四乃宮邸へ
道中、いろいろなところに奔走した後、事後処理として『零』部隊のみんなにはマキナさん経由で任務遂行後、定時解散を命じて後のことを任せたけど心配になり一度部署に顔を出したが、すでに全員帰宅した後だった。
それもそうだ、と思った。
時刻はすでに夜の10時を回っていた。
みんな帰って、眠りたいだろうし。
でもどうしよう。
着替えとか用意していない。
これから初めての見ず知らずのお宅に住むことになっているのに、だ。
約束の時間も3時間過ぎている。
連絡は入れたが、向こうの電話口の温度が下がったのは感じた。
気まずい。
これで二度目だ。
これから荷物を回収して、向かうとなると今日の日付は越すことになるだろう。
肩にかかる重みを感じながら、ふと自席を見るとキャリーケースと置手紙があった。
『香織さんから回収してきた。隊長のことだから、遅い時間に来ると思ったから置いておく。それと甲斐田隊長自身の明日のスケジュールに午前休を入れておいた。申請はこっちで済ませておく。事後報告は明日の午後に聞く。
以上
月下健吾』
どうやら行動パターンを読まれていたらしい。
しかも、自分の出勤管理のボードには午前休となっていた。
「健吾君、気が利いているけど、それは過保護だよ」
実際、もう動けているわけだし。
確かに胸の中に異物感はあるけど、すぐに死ぬわけでもない。
それに、
「また守らなきゃいけないものもできたし」
腕の中で、すやすや眠っているこの子を保護すると決めた。
この子がこれから生きていくための技能を授け一人でも生きていけるようにする。
それが親となる責任だ。
昔、自分の引き取り手に教えてもらったことだ。
すでに零れ落ちた水は元の盆には返らない。
今まで取り落としてきたものは数知れないが、それでも最善を尽くす。
今までもこれからも。
僕の保護者は、ずっと自分がやってきたことを嘆いていた。
それがコロニーのためだと信じて。
それでも、一人でいるときによく泣いている姿を目にした。
その役目を僕と香織は引き継いだ。
今でも誇りに思っているし、今後も難題だらけの道になると思っている。
そして、今日最後の難関。
「先方にはどう説明すればいいのだろう………」
どうにも、自分には格好をつけることは難しいらしい。
格好のつけ方も教えてほしかったなあ。
僕の保護者のように、一人愚痴りたくなった。
キャリーケースをガラガラ引きながら、冷や汗はダラダラ流れていた。
すでに時刻は夜23時を回っており、お叱り確実コースとなっている。
行先は四乃宮邸。
そうこうしていたら、目的地付近まで来た。
「そろそろなはずなんだけど………」
「まだ?」
いつの間にか、モミジちゃんは馴染んでいた。
肩車をして移動するほどに。
適応力早くない?
僕、びっくりだよ。
「もう少しのはずなんだけど………」
四乃宮邸には初めてくる。
前は、四乃宮家が保有する仕事用の別宅には行ったことがあるけど、本家には初めてだ。
なんでもこの住宅区の中でも大きいらしいから一目でわかるとは言っていたが———。
見えているのは大きな公園みたいなところと、そこを取り囲むような柵のフェンスだけだった。
「検索してみるか」
困ったときの道案内。
アプリを起動して住所を打ち込む。
すると、
『目的地に到着しています』
そう表示されていた。
いや、家見えんがな。
もう一度打ち込むと。
『いや、もうついているって』
すごいため口で言われた。
このアプリまさか学習機能でもついているのか。
そう思いもう一度打ち込む。
『目が腐っているんじゃない?』
罵倒された。
だって、見えないもん。
もう一度だ。
『ワシがおもろいからって、楽しんどるやろ? こちとら暇やないねん、ホンマ』
一体、どこの出身の人だろうか。
方言すごい。
しかし、どうしたものか。
アプリでも目的地が出てこないとなると………。
そう思っていると、頭の上に載っていたモミジちゃんが頭を叩いた。
「あれ!」
「ん?」
指をさしている方向を見ると旧世代のランタン。
蝋燭に火をともすタイプのランタンを持ったメイドが立っていた。
その方向に向かって歩き出すと、メイドさんも気が付いた。
「夜分遅くにおそようございます、甲斐田様」
あれ?
なにしているの?
「えっと。静さん? 何しているんですか?」
「おそようございますね、悠一さん」
いや、淡々とした説明、そして笑顔から発せられるその圧。
激怒状態!
