花壇の内緒話②
けれど、その一方で、思ったよりも冷静な自分に気づいてアメリアは驚く。
もちろんショックだし、衝撃を受けている。
しかし、いま伝え聞いたジムたちの感想には共感しつつも、なぜかアメリアは傷付いていないのだ。
それは、フェリクスの人となりを知ったうえで、彼が裏切っているはずがない、と思えているからだった。
混乱する頭の中でも、事実がまだわからなくても、そこまで信じさせてくれる婚約者にアメリアは感服した。
「たしかフェリクス殿下は、アメリア様に一目惚れなさったのでしょう?」
「そうなのよ。それに、フェリクス殿下が最近スイーツにハマり出したのはアメリア様の影響らしいわ!今では王都のパティスリーにもお詳しいのですって!」
アメリアの心情に呼応するように、だんだんと2人の話題の方向もクリアになっていく。
フェリクスの評判に傷がつかなかったことにも安堵しながら、それでも、まだアメリアのの胸には何かがつかえていた。
アメリアは、フェリクスが潔白だと思っていて、彼に怒っている訳でもないのに、どこか釈然としないのがどうしてなのか分からず戸惑う。
「フェリクス一目惚れ説」や「スイーツ探検デート」が話題にされているなんて、アメリアが聞いたら顔から火を吹きそうな状況である。
しかし、謎めいた自分の心中を探るのに必死で、アメリアには珍しく、いっぱいいっぱいになっていた。
そのおかげで、もう花壇から聞こえる2人の内緒話は耳に入っていない。
古典の授業を教えているベリーマ先生が、アメリアが悩んでいる様子に気がついた。
そして「あの優等生のコーンウェル公爵令嬢が苦戦するなんて…カリキュラムがタイトすぎるかしら…」とハラハラしている。
それは先生の勘違いであり、カリキュラムにはついていけているが、アメリアはそれどころではない。
ノートに問題を解きながら、自身の不可解な感情に向き合う。すると、ある記憶に思い当たった。
マーサが選んでくれる恋愛小説に「嫉妬」という感情がよく出てくるのだ。
本の中で繰り広げられるストーリーでは、令嬢同士が髪を引っ張りあったり、嫌がらせをする。
ヒロインを奪い合って男性陣がトラブルも起こす。
アメリアには彼らの心情が理解できずシンパシーも抱けなかったが、別世界のものでエンタメとしてそのプロレスを見ていた。
だが、その「嫉妬」は独占欲とか、寂しさみたいなものにも似ていなかっただろうか。
というか、簡単に言えばやきもちだ。
それこそ、2人が踊っているのを見た時のような、まさに、今のアメリアのような。
……やきもち?
そこまで考えて、アメリアはボッと音がしそうなほど顔を赤くした。
やきもちを妬いたのか。
これは、フェリクスを独占したくて他に渡したくないという気持ちだったのか。
女性に笑いかけた彼に怒るのではなく、彼に愛おしげに笑いかけられたり、一緒にダンスした相手にやきもちを妬いていた?
今まで自覚していなかった感情に名前がつけられた途端、アメリアは頭を抱えたくなった。
「もやもやしたのは、そういう訳…?妬くほど好きになっていたの?あの頃にはもう…」
「ミス・コーンウェル、さすがですね!その通りよ。最後のこれは、情熱的な恋の詩!過去に縋るしかない悲恋をかたどっているの」
突然ベリーマ先生に話しかけられ、思考を飛ばしていたアメリアは肩を揺らしそうになった。
なんとか焦りを落ち着けてにこりと微笑む。
たしか、今回の授業で取り上げている古文には、叶わぬ恋に身を焦がして作者があらわした作品があった。
その設問についての発言として受けとられたようだ。
思いが声に出ていたことに冷や汗をかくアメリアを気にせず、読解が難しいパターンの文法なのに、さすがね!とベリーマ先生が褒めてくれる。
なんだか、いつもより先生のテンションが高い気もするが、気のせいだろうか?
とにかく、授業中に考え事をするのはよくないと、アメリアは身をもって感じた。
授業のチャイムがなり、生徒たちが帰り始める。
1人残った教室で、アメリアは乱れてしまった気持ちを整理していく。
「はあ…髪色を変えてまで城下に行った理由は気になるけれど『ジュエリーブティックにティリオーネ様といらしたの?』なんて………いえ、例えそうだとしても、疑っていないわ。殿下のことだもの。きっと、偶然お会いしただけよね」
今のアメリアは、フェリクスが城下にいた理由よりも、やきもちを妬いていると気づかなかった自分自身に驚いている。
もしかすると、叶わなかった時のために、あえて自分の気持ちを深く考えないようにしていたかもしれない。
何が白薔薇か。
アメリアは自分の臆病さにため息が出そうになった。
そもそも、フェリクスはパーティで誰かれ構わずに踊るわけではない。
王族が貴族と公のパーティで踊ることはほぼないし、踊るとしても公爵家以上の家柄に限られている。
また、王や王妃はハイグラウンドの席にいてみんなとは踊れないため、フェリクスや王子たちがその代わりにフロアへ降りて貴族たちと交流しているのだ。
フェリクスにとっては、時に女性と踊るのは社交においてマナーであり、情報収集のため。
それなのに、自分にもよくわからない悶々とした気持ちを相談して、面倒をかけたくなかった。
アメリアにしてみれば相談もできないし考えても仕方のないことで、いつの間にか気持ちに蓋をしていた。
「そもそも、聞く聞かない以前に、今となっては顔を見るのすら恥ずかしいじゃない…もう…」
そしてアメリアは、先ほどよりもフェリクスと会うのが難しくなったことに気づき、机にくず折れた。




