『四乃宮 静』という人物の誕生
流れ星?
そう思うほど、輝かんばかりの流星だった。
その流星は、私の前に降り立った。
流星は、少年だった。
少年の形をした人は、
「死にたそうな顔しているね?」
開口一番そんな声を出した。
私は見とれていた。
呼吸すら忘れて。
ただ見ていた。
彼の美しさは形容しがたいものだった。
何よりきれいな銀色の瞳だった。
手を差し伸べられ、自然とその手を取ってしまった。
汚水から引き揚げられた反動で彼の胸の内に抱き留められる形になった。
その時、初めて心臓の音が高鳴った。
私より幼い見た目の少年に抱き留められただけなのに。
グルグルと視界も曲がる。
呼吸も早くなる。
まるで………。
少年は、おそらく私より下なのだろう。
しかしまだ幼い体でありながら、抱き留めた手の小さいながらも力強さに安心感が湧く。
「またひどい現場だね」
その言葉に、自然と涙が出た。
涙なんて、とうの昔に無くしたと思っていた。
涙は、赤ん坊の時にすべて流しておくものと思っていたからだ。
「私が、殺しちゃった。私が、みんなを………」
そんな私の背中をさすりながら、
「大丈夫だよ。君は心配しなくていいんだ」
そういうと、背中に回していた手を私の掌に重ねた。
なぜだか、その掌に名残り惜しさを感じてしまった。
「僕が、助けてあげるね」
そういうと、私の体にめぐるものがあった。
それが魔力であることはすぐにわかった。
「魔力の発現は、自然に仕えるようになる場合がほとんどだけど、稀に心身の変化や衝撃なんかで暴走状態で発現してしまう場合があるんだ」
話をしているときも彼から目を離せなくなっていた。
言葉も上の空。
すべてがどうでもよくなっている中、彼が宝石のように私の世界に色を塗っていった。
「大丈夫、君の魔力に干渉して暴走は止めて見せるから」
彼の囁きが私の心の情緒を狂わせる。
「全部解決したら、みんなに謝ろう。一緒に謝るから気にしなくていいよ」
彼の温かさが氷を溶かしていく。
「君の行動を僕は肯定するよ。だから、自分をこれ以上痛めつけないで」
歯車が壊れる。
堰を切ったように涙が出てくる。
それと一緒に黒い汚水が噴出してくる。
制御なんてできない。
あふれてくる。
そんな危険な状態なのに、彼は優しく背中を叩きながら時々なでるだけだった。
ああ、落ちていく。
堕ちていく。
もう一人の私が私の中に納まっていく。
いつの間にか、寝ていた。
いや、気絶に近い。
時計を見ると、ことが起きる前からそんなに時間が進んでいなかった。
壁にもたれていた体を起き上がらせる。
夢じゃない。
みんな、床に横たわっていた。
そのことに、またズキズキと心が痛んだ。
それと同時に、汗のように体から黒い水滴が出始めた。
「っ!」
が、すぐに出なくなった。
それに今まで感じていた、肩の重みが無くなっていた。
不思議な感覚だ。
少しだけ、呼吸がしやすくなった。
周りを見渡すと、さっきまでいた少年がいた。
黒い汚水にまみれながら、床に転がっている人を何ブロックかに分けて置いていた。
何をしているのか気になった。
「あ、あの?」
「うん? 目が覚めたの? もう少しゆっくりしていいよ?」
おそらく、私が気絶している間もみんなを運んでいたのだろう。
私が引き起こしたことなのに………。
「や、やります。私のせいなので」
そういうと、私も彼と同じように他の人を運ぼうとしましたが、私の力では大人の体はびくともしなかった。そんな自分が情けなくて、悔しくて、また泣きそうになっている自分がみじめで———。
「メっ!」
また彼が、制して抱き留めてくれる温かさに溺れる私が未練がましくて———。
「そんなに自分を責めないで。よくあることさ。子供なら、なおさらね?」
私よりも歳下の彼に言われても説得力がなかった。
だけど、彼は言葉をつづけた。
「大丈夫。これから君には、すべきことがあるんだから」
そういうと私をあやすようにお姫様抱っこをした。
………御伽噺の中だけかと思った抱き留め方だ。
まさか自分がされるなんて。
漠然と彼の話を聞いていた。
「君の魔法は多分、進み過ぎている」
「最新の魔法は事象干渉型と呼ばれるものだけど、君は違う」
「………そうだね。あえて言うのであれば概念干渉型と言った方がいいかな?」
