩える保健室  作者: 坂持


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それで本題

 どれだけ時間が過ぎたのか分からない。どれだけ経っていてもいいんだけど、ようやく先輩が顔を上げた。少し目の周りが赤くなっているけど、感情に乏しいいつもの表情だった。


「ありがとう。もう、大丈夫」


 声音もいつも通り。先輩は私から離れて、でも私を見たままだった。


「これを聞いたら鳴月も危険な目に合う。ここまでしてもらってこう言うのはアレだけど、この話は深く聞かないで」

「えぇ……」


 本当にここまでしてだよ‼


「そんな目で見ないで」

「そりゃ見ますよ。私のこと気づかってくれるのはありがたいんですけど、ここまでして先輩がまだ一人で苦しまないと駄目なんですか? まあこれ以上話すのが辛いんだったら私も聞きませんけど」


 私の言葉に、先輩は失った水分を補給して少し考えている。またしても秒針の音がやけに聞こえる状況だ。


 そしてしばらくして、先輩が口を開いた。


「私は、自分の匂いが魚臭くないって知れて十分。本当に、ありがとう」


 作り笑いじゃなくて、本当に微笑んでいる。先輩がそれでいいのなら別にいいんだけど、やっぱり心のモヤモヤは晴れない。でも先輩が別にいいって言うんだから別にいい。


「それで本題」

「え?」


 ちょっとなんて? 本題?


「え?」

「どうしたの?」

「本題って……?」


 先輩の匂いのことが本題じゃないの?


「鳴月のこと。私の血のこと」

「んん?」


 私のこと? それに先輩の血のこと?


 それが本題って……。こうしてわざわざ家に呼んで私のことっていえば、吸血鬼のことで、それなら電話で済むはず。家に呼んだのは匂いを嗅いでほしいからだって思ってたけど、それが本題じゃない? いや、本題は別に電話とかでも大丈夫だけど、ついでに匂いを嗅いでもらおうとして家に呼んだ? どっちだろう。


「調べたの。鳴月の体質を治す? っていうか、どうにか対策できないかを」

「陽に弱いって体質をですか?」

「ん。いつも辛そうだから」

「まあ辛いですけど、仕方ないですし」


 佳に秘密にしているのが、騙しているようで一番辛い。だからもしそれが改善できるのならありがたい話だ。


「なにか良い方法があったんですか?」


 陽に弱い体質を改善できる可能性が目の前に現れたからか、緊張して喉が渇いてきた。その乾いた喉を潤そうとコップを取ったけど、先輩が飲み干して空だった。


「結論から言うと、分からない。試してみないと」

「まあ……そう簡単に見つからないですよね。その試さないと分からないことって?」

「私の血を飲む」

「いやいやいや⁉ いくら吸血鬼の血を引いてるからって無茶ですよ‼」


 先輩は私に牙が生えていないこと知っているはずなのになんでこんなことを⁉


 それに、なんで先輩の血⁉


 人魚の血はなにか関係あるの⁉


「知らない?」

「なにをですか?」

「人魚の肉を食べたら不老長寿になるって言い伝え」

「知らないです」

「ん。じゃあ今知った」

「はい、今知りました。あの先輩? 麦茶のおかわり欲しいです」


 ちょっと落ち着こう。別に先輩は冷静さを失っている訳じゃないんだけど、とりあえず落ち着きたい。私が。


「ん。分かった」


 先輩は二つのコップを持って麦茶を淹れに行ってくれた。その間私は深呼吸をして気持ちを落ち着けて整理する。整理することも無いけど。


 まず、人魚の肉を食べたら不老長寿になるという言い伝えがあります。だから先輩は私に人魚の血を飲んだらいいんじゃないかと提案してきました。


 うーん……結構飛躍しているね。


 多分こういう流れかな。


 人魚の肉を食べたら不老長寿になるという言い伝えがあります。でも流石に自分の身を切って私に食べさせるわけにもいかないから血で妥協。妥協のはずだけど、吸血鬼は人の血を飲むっていうし、丁度良かったのかもしれない。吸血鬼なら、人魚の血だけで人魚の肉を食べる効果が期待できると。


 そして不老長寿やそれに準ずる何らかの効果で私の陽に弱いという体質の改善を目指す。


 多分こんな感じ。


 戻ってきた先輩からコップを受け取り喉を潤す。


「お菓子でも用意しとけばよかったんだけど、ごめん」

「いや、別に大丈夫ですよ」


 先輩も座って麦茶を飲んでいる。少し一息ついてから、私は自分の考えた流れを先輩に伝えて答え合わせをした。


「ん。殆ど合ってる。血に落ち着いた訳は、人魚の肉を食べたら不老長寿になる話が本当かどうか分からなかったから」

「あっ、本当だったら肉食べさせようと思ってたんですね……」

「そういうこと。ということで、飲んでみる? 私の血」

「飲みませんよ。多分そこは普通の人間と同じなんで、拒否反応というか特別得意じゃないんで……」


 体質改善が確実なら頑張ったけど、血を飲むのはあまり良くないだろうし。


「いい案だと思ったけど、そうだよね」


 先輩もそこは予想していたのだろう、特に残念そうではなかった。


「変なこと言ってごめんね。……ううん、今日の私は変だったね」

「別にいいですよ、先輩なりに私のことちゃんと考えてくれたんだって伝わってますしそれに、先輩の心が少しでも救われるのなら、全然、気にしないでください」

「ん。ありがとう、鳴月」


 先輩の破壊力抜群の笑顔を見ることができて安心した。


 これで本題の先輩の血を飲むかどうかの話は終わった。夕方はもう少し先だけど、私はもう帰るべきか。先輩と遊ぶといっても、なにをすればいいのか分からないし、佳がいないのに遊ぶのは嫌だ。多分見た感じ先輩も同じ気持ちだろう。


「じゃあ、私は……」

「ん。ありがとう。コップは置いておいて」

「すいません、ありがとうございます」


 先輩と一緒に玄関まで向かう。


 靴を履いて、先輩の家を出る準備をする。


「送って行くよ」

「別に大丈夫ですよ?」

「私が送りたい」


 そう言って、先輩も靴を履く。


「あっ、出る前に。人に見られてると言うのが恥ずかしいから」


 玄関というそこまで広くない空間で、先輩がすぐそこにいる。そこで向かい合って、手を伸ばせがすぐに抱き寄せられる距離で、先輩ははにかみながら言う。


「鳴月がいてくれて良かった。本当にありがとう」


 ただの感謝の言葉なのに、私にはその重さ、その意味が全て伝わるおかげで少し照れ臭い。だって私も同じようなものだから。


 でも先輩がそう言ってくれるなら、私の方こそもだ。


「こちらこそ、先輩がいてくれて良かったです。ありがとうございます」


 同じ気持ちには同じ気持ちで返す。先輩がいるから、私も多少気を抜いて生きていける。先輩がいなければ、今みたいに楽しい学校生活を送れていたか分からない程だ。


「同じだね。じゃあ、行こっか」

「はい、お邪魔しました」


 いろいろあったけど、今日は平和に終わりそうで一安心だ。

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