「あ、ああ。すみません、静さん。遅くなりました。その………、四乃宮邸がどこかわからなくて………」
「はあ。ここですが?」
「?」
「ですから、この敷地丸ごと四乃宮邸ですが?」
え。
このバカでかい土地丸ごとなの?
この前まで住んでいたアパートと比較すると広すぎて目が点になる。
「それにしてもまたトラブルですか? あなたはトラブルに愛されているのですか?」
「すみません」
もはや言い訳もない。
そう思っていると、ため息を吐かれた。
「そこは反撃の一つでもしたらいかがでしょうか。あまりにもあっけなさ過ぎて面白くありません」
楽しんでいたの?
もしかして遊ばれていた?
「私よりも若いのですから、理不尽には言い訳ぐらいしても問題ありませんよ」
「いえ、社会人ですから」
「………もう少し子供らしくしても大丈夫ですよ」
ものすごいあきれられている。
いや、これは彼女なりのやさしさなのだろう。
気にせずに発言しても問題ないとの意図………だろう。
この一年間で、静さんのことは少しだけわかってきた。
この人は、厳しい言動の裏に優しさがあるのだ。
………時々、頭のネジがおかしい言動もするけれど。
まあ、でもこちらの立場からすると難しいと理解してほしい。
「それでそちらのお嬢様は?」
やっぱり質問が来るよね?
ここはストレートに言おう。
ごまかすとややこしくなる。
「娘です」
「すでに子持ち!?」
その言葉に一瞬、たじろぐしぐさをしたが、何を思ったのか黒い笑みを浮かべた。
「これはなかなか楽しめそうです」
ボソッと呟いたが、丸聞こえだ。
うん、怖い。
そこで一旦区切り、静さんは持っていたランタンを空に掲げた。
そこで初めて目の前に———邸宅が見えた。
この暗さで全く気が付かなかった。
「少々、お待ちください。妹を起こしてきます」
「あ、いや。もう深夜ですし。あいさつなら明日の朝でも———」
「妹の要望ですので」
そう言われれば、返す言葉がない。
「はあ」
曖昧な言葉が口から漏れる。
「では、ここでお待ちください」
そういって静さんは邸宅の大扉を開けて中に入っていった。
「はあ、これは怒られるかな」
「ん?」
「いやね、向こうはいわゆる貴族的な身分の人だからね」
「? でも敵意は感じないよ。さっきの人からもピリッとした感じはなかったし」
そうだといいなだけど。
相手は大御所でしょ?
はあ、なんでこんなことに………。
そう思っていたら———。
邸宅内から散弾銃を乱射する乾いた音が何回も聞こえてきた。
それに合わせて、悲鳴と逃げるようなバタバタといった音が聞こえてきた。
「えぇ………」
状況が読み込めなくなってきた。
フリーズしていると大扉をぶち破るように、とある人の登場だった。
「え」
開口一番、口をポカーンと開けた人は背後のことなど一瞬にして忘れたのだろう。
………背後から近寄るメイドのことなど。
バンッ。
容赦なく背後からショットガンを打ち込まれ声なく倒れこむドジっ子。
「グヘッ」
当主に似つかわしくない声が口から漏れ、顔からは漫画並みのコメディを感じる。
ものすごい顔芸だ。
これは一種の才能かもしれない。
まさか潰れた虫のような顔をここまで表現するとは………。
い、いや。ここで何も言わないのは失礼か。
「あ、あの」
「~ッ! お姉ちゃん! 痛いじゃない!」
そういって、ご当主様が涙交じりに抗議の声を上げるものの姉兼メイド様は相変わらずどこ吹く風といった顔だ。
「円。甲斐田様がお目見えになったら起こすように言っていたではありませんか?」
「言ったけど、誰がショットガン担いで起こせ、って言ったのよ!」
「あなたからは絶対に起こすようにと要望があったから」
「銃声が目覚ましなんて聞いてないんですけど!?」
うん。僕も初めて知った。
「言っておりませんから」
そこで微笑まないでメイドさん。
それに妹さんがまだご立腹ですから。
「それに私が甲斐田さんに恥をかいちゃったじゃない!」
いや、キャラ的に知っていたけどね?
だが、ここで言うのはさすがに無粋だよね?
