あの日々は、祝福のような
目を覚ますと、見覚えのある顔があった。
記憶をたどると、昨夜もお父さんのベッドにもぐりこんで眠ってしまったようだ。
夜になると寂しさが増して、よくお父さんと一緒に寝ることがある。
お父さんもベッドに入って私に優しく腕を回りてくれて程よい温かさになり、そのまま眠りについてしまう。
お父さんの体温はそこまで高くない。
むしろ冷たいくらいだ。
でも、温かいと感じてしまう私がいた。
できることなら、もう少しだけ。
あと5分。
そう願わずにいられないほど。
それでも、時間は進んでしまう。
「おはよう、紅葉」
お父さんは、きっちり同じ時間に起床する。
寸分も狂いがない。
「おはよう」
お父さんと住み始めて、この一年で学んだことの一つだ。
あの出会いから、もう一年という時間が経過していることに驚くべきなのか、それとも惜しむべきなのか。
お父さんは私を抱きかかえて、四乃宮家の居間に向かう。
お父さんの名前は甲斐田悠一だ。
本来であれば甲斐田ではなく、四乃宮に苗字が変わるはずだが、籍は20歳にならないと変わらないらしい。
なんでも、四乃宮家のルールらしい。
でも、すでに婿養子としてここに住んでいるのであれば甲斐田ではなく、四乃宮の姓を名乗ってもいいのではないだろうか。
ただ、お父さんも甲斐田の姓を誇りに思っているらしく、最後まで甲斐田で貫くつもりらしい。
もちろん、私もお父さんからもらった甲斐田紅葉という名前に誇りを持っている。
四乃宮家は特殊な家柄で、いろいろとまどろっこしい仕来りがあったりする。
変な話だが、この四乃宮家は最低でも二人いないと成立しない。
表舞台としての四乃宮家。
そして、裏舞台としての四乃宮家。
表舞台を四乃宮円さんが担当。
裏舞台を四乃宮静さんが担当している。
だから、社交界や会社経営は円さんが。
根回しや、コロニー情勢の調査、破壊工作などは四乃宮静さんが担当していた。
………お父さんのことを好きになって呼んだのは、静さんの方だった。
初対面の時、メイドさんとして四乃宮家の表門に立っていた人だった。
まさか、到着時間が遅れると言っていたのにもかかわらず、待ちきれずに5時間ずっと待っていたなんて思ってもみなかったと、後日、円さんが愚痴っていた。
静さんは、四乃宮家の顔を常に張り付けているが、お父さんと私だけになると口調から態度まで別人になる。
具体的には、デレデレになる。
お父さんに物理的にくっついて離れないのだ。
だから、私も真似をした。
存外におかしくて、笑ってしまった。
でも、たまらないくらい居心地がよかった。
そんな私たちを見てお父さんも笑っていた。
でも、それはお父さんとお母さんだからだろう。
実際に、円さんで試してみたけど特になにも感じなかった。
それに、私の重みで円さんは体勢が崩れてしまう。
静さんにくっついてもびくともしなかったのに、姉妹でこうも差異がでるものなのか。
家督権はお母さんにあるらしい。
でも、円さんが表舞台に上がるようにお母さんが判断したようだ。
たぶん、お母さんの性格からお父さん以外の男性に触られたくない、という考えだと思う。
だって、お父さん以外の男の人を見る目は、ひどく冷たく、心なしか汚物を見ているような軽蔑した目をしていた。
一度だけ、お母さんに聞いてみた。
どうして、お父さん以外を嫌悪しているのか、と。
その問いに、少し間を開けて答えてくれた。
一度、最上を知ってしまったら他が塵と同じく思えるからよ。
お母さんにとって、お父さんは神様みたいなものなのだろう。
いや、それ以上の存在。
生きる意味なのかもしれない。
そんなお母さんが私は好きだ。
… ……ただ、念押しのように『ママ、あるいはお母さんと呼びなさい』と言ってくるは、やめてほしい。




