安らぐ温かさ
部屋に戻ってきたのは深夜を過ぎて、さらに夜が深くなる時間だった。
いろいろと疲れてきた。
どうやら、彼女は肉食系らしい。
僕の着ている服を破いて、光悦の笑みを浮かべるとは思わなかった。
そこから、まさか近所の公園まで散歩させられるとは思ってもみなかった。
そういえば、重要なことを聞くのを忘れていた。
トイレ、行きたいけど、どこにあるの?
あ、部屋についているのね。
キャリーケースを開いて中に収納していた服を数着取り出し、明日の用意をする。
それとあるものを取り出す。
コーヒーメーカーだ。
こんな遅くにコーヒーを飲むものではないが、飲まないと逆に寝られない体となってしまったのだ。
まさに中毒だが、これで安心感が得られるのだから安いものだ。
水を入れ、セットしておく。
こいつはお湯が沸騰したら勝手に作ってくれる優れものだ。
その間に、トイレに入る。
完璧だ。
そして、便座に座っているとコーヒーの独特な香りが漂ってきた。
用も足したことだし出ようと思い、トイレットペーパーに手を伸ばしたときに気が付いた。
「か、紙が、ない………!?」
緊急呼び出しコールで静さんが来たが眠る前だったのか不機嫌な顔だった。
だれだって、眠い中起こされたら不機嫌になるだろう。
許してほしい。
その後、2日ぶりのシャワーを浴びベッドの中で目を閉じようとしたときに音もなくベッドにもぐりこんでくる侵入者が来た。
「モミジちゃん?」
「!?」
小さな体をビクッと震わせて顔を見せた。
「………もう眠ったと思った」
「残念。もう少しだったね。それでどうしたの?」
「………眠れそうな場所を探していただけ」
それでここまで来るとは。
それに今日は大変な一日だった………とはいえ、一つ教えていなかったことがあった。
「シャワー浴びてないよね?」
「シャワーって何?」
ああ、やっぱり。
移植の時に、マキナさんが洗浄はしてくれたものの、それっきりだったからな。
でも………。
「………明日、シャワーの使い方を教えるよ。………ついでにコーヒーの淹れ方も。でも………さすがに眠さが限界だ」
すでに瞼が重い。
人口心肺がおそらく就寝に合わせてアセチルコリンの分泌を促しているのだろう。
疑似的な神経でも効果はあるみたいだ。
「………ねえ」
すこしためらいながら声をかけられた。
「ん………?」
もう目が落ちそうなのだが………。
「どうして助けてくれたの?」
ああ、そんなことか。
「なんとなく………」
「なんとなく、で?」
「……似ていたから。」
「?」
「それに………」
そういって、これ以上何か言う前に腕を伸ばして抱き寄せる。
「もう後悔したくないから」
そういって意識が落ちた。
本来、彼の胸の中で鳴っている音は、今、私の中で正常に脈打っていた。
目の前の男が今でも訳が分からない。
気まぐれで助けたり、後悔したくないからと、ここまでする必要性が見いだせなかった。
でも、わかっていることもあった。
「………温かい」
ここに来る前のベッドでも感じたがここには安心感がある。
世界は私に優しくはない。
だけどこの温もりだけはくすぐったいくらい優しい。
自然と眠りの中に落ちていく。
記憶中でその日は、最も安心して眠った日だった。
でも、気が付くべきだった。
私という存在を。
彼の慈悲深さを。
私もまた、周囲と同じく光に目が眩んだ愚か者であることを。