そこで彼の説明が始まった。
「世界には、存在するけど絶対に目に見えないものがある。君はね、抽象的なものを型に当てはめて具現化させることができる魔法使いさ」
「だから、さっきの事故もその一旦だよ。押しとどめていた感情が爆発してしまった。それがあの黒い水として表現されてしまったんだ。感情の波として。感情という汚水として。それに君には見えていたんじゃない? 彼らの頭の上に糸が存在したのを」
「あれは生物の生命線だよ。人だけじゃなく生物がみんなもっているもの。だから、あれが切れてしまうと死んでしまう」
今の話からすると、もうすでにここの人たちは助からない。
だとすれば、彼はどうするつもりなのだろうか。
「実にシンプルな解決法さ」
なぜだか、その元気さに不安が消えた。
「またつなぎ直してあげればいいのさ」
簡単な話ではなかった。
それから一緒に生命線の切れ目を繋ぎ直した。
一人一人、丁寧に。
繋いでいった人から徐々に目が覚めていった。
少年が事情を話し、私はひたすら謝っていった。
ただ、少年の説明はあくまで『魔力の暴走であり、それに触れたせいで気絶してしまった』、という物だった。
大人たちは仕方ない、といった表情で去っていった。
その時の少年は、人差し指を立てて、『黙っているように』とジェスチャーをしていた。
最後に私の家族を繋ぎ直そうとしたときに、私は指が震えた。
またあの環境に戻るのか………。
私が私を殺す、生活に———。
そう思っていると、横から彼がそっと手を添えていた。
「事情は分かったよ。でも、もう大丈夫さ。もう自分に嘘をつく必要がないからね」
そういうと、私の震える指をそっと掌で包み込んでくれた。
最後まで、彼の温かさに救われるなんて。
そのまま、二人が目を覚ますのを待つのかと思ったら、彼に引っ張られた。
引っ張られた瞬間には、すでに景色が一変していた。
驚いて振り返ると、
目の前に夜空があった。
今までいたモールではない。
かといって今まで見上げていたコロニーの中で見ていた作り物の夜空ではない。
本当に一瞬で違う場所に来たのだ。
でも、そんなことはどうでもよかった。
目の前には暗い世界に燦燦と輝く星々があった。
断崖の上に転移したのだろう。
下は、見えないほど深い切り立った崖だった。
でも彼と同じ足で地面に立ちながら、夜空を見上げていることがうれしかった。
星に祝福されているかのような錯覚さえ覚える。
こんなにも本物の星の輝きがきれいなんて知らなかった!
「ここは僕のお気に入り。少し一人になりたいことがあったらここに来るんだ」
その言葉に少しだけ気になった。
「あなたでも、迷うことがあるの?」
その言葉がおかしかったのか、少年はクスッと笑った。
「迷いっぱなしだよ。これからどうすればいいのか、なんて僕にはわからないよ。そんなときに、ここに来るのさ。そうすれば、星の輝きが改めて僕の小ささや悩みを一時的に緩和させてくれるんだ」
「そう———、あなたのような人でもできないことがあるのね。」
「この世界に万能なことがないように、完璧なものなんてないんだ」
本当に、彼の言葉は私の心を揺すってくる。
彼がちっぽけな存在なら私はホコリのようなものだろうか。
「だけど、人が放つ奇跡は美しいと思うんだ」
その言葉に、引っかかりを覚えた。
そこに嘘ではなく、言い訳じみた悲しさがあるように感じたからだ。
「信頼、慈しみ、誰かを愛すること。それは紛れもなく美しい」
「………でも、嘘だってつくよ?」
私のように。
「嘘だって、人の営みだよ。傷つけたくない。不安にさせたくない。愛情の裏返しだってある。そんな他人思いの嘘は美徳だと思うけど?」
こんなことを言える彼をキレイだと思ってしまった。
嘘を汚いものとして嫌悪していた自分とは違う。
まるですべてを許容するかのような寛大さを彼は持ち合わせていた。
「それにこの空の下、嘘なんてかき消えてしまうよ」
いいえ。
あなたの輝きに影が落ちないように、あなたの前では正直な私でいられる。
………こんな輝きを私は———。
そんないけない感情なのに。
でも、私の感情は制御を失った。
どうやら、病にかかったようだ。
それも重症の。
恋、という病に。




