コスモスの失意③
「そういえばフィリクス、あれはどうだった?」
コスモスの奥、広すぎないリリーポンドの上を小舟のように浮かぶガゼボから、若い男性の声が聞こえた。
まったく潜めようともしない声量から、このガーデンに自分たちしかいないと思っていることが伝わってくる。
他に誰かいたとして、聞かれても差支えのない内容を話しているのだろうか。
花畑を上から見ようと体を起こしかけたアメリアは、遠けれどはっきりと届いてしまった名前に身を隠すように、再びしゃがんでいた。
恐る恐る腰高のコスモスから目だけ出すと、ピンクの水平線の向こうに、小さなガゼボが見えた。
しかしそのガゼボは、日よけのように側面を垂れた蔦で、ほとんど覆い隠されてしまっている。
じっ…とそれを見つめるアメリアに、木漏れ日がうっすらと透かしたのは、2人分の影だった。
中がはっきり見えなかった事にどこか安心しながら、アメリアは目を閉じて自分へ言い聞かせる。
ケルディアール王国は広いのだから「フェリクス」と言えど別人の可能性だってある。
そう自己暗示をかけて、どうにか気持ちを落ち着かせた。
しかし、本当にそうなら今コスモスの影に隠れる必要はないのだが、アメリアはまだ出て行くことができない。
それは、他でも無いアメリア自身が、嫌な予感を感じているからだった。
そんな中、返事をしない相手に焦れたように、先ほどの男性がまた話しかける。
「だからほら、この間の」
「……ああ、相性がよくなかった。なんというか、体に合わない」
恋したフィアンスの声を昨日の今日で忘れられるなら、今だってこんなに困っていない。
それは紛れも無い、フェリクスの声だった。
そして、フェリクスがこんなに気安く話すとしたら、おそらくこの声の相手はユーリ・クラプトンだろうとアメリアは予想していた。
その近い距離感がうらやましくて目で追っていたアメリアは、2人の会話のテンポをだいたい把握している。
ユーリは誰でもわりとフランクに接するが、フェリクスはユーリ以外にあそこまで態度を崩すことはないのだ。
しかし、いくら相手がユーリとはいえ、フィリクスには珍しく苛立っているというか、なんだか投げやりな雰囲気だ。
場違いにも、そんな態度を見せられるほど気心の知れたユーリに、アメリアはかなり嫉妬した。
「そんな顔する程まずいのか……”白薔薇”は良さげだって父さんは言っていたのだけど」
ユーリが意外そうに言う声が聞こえてくる。
一方のアメリアは、その言葉に人知れず飛び上がりそうになった。
なぜなら、学園で”白薔薇”というあだ名が付けられている本人だからだ。