妹の出来事から学んだ経験が役に立っている。
成長したな、自分。
そう自分に言い聞かせていると、
「安心してください、すでに甲斐田様には円様が馬鹿キャラであることは知っておいでです。」
「ちょっと!」
せっかくノータッチで行こうと思ったのに!
しかも寝間着と言ってきていたのがジャージ………。
僕の妹と比較するのもあれだが、せめてパジャマはいかがでしょうか、お嬢様。
とにかく、この膠着した空間を何とかしなければいけない。
そう思っていると、モミジがご当主様を指さして、
「女子力0?」
一部の時が止まった。
まさか魔法以外で時を操るなんて我が娘ながら恐ろしい子!
「くくく! 予想以上のコメントです」
メイドさんは絶賛失笑中。
「うぅ」
円さんは相当なダメージを受けたのだろう。
地面にひれ伏している。
いや、涙ぐんでいた。
これはもう見てられないな。
「あ、あの」
「ん?」
もはや、誰が話しかけているのかもわからないみたいだけど仕方ない。
「ハンカチ使いますか?」
「ありがとぅ」
そういって目頭についていた涙を拭いたあと思いっきり鼻をかんだ。
それ僕のハンカチなんだけど………。
粗方落ち着いたのか、ハンカチを折りたたんで再度こちらを見てフリーズした。
「あ、あ、あああ!」
どうしてそこで固まるのか。
そしてメイド様。後ろで笑いをこらえてないで説明してよ………。
「お姉ちゃん! せめてカッコくらいつけさせてよ!」
「円………フッッ。すぐ……バレることは………クッ…無駄ですよ、ハハハ!」
最後、思いっきり笑っていますよ、メイドさん。
これじゃあ、一生コントを見せつけられる。
これはこれで面白いものがあるが、間に入るとしよう。
「そろそろいいでしょうか?」
その言葉で、二人の緩んだ空気は無くなった。
そのかわり、一方からは新しいおもちゃを見るような眼差し、一方からは泥にまみれながら体裁を取り繕うとしているかわいそうな人の雰囲気が感じられる。
「えっと、本当に夜分遅くになってしまい申し訳ありません。甲斐田悠一、これからよろしくお願いします」
そういうと、妹さんが慌てたようにあたふたして、
「あ、あの! 全然、大丈夫です。いや、ほんと。だからそんなにかしこまらないで、ね? 無理を言って来てもらっているし。」
「このように(バカ)妹も言っておりますのでお気になさらず」
「なんか今、余計な言葉が入ってなかった?」
「気のせいです。」
なんだ? 四乃宮家に来たんだよね? 吉本家じゃないよね? 永遠にボケとツッコミを見ている気がする。
「ところで………」
ご当主様がモミジの方を見る。
最大の難関が来てしまったか。
でも、事実を告げるしかないか。ここは経緯をしっかりと………。
「娘さんですって」
「説明させて!」
はっ! ツッコミをしてしまった。
そして円さんの背後から衝撃に撃たれた音が聞こえる。
なんだ、ここ。
ギャグマンガの中にでも入ったのか?
「む、娘!? 今の子たちって、発育がいいからありとあらゆることをするって聞いていたけど、すでにそのラインも古かったのね。十代で子持ちもいるのね………」
円さん、魂の抜けたような顔をしないでください。
あと、静さん。
笑ってないで誤解を解いて。
あ、もはや笑い疲れた?
無理?
魂が抜けかけた円さんの両肩を掴み、
「この子は、今日、僕の養子になった子です。なので、お気になさらずに………」
その言葉を聞いて、生気を取り戻した円さん。
「よ、よかった」
「いや、そもそも結婚していませんので」
そこで黙っていたメイド様が再度口を開いた。
「そうですね、別な方がついていたら抹殺しに行かないといけませんから」
ちょっと、静さん!
何か物騒なことが聞こえたよ?
「それなら。大丈夫だね」
どこが!?
どこに安心できる要素あったの!?
「だって、悠一さんならお姉ちゃんの暴走も何とかしてくれるだろうし」
信頼はうれしいけれど、こちらもボロボロなんだよ!?
