紡がれた日々
「あれから、二十年なんてあっという間だったわ」
「そうね、当時10歳の子供が工場で働く姿は、周りから憐れまれたけど。でも、賃金も出たし、地上で暮らす分には余るほどの給金だったわ。そのまま、その工場で働く道もあったけど、やっぱり、試験を受けて研究したかったから受験して正式採用されたあとは、知っての通りよ」
「まさか、理奈様の『アンダームーン』に入るとは思ってもみなかったけれど」
「理奈さんには舌を巻いたわ。本物の天才っているんだと思ったくらいだし」
「親に似て、だらしない性格ですが?」
「いまじゃ、私にとっては社長だもん」
「理奈様が社長でも、あなたは数少ない理奈様に対して発言権を持っている一人よ?」
「理奈さんは、間違ってないし、聞き分けもあるから私たちもついていくのよ」
「円さんが理奈さんの新規企業立ち上げに協力的だったのも、あなたがその中に入っていたからよ」
「そこまで信頼されることなんてしてないけどね」
「日々の積み重ねによって、信頼はできるものよ」
実際に、東雲アズサの功績は大きい。
研究機関に配属されると、すぐに魔力のロス削減化、オート遠隔機能、バッテリー駆動と言った功績をあげている。
理奈様の『アンダームーン』に入ってからはさらに頭角を現し始めた。
そんな逸材だ。
「そんな人が結婚なんて、思ってもみなかったね!」
うるさい女が入ってきた。
「いえ、噂は四乃宮家を飛び越えて各所に轟いていましたから当然です。むしろ、今年で30です。それまで結婚していなかった方が不思議でしたよ」
「まあ、お互い落ち着くまでって決めていたから」
「妬ましいねえ。私には縁談も何も舞い込んでこないわよ」
「シュバインは、もう少し落ち着けば似合う人が出てくると思うけど?」
「やっぱり、アズサは優しい! 聞いてよ、この鉄面皮がいじめるの!」
誰が鉄面皮だ。
「紅葉ちゃんが言うならそうなんじゃない?」
「手のひら、返すの早くない!?」
「だって、私の親友の意見だし」
約一名の沈没を確認。
ふふふ、さすがはアズサ。
「それにしても、ここのコーヒー不味くない?」
「そうか? コーヒーなんて不味いものだろ? よくお前らが飲むのが不思議なくらいだよ」
「コーヒーをそんな風に評価しないでください」
「紅葉ちゃんの言う通りだよ。………ねえ? 今度紅葉ちゃんのコーヒーまた飲みたいの!」
本当にうれしい。
でもね。
「さすがに妊娠初期の方には、これ以上カフェインを摂取させられないので」
「え?」
私の目には、彼女のお腹の中に命の芽吹きを感じていた。
「気づいていなかったのですね? おめでとうございます」
「い、いや。そうじゃなくて、見た目だと気づかない段階じゃない? それにさっき病院に行って、私も初めて知ったのに………」
「………」
わかってしまうものは、しかたがない。
「てっきり、私を呼び出したのは育児の不安のことかと思っていましたが」
「いや、ただ結婚するから仲人してもらえないかと………」
「そんなことでしたら、別に連絡一つで済むはずでは?」
「もう、昔から紅葉ちゃんは………」
「?」
なにか問題だっただろうか?
「単純に紅葉ちゃんに会いたかっただけよ」
?
まあ、別に会う分には困らないが。
「それに、紅葉ちゃんも相手をみつけないのかな………って」
その言葉と共にうるさい女が、復活した。
「ほらみろ。お前も他人ごとじゃないぞ? 相手を見つけないと」
「私なら結構です」
それに手のかかる子供たちが3人もいる。
「それに、私はあの人以上の男性を見たことはないので」
その言葉に、アズサは押し黙ってしまった。
「確かに。紅葉ちゃんのお父さん以上ってなると存在しないね………」
お母さんの受け売りだけど。
しかし、空気の読めない人が約一名いるのを忘れていた。
「やーい、ファザコン!」
世の中には、口よりも体が先に動いてしまう人がいる。
私も体の方が先に動いてしまう。
具体的には、目の前にいた人物に顔面パンチをしてしまった。
着席していた椅子ごと後方に吹き飛び、店内の壁にのめりこんでしまった。
「殴りますよ?」
「紅葉ちゃん、もう殴っているよ?」
でも、しかたがない。
ファザコンなんて低劣な言葉でお父さんとの関係をまとめようなんて。
「私のお父さんの良さに触れれば、すこしでも理解できるというのに」
お父さんこそ、唯一絶対なんだから!