「それで名前はなんていうの?」
そういうと、モミジの方によってきた。
モミジの方は僕の頭を盾にして身をかがめてぼそっと呟いた。
「甲斐田紅葉」
「モミジちゃんね。よろしく」
よかった。
すぐに受け入れてくれる人で。
「改めまして、私がここの現当主になった四乃宮静。こっちの妹は円よ」
僕は知っている。
本当は、この二人で四乃宮家の当主をやっていることを。
まあ、事情がいろいろあるのだろう。
元当主の病床の容態が急変したことによって急遽、代替わりをしたと表側の事情は聞いている。
どの家庭にもトラブルはつきものだ。
「それじゃあ、お姉ちゃん。夜も遅いことだし、中に入りましょう。部屋にも案内しないとね」
「円の寝室も?」
「それはやめて!」
すごい気迫だ。
まるで見られたくないものでもあるかのようだ。
「だから、あれほど掃除をするようにと………」
「うるさいよ、お姉ちゃん! 掃除は苦手なの! 部屋を片付けようとしたら魔境になっていたの!」
「はあ」
そこは深いため息をするんだ。
「それでは、各お部屋をご案内します」
そういって通された邸宅は見たことのないほどの内装だった。
質素でありながら、職人の技をかんじさせるものだ。
………所々、破壊痕が残っていたが。
「こちらになります」
そういって通された部屋は、妹と今まで住んでいたアパートの部屋の2倍くらいはあろうかという広さだった。
「では、モミジ様。あなたのお部屋は隣にします」
「え? これで一人用なの!?」
驚愕だった。
てっきり一緒の部屋で寝泊まりするものかと思っていたからだ。
「部屋は余っておりますので」
どうやら心配は杞憂らしいが、それでも今の地上問題を考えるのであればスペースの占有には引け目に感じるのだ。
「それに悠一さん、少しは自分に見返りを求めるべきかと思います」
「え、何かしましたか?」
そういうと、静さんは哀れみの目を向けてきた。
なんで?
「そんなボロボロになって自分を酷使してまで他人を助けようとする人はいませんよ」
「あれ、どこかほどけていました?」
そういって、体を見回してもホログラムが消えている部分はない。
「北条様から今日の経緯は聞いています」
意外なところから情報が………。
「それに今の悠一さんの人口心臓は、我々、四乃宮家が開発したものです」
そうなんだ。
「また私を泣かせる気ですか?」
どうやら相当気が気でなかったようだ。
「そ、それは、………すみません」
「なぜ謝るのですか?………少なくとも私はあなたを尊敬しています。いえ、私は尊崇しています」
尊崇ときたか。
嫌な言葉だ。
「やめてよ。僕はただの殺人鬼。戦場でしか生きられない鬼です。誰かを助ける方法を他に見いだせなかった愚者ですよ。そんなものを尊敬してはいけないし、ましてや崇拝するように扱ってはいけない」
そういうと、静さんは先ほどよりもキツイ目を向け、
「殺人鬼は他人を助けません。他人のために自分の体を寄贈する人はいません。………それでも私は敵であろうと元凶以外はすべて救い出す異常さを好ましく思っています。それだけです」
圧がすごい。
「は、はい。………いや、でも殺人は許されないよ」
「この世界には神はいません。人間は悪性腫瘍と一緒です。世界にとって実害でしかありません。世界が人間を見限り、切除したがっているのです。その代行をしたと思えばよろしいのでは?」
「その理論はテロリストと同じだよ」
「彼らはおそらく星に人類という汚点を残したくないという行動原理のもと動いていますから違いますよ。生き残るためではなく滅ぼすために存在していますから。まさしく嫌悪の対象です」
「でもやっていることは一緒だよ」
「存続のための殺しと絶滅のための殺戮は違います」
「正直、結果から見れば一緒になりそうだけど………」
「結果を重視するか過程に光を見るのかは人それぞれです。それは個人の思う範疇です」
そこで一泊置き、
「少なくともあなたは生存や絶滅という枠組みにとらわれず、一個人ができることを着実にこなしているのです」
「それしかできない不器用な人間だからね。」
「………人間はできることでもやらない人が大半です」
なんだろう、諭されているのだろうか。
ところで気になっていることがあった。
「その手に持っているものは………」
彼女の手に持っているものは———。
首輪とリードだった。
「今日、かわいい子犬が来ると聞いていまして」
何だろうか。
背中に悪寒が。
「ただ問題がありまして。今日来る途中でせっかく直した体をまた酷使した、と同じ同僚の方から来まして………」
僕の中にある警報が鳴り響く。
「ちょっと、躾けないといけないかなと思いまして」
そんないい笑顔を向けないでほしい。
「お散歩に行きましょうか」
有無を言わせない迫力に僕は硬直して、彼女が棒の首元に———。